第27話


「私とお母様はね。ずっとすれ違っていたの。お母様は私を雪城の当主にしたくないから、甘やかしたいのに、甘やかせなくて。私はね、お母様に認められて甘やかして欲しくて———」


 王子様のことを語る乙女のような瞳で一連の流れを話す姫乃を、結衣は真っ暗闇の目で話を聞き続ける。


「そういうわけで、理玖は私とお母様の仲を取り持ってくれたの。その手腕の鮮やかさたるや、まるで王子様さながら。ああ、格好良かった」


 だからね、と姫乃は俺の腕を抱いて、頬ずりしてきた。


「もう私は、また理玖に落とされて、ちゅきちゅきのラブラブなの」


「理玖、随分と楽しそうなことをしたんだね?」


 結衣が体の底から凍り付かせるような声で尋ねてきた。


 やばい。まじでやばい。


 こめかみピックピクでマジギレ寸前だ。


 ここで姫乃に肩入れすると本当に終わる。


「それに、なに? ちゅきちゅきのラブラブ?」


「いや、そんなことはないと思う」


「あはは、恥ずかしがりね、理玖。だって、私とお母様の仲を取り持ったのよ。そんなことしたのに、私に落ちてなければするわけないじゃない」


「別に落ちてなくてもすると思うけど……」


「え? 何? 好きでもないのに、私に気を持たせるような真似したってことなの?」


「気を持たせるような真似って……」


「私が心から望んでいたことを叶えるのよ? 好きになるに決まってるのは馬鹿でもわかるわよね?」 


「……ごめん」


 姫乃の顔から表情が消えた。代わりに結衣の表情に安堵が戻る。


「良かった、理玖は浮気したわけじゃなかったんだ。私に一途なままなんだね。ふふっ、それもそうだ。好きでもないのに、あーんされたり、膝枕されたりしないもんね」


「別に結衣も……」


 姫乃への恐怖でそう言うと、結衣の顔からも表情が消えた。


「ねえ、理玖。まさかだと思うけど、私のことが好きでもないのに、気を持たせるような真似したわけじゃないわよね? そんな残酷な真似しないわよね?」


「理玖? 正直、好きでもない相手に、あーんされたり、膝枕されたりするのは、よくないと思わない?」


 姫乃はともかく、結衣は無理やりだったんだけど。


 なんてことを言っても仕方ない。


 2人の言葉は正論ちゃあ、正論だ。


 好きでもないのに気を持たせるような真似は残酷だし、いくら無理やりでも、恐怖を感じていても、好きでもないのに、あーんされたり、膝枕されたりはよくない。


 うん、普通に考えて、好きでもないのにこんなのは間違っている。正直に2人とも好きじゃない、だから、これ以上こんな関係は続けられないと、もう一度はっきり伝えよう。


「ごめん、2人とも。俺はやっぱり皆のことが恋愛的に好きじゃない。したことはもう謝るしかないけど、これからはそんなことがないよう、距離を置いて生きていくよ」


 そう言った途端、強い殺気に身が強張った。


「……ねえさ、理玖。これでも私、我慢してるんだよ?」


「が、我慢って何を?」


「私はさ、理玖の状況はわかってるつもりなんだよ。理玖が私を好きな気持ちと、私が理玖を好きな気持ちとは熱量が違う。それはわかってるつもり」


「わ、わかってくれてるんだ」


「うん。私のことを同じくらい好きになってほしいけど、無理強いするものでも、無理に好きになってもらえるものではない。だからね、私がもう一度落とすまで、理玖がもう一度私のことを愛してくれるまで、我慢しようと思ってた」


「そ、そうなんだ」


「でもね、惚れさせる機会まで奪うって言うんなら、もう我慢しない。理玖の意思がどうこうとか関係ない。私は思うがままに振舞う」


「い、いやでも、結衣が、あーんとか、膝枕とか、好きでもないのにやるのはよくないって」


「よくないよ。もちろん、よくないよ。でもね、だからって、それから逃げる方がよくない」


「ちなみに、逃げたら?」


「思うがままに振る舞うって言ったよね?」


「思うがままって何を?」


「徹底的にヤる」


 結衣の青い目が完全に捕食者の目に変わってる。蛇に睨まれた蛙、メスライオンを前にしたインパラのような気分を味わう。


 今すぐ逃げだそうとしたが、腕に姫乃という重りがあって逃げられない。


「姫乃! 姫乃! 離して!」


「理玖。私もね、結衣に同感なの。理玖が私のことを同じくらい好きじゃない。それだけなら、まだいいわ。よくないけど、ブチ犯してやろうかこいつ、と思ったけど、それはこれからもっと惚れさせればいいことだから、仕方のないことだもの」


 でもね、と腕に力が入った。


「惚れさせておいて、好きじゃないからどっか行きます、それはないと思うの」


「い、いや、それは理不尽じゃない? 俺は別に惚れさせようとも……」


「ん? 勝手に惚れておいて何て言い草だ、とでも言おうとしたのかしら? そんな逆上させることを言うってことは、何されてもいいってことよね?」


 姫乃の細い指がズボンのチャックに伸ばされる。


 ダメだ、このままだと犯される。いや絞り殺される。


「す、すいません。タチの悪い冗談言った、俺が悪かったです。どうか許してください」


 やっと殺る気が収まった時、見計ったように鐘が鳴った。


 姫乃は惜しげに離れると、俺に向かって言う。


「理玖。そういうことだから、逃げないでね?」


「う、うん」


「あと、時間がないけど、これだけは言っておくわ。わかってると思うけど、私以外を惚れさせるような真似しちゃダメよ」


「は、はい」


「じゃあね、理玖」


 姫乃が先に屋上を去るのを見届けたけど、俺も戻らねばいけないので、立ち上がろうとした。だが、結衣に肩を押されて、またベンチに座らされてしまう。


「どこ行こうとしてる? 理玖?」


「え、そりゃ教室に戻らないと」


「姫乃を落とそうとしたこと、まだ許してないんだけど?」


「それはでも、俺に落とす意思がなかったってことは、わかってくれてるよね?」


「うん、だから、これくらいで許してあげる」


 膝の上に、柔らかい太ももが乗っけられたかと思えば、頭を両手でがしりと掴まれた。そして、顔が近づいてきて、口の中に舌をつっこまれた。


 にゅるにゅると口の中を蹂躙され続け、息が苦しくなってやっと引き抜かれた。


 結衣は、たらーと垂れた唾液をぺろりと舐めると言った。


「次、若菜とペアだよね。姫乃みたいなことしたら、今度こそ許さないから」

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