第26話


 昼休みに入ると、久しぶりに弁当を作ってきた結衣に、無理やり、無理やり連れられて、屋上にきていた。


「はい、あーん♡」


 ベンチに座り、親に餌をもらう雛鳥のごとく、弁当のおかずを餌付けされる。


 抵抗は無駄なのでしないけれど、いつまでも慣れずドキドキするので、やめたいのはやめたい。


 弁当を食べ終えると、結衣がポンポンと膝を叩いた。


「理玖、おいで。膝枕、したーげる」


 少しまくれたスカートから伸びる、白くてもちもちしてそうな太ももが目に入った。艶かしくて、変な気分になりそうなので、俺は首を振った。


「いや、遠慮しとく」


「そっか。理玖は、また課題で一緒になれない私に冷たいことを言うんだ? わざといじめていい大義名分を作るんだ?」


「よろしくお願いします」


 怖いことを言うので、俺は結衣の太ももに頭を乗せた。


 あ、これやばい。


 しっとりとした肌は柔らかく、甘くいい匂いがする。春の陽気につつまれているような幸福感に満たされていくのを感じる。


「よくがんばったね、理玖」


 優しく、優しく、頭を撫でられると、幸福感に溶けそうになってしまう。


 だけど、続く結衣の言葉で冷えて固まった。


「私の約束を守ってくれたね」


「な、何の約束だっけ?」


「姫乃と2人きりになっても、浮気しちゃダメってやつ」


「う、うん、もちろん守ったよ。ちなみに、ちなみにだけど、長年すれ違ってた親子仲を取り持った場合は浮気にあたる?」


「あはは、そんなの浮気じゃないよ」


「だ、だよな〜」


「うん。それは浮気ですまない。完全に落としに行ってるから、浮気どころじゃない」


 胃が痛くなってきた。絶対に、真実は言うまい。


「ねえ、理玖。まさかだけどさ」


 撫でていた手が首にかかる。


「それ、してないよね?」


 してない、そう答えたくとも恐怖で声が出ない。あ、あ、あ、と情けない声で涙を流しそうになると、ぎゅっと頭を抱えられる。


「ごめんね、疑ったりして。怖かったよね?」


 頭にはお腹の感触、顔には胸の感触、どちらも柔らかくて安心する。女の子の優しい甘さの香りにも包まれて、結衣を求めてこちらからも抱きつきたくなった。


 が、この前の作戦を思い出して、俺は結衣の抱擁から抜け出した。


「また脅す甘やかすで、沼に嵌めようとしてる?」


「してる、けどもうしないから、もっと膝枕させて」


 そう結衣が言った時、いつぞやよろしく、屋上の扉が開いた。


「理玖、ちゅき!」


 いつぞやよろしく、姫乃が抱きついてくる。


「ただでさえ好きなのに落とされてちゅきが抑えられないのに、あの女のせいで、お預けくらって辛かったわ。もう、理玖とイチャイチャしたくてしたくてたまらないの」


 ぎゅーと抱きつかれ、えへへぇ、と幸せそうに頬ずりしてくる姫乃。それを見る結衣の目が、光ひとつない真っ黒だった。


「理玖、ちゅっ」


 顎を唇で啄まれる。何度も何度も啄まれる。


「もぉ〜、理玖、ちょっと高い〜。下向いて、下」


 向けるはずなかろう。結衣が怖過ぎて、指すら動かせないのだから。


「んもぅ、理玖……て、あら? 結衣、どうしてここにいるのかしら?」


「姫乃、さっき言ってた、ただでさえ好きなのに落とされて、って何?」


「あら? 優しさから言わないであげようと思ったのに聞きたいのね? 理玖が私のために、頑張った話を?」


 結衣がちらと俺に目を向けた。その目は黒の中に冷たい炎が点っているように見えた。


 がくがく、と震えだす。が、そんな俺に気づかず、姫乃は語り出した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る