第46話


「既にもう胃が重いわ」


「食べ過ぎだからですよ」


「仕方ないじゃない! あれだけ色々あれば食べてみたいものも多いのよ!」


「にしても食べ過ぎ」


「うるさいわね! 揚げるのも楽しかったなよ!」


 がやがや言い合う俺たちを見る周囲の目は温かい。高校生カップルに向けられる眼差しだ。


「次はどこへ行くつもりかしら? ちゃんとプランはあるのでしょうね?」


「期待してるんですか?」


「ち、違うわよ! 別に楽しかったからとかじゃないわ!」


「うきうきやん」


「本当、余計な口ばかり叩く男ね!」


「はいはい」


 でもどこへ行こう。プランはない。


 この大型ショッピングモールは、ファッション、雑貨、ジュエリー、インテリア等の多種多様な店に加え、ゲームセンターや映画館などの娯楽施設、レストラン街も併設されている、ショッピングモールの中でもかなり大きめのところだ。


 選択肢がたくさんありすぎて、どこへ行こうか悩む。


「あらぁ〜プランがないのねぇ〜? 男としての器が知れると言うものね、情けない男」


 むかつくので、脇腹をつっついてやる。


「ひん! やめなさい!」


「そろそろ、学習しては?」


「貴方を煽ってないとやっていられないのよ! ひゃん!?」


 ぐぬぬ、と赤い顔の姫華さんを見てるうちに思いついた。


「映画館いきましょう。映画館」


「映画?」


「そうです。観たことあります?」


「馬鹿にしないで頂戴。私はスポンサー側よ。試写会の前に私は目を通す立場だから。どう、羨ましいかしら?」


「それはちょっと」


「ふん。であれば、次代の雪城として研鑽を積むことね。当主になれれば、その立場になれるわよ」


「じゃあいいです」


「遠慮しなくてもいいわ。私がいじめ抜いてあげるから、立派な当主になれるわよ」


 それより、と姫華さんは続けた。


「映画って、行ってすぐ観れるものなのかしら?」


「上映時間が、1番近いやつでいいじゃないですか」


「つまらなかったらどうするのよ?」


「それはそれで乙では? ああでも、姫華さんが好きそうな女児アニメ映画の上映を待ってもいいですよ?」


「貴方、私を幾つだと思ってるのよ!!」


 お尻を蹴られたので、仕返しに姫華さんのお尻をパチンと叩く。


「ぁん♡」


「え、あ、ごめんなさい」


 嬌声が漏れたので、ガチで謝った。


「ち、違うわ! これは違うから!」


「そ、そうですか……映画いきましょう」


「ええそうね。そうしましょう」


 今のは互いになかったことにして、映画館に向かった。


 ポスターの並んだ廊下を歩き映画館に入ると、受付の上にあるモニターから上映時間を見てみる。


 1番近いやつは、呪いの館、か。


 スマホで前評判を調べてみる。ジャンルは、本格ホラー。役者も演技派を揃えているみたいで、ガチで怖いやつらしい。


「一番上映時間が近いのは、『殿、裁判でござる!!』ね。ふーん、くだらなそうなコメディだけれど、それでいいわ。チケットを買いましょ」


「それの上映、1時間後ですよ」


「あら。そうかしら。じゃあ、こっちにしましょ。『タイムクロック、クリミナル』アクションサスペンスね。CGが安っぽいけれど、まあ楽しめないこともないわ」


「それも2時間後ですよ」


「わかったわ。渋々、渋々だけど、これにしましょう。『君の名は天気の戸締り』青春アニメ映画なんて、褪せた学生生活を送った私からすると、見たくはないけれど、これもまた一興だわ」


「呪いの館観ましょう」


「いやよ!!!!」


 姫華さんは、歯を剥き出しにしてぐるぐると唸る。


「どうして私がホラーなんて観ないといけないの!」


「怖いんですか?」


「こ、怖くないわ! ただちょっと、1人でお風呂に入れなくなるだけよ!」


「知ってます? 頭洗ってる最中、目を閉じると、後ろから……」


「やめなさい!」


 どうやら本気で怖がっているようだ。


 仕方ない。


 お化けなんて何歳になっても怖いもの。特に、非現実的なもの以外を恐れることのない姫華さんにとっては、相当に怖いものだろう。


「よし、行きましょう」


「どうして!?」


「現実に怖いものがない人ってムカつきません?」


「知らないわ、って、うわぁ!?」


 姫華さんの腕を組んで、無理やりに連れていく。


「すいません、大人二枚で」


「くぅ〜」


 真っ赤な顔の姫華さんに向けて店員さんは言った。


「お客様、高校生割が使えますがよろしいでしょうか?」


「だって、姫華さん」


「はあ!? 私は……」


 と姫華さんは首を下げて、自分の姿を確認する。


 顔を上げると、涙目で睨んできた。


「お客様、いかがなさいます?」


「〜〜〜っ」


 声にならない声を上げた姫華さんに嗜虐心が満たされたので、この辺にしておく。


「すいません、学生証忘れたので、大人二枚で」


「かしこまりました」


 支払いを終え、チケットを受け取り、列から離れる。


「貴方、貴方、貴方! 本当に許さないわ! 絶対によ!」


「はいはい」


「許さないわよ! 絶対に地獄の果てまで追い詰めてやるわ!」


「上映時間も近いですし、ポップコーンとドリンク買って、シアタールームに入りましょう」


「待ちなさい! まだ文句は言いたりてないわ!」


 ずっとガチャガチャ言ってきた姫華さんだけど、シアタールームに入ると、周りを気にしてただ睨んでくるだけになった。


 そして映画が始まると、びりびりと震え、完全に大人しくなった。


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