第30話


 学校が終わり、1人寮の部屋で考える。


 退学したら、雪城家の養子、かぁ。


 面倒なことになったけれど、まあでもそれはどうでもいい。


 ある程度の好成績を残し続ければ、俺は退学にはならない。雪城家の養子になる未来はない。


 ただ、一つ懸念点がある。


『この前のことをきっかけに、色々と調べさせもらったけど』


 この言葉。きっと姫華さんは、この前接触したことにより、俺を調べ、養子に入れる決断をしたのだろう。


 ということは、ゲームではなかった展開になったことで、未来が変わった。それは、水を汲めば水が溜まった容器ができるというくらい当たり前のことで、きっとこれから先も、何かするたび、ゲームとは異なる未来を歩むことになる。


 ならば、課題もゲームとは異なるものになる可能性があり、原作知識を活かせず俺が好成績を残せない可能性だってある。


 そうなれば、雪城家入り。


 飲めない。それだけは飲めない。


 ゲームとは異なる未来を歩むことにため息をつくが、悪いことばかりではない。


 ゲームと異なる未来を歩める。それは、道を誤らなければ、俺はギャルゲー主人公としての道を歩まないで済むということだ。


 ならばやはり、ヒロインたちの事件を起こしてはならない。そのためにも、ルートに突入するフラグを踏んではいけない。誰かに落ちてはならないし、負けず嫌いになってもいけない。


「ま、退学できないのも今更だし、今までと変わらないな」


 と呟いて、俺はスマホを取り出す。snsから若菜のアイコンを選び、通話のボタンタップ。


 まずは次の試験だ。退学にならないためにも、若菜との協力体制は必須。今回理事長が俺が退学になってもいいという安心を得たことで、試験が難題に変わる可能性がある。そうなったとき、若菜がテンパることのないよう、そのことを伝えないといけないわけだ。


「理玖くん、どうかしたのかな?」


 ワンコールで出た若菜にビビりつつも、それを出さないように話す。


「若菜。話があるんだ」


「え、プロポーズ。もぅ、理玖くん、そんな大切なことは電話じゃなくて、手錠と目隠しして私が断れない状況でして欲しいな」


 よくわからないので、触れずに用件を言う。


「次の試験、若菜とペアになる予定だよね」


「うん! 楽しみだね! 理玖くん!」


「それでなんだけど、試験の内容が変わる可能性があるんだ」


「まあそれはそうだろうね。私たちが前回と異なる行動をしている以上、変わっている可能性は十分にある」


「だから、若菜には気をつけて欲しいなって電話したんだけど」


「え、別にどうでもよくない?」


 は? え?


「いや、どうでも良くはないと思うけど、ほら、いい成績を残せない可能性があるんだよ?」


「うん、それがどうでもいいと思うんだけど。私、1番に拘っていないから成績なんてどうでもいいし、それよりも理玖くんを落とす方が大切かなって」


 ……まずい。雲行きがよろしくない。


「いやでも、さ、姫乃とか結衣とかに負けちゃうよ?」


「うーん、成績で負けても何とも。そりゃ、理玖くんの取り合いに負けたらヤダけど、だからこそ、数少ない理玖くんとの接点になる課題で、課題ばっかりに気を取られたくないっていうか」


 やばい。若菜、本気で課題をどうでもいいって思ってる。


『一つ謎を解くと、次の謎がある場所をいくつか貴族クラスの生徒に教え、指示を出し、同じ班の平民クラスの生徒を動かして、脱出の速さを競ってもらうことにする』


 それが課題だ。なのに、『数少ない理玖くんとの接点になる課題で、課題ばっかりに気を取られたくないっていうか』と若菜は思っている。


 ならば若菜は、脱出の速さなんて競わずに、数少ない接点を長引かせようとするのではないか。


 俺は冷や汗を流しながら、恐る恐る尋ねてみる。


「あ、あのさ、若菜。次の試験をさ、長引かせようと考えてないよね」


「あはは。まさかぁ、そんなこと考えていないよ」


「よ、良かった」


「でもね。今回、理玖くんの耳を独占できるわけだよね」


「……まあ。電話で指示を送る形式だし」


「そうそ。だから、けーゆーひゃくで、今収録中のasmrをずっと聞いてもらおうとかなって」


 え? 何、どういうこと?


「理玖くんには、試験の間、ずっとそれを聞いてもらうね!」


「じゃあ、指示は?」


「asmrの最中に適当に指示出すね。大丈夫、時間内にはクリアできるくらいには、調整するから……あ、ごめん、理玖くん、次の収録が、じゃあね! 愛してる!」


 ぷつり、と電話が切れた。


 しばらくそのままだったが、だらりと腕を下げる。


 ……まずいことになった。

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