第45話


 テーブルの中央には正方形のフライヤー。縁を覆うように金網と、穴にはぷくぷくと泡が上る加熱された油が満たされている。


「……ここは何かしら?」


「串カツタイプのバイキングです」


「せめてもビュッフェといいなさい。貴婦人をこんなところに連れてくるなんて、センスないんじゃないかしら?」


「俺が連れてきてるのは、三年の先輩の弓道部美人主将の姫華さんですから」


「変な設定を押し付けないでくれる?」


「じゃあ制服姿の姫華さんを、ちゃんと年齢通りに扱いますよ。他の人にどう見られるか……」


「やめてちょうだい」


「最初から素直になってればいいんですよ」


「地獄に落ちなさい」


「さ、取りに行きましょ。女子高生に油物を勧めるのは、全然大丈夫ですもん」


「貴方、それが目的ね? 胃もたれで殺す気なのね?」


「いっぱい食べてくださいね。女子高生なんだから」


「食べるわよ!!」


 やけになった姫華さんを連れて、串を取りに行く。


 じゃがいも、玉ねぎ、しいたけ、えりんぎ、カボチャ、ししとう、れんこん、などなど数々の野菜から、豚肉、鶏肉、牛肉、の各種部位からウインナーなどの肉類、帆立に海老、イカ、その他様々な海産物まで用意されている。他にもミニ鯛焼きだったり、お菓子っぽいやつの外道と呼ばれるものまで。


 多数の選択肢を前にして、姫華さんは目をキラキラさせていた。


「これも食べたいわね、あ、こんなの揚げてもいいのかしら?」


「意外ですね。粗末な食材は私の口に合わないわ、とか言いそうだったのに」


「たしかに普段食べているものからすると、粗末ね。でも、いつも食べているものの方が美味しいというだけで、この食材が美味しくないというわけではないわ」


 ちょっと見直したのが悔しいので、いじることにする。


「にしても、ウキウキで選んでますね。さっきまで、『こんなところに連れてくるなんて、センスないんじゃないかしら?』とか言ってたのに」


「う、うっさいわね! こういうところは初めてなのよ! 悪い!?」


「いいんじゃないですか? 女子高生っぽくて」


「それは悪いって言ってるのよねえ!?」


「そうは言ってないですよ」


 がやがやしながらも、食材をとって席に戻る。


「それで、どうすればいいのかしら?」


「揚げればいいんですよ。練り粉を薄くつけて、パン粉をつける」


 俺が実践してみると、姫華さんは恐る恐るといった様子で真似た。


「可愛いですね、姫華さん」


「ちゅき!?(ひゃ、か、可愛い!? あ、貴方、馬鹿にしないでちょうだい!)」


「次はそれをフライヤーに入れるだけです。こんなふうに」


 と串をフライヤーの中に入れると、じゅわーと激しい泡が出て音が鳴った。


「さ、やってみてください」


 そろそろ、と腕を伸ばし姫華さんはフライヤーの中に串を入れる。そして、すぐに腕を引っ込める。


「油でも跳ねました?」


「い、いえ」


「じゃあビビりました?」


「う、うっさいわね!」


「姫華さん、料理とかやったことないんですか?」


「……ないわ」


 あら意外だ。


「姫華さんのことだから、料理も上手にやると思ってました」


「やれば出来ると思うわよ。私にできないことなんて、基本的にないもの」


「じゃあどうしてやらないんです?」


「……を、が、ゎい、のよ」


 赤い顔で、ぼそりと呟いた姫華さんに聞き直す。


「何ですか?」


「包丁を使うのが怖いって言ったのよ!」


「子供か」


「っさいわね!」


「可愛くていいと思います」


「ちゅき!(うるさい! 黙れ!)


「そうこうしてる間に揚がりましたよ、はい」


 俺は串カツを姫華さんの前に差し出す。


「口開けてください、口」


「ちょ、何するつもりよ!」


「はい、あーん」


「うぅ……あーん」


 と、間抜けに開けた口に突っ込む。


「あふい、あふいわ」


 串カツを咥えはふはふしてる姫華さんに、嗜虐心が満たされる。


「あははは」


 食べ終わると、姫華さんは赤い顔で睨んできた。


「貴方にもやってあげるわ! 口開けなさい!」


「いいですよ」


 と俺は姫華さんに差し出された串カツを咥える。


「おへ、あついの大丈夫なんでふ」


「くぅ〜、私があーんして恥ずかしいだけじゃないっ!」


 俺は食べ終えてから話しかける。


「さ、どんどん揚げましょう。楽しいですし」


「……そうね。楽しい、か。ねえ、貴方」


「何ですか?」


「貴方、楽しいからここを選んだわね?」


 流石は姫華さん、俺の企みには気づいたようだ。


「そうですよ」


「やっぱりね。粗末な食材は私の口に合わないわ、なんて言いそうと思っておきながらも、ここを選んだ。恐らくだけれど、このモールに私の口に合いそうなものがないと踏んで、最も楽しいと思われるここを選んだのね?」


「はい。でも、それは2割くらいの理由です。8割は揚げ物食べさせて胃もたれさせたいってのが理由です」


「やっぱり殺しておくべきだわ」


「物騒なこと言ってないで、楽しみましょ。串カツ以外にも色々とありますし。チョコフォンデュとかしたことあります?」


「それ、気になってたのよね。でも、食後以外に食べるのは背徳感があるわ」


「お嫌いですか、そういうの?」


「嫌いじゃないわね」


 姫華さんは、そう言って子供みたいな笑顔を浮かべた。




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