第9話


 ヒロインの皆様方がパチパチと視線で火花を散らしている。昼時と言っても、四月上旬。風が吹き込み、まだ肌寒いはずの屋上はメラメラとした熱気に包まれていて、寒いどころか暑いくらいだった。


 俺は屋上に出てすぐ、ドアをそっとじして校舎内に戻る。


 ギャルゲーを調べてから集まろうといった翌日。朝からは上級生のガイダンス、昼からは下級生のガイダンスということで、それに先駆けてお昼前に屋上に集まっているのだけれど、予想とは異なる展開になっていた。


 ヒロインの皆様方は、愛する湊理玖を失い、沈んだ様子で屋上にくると踏んでいた。


 だが、今あるのは、昨日と変わらぬ光景。


 何で? ギャルゲーについて調べなかったのか?


 いや、流石にそんなことはないだろう。でも他に理由が思いつかない。


 直接聞いてみるしかないか。理由を知らないことには対策も何もできない。


 知らず知らずのうちに恐れで降りていた階段を上り直し、屋上の扉を開く。


「あ、ちゅき!」


 俺に気づいた姫乃が駆け寄ってきたので、条件反射でくるりと踵を返して逃げようとしたが、首に腕を回され抱きつかれたことで、身動きが取れなくなる。


「くっ、姫乃め!」


「姫乃に先越された!」


 そう言った2人にも両腕に抱きつかれる。


 コッテコテのハーレム展開で、昨日よりベッタベタに、結衣に、若菜に、背中には姫乃にくっつかれ、三者三様の甘い香りと柔らかい感触に包まれるが、心地よさはなく、むしろ、居心地の悪さに胃を壊しそうだった。


「……あのさ、ギャルゲーの件、どうなった?」


 苦しみながら何とか尋ねると、姫乃と結衣が答えてくれる。


「昨今、一番人気のギャルゲーをやってきたわ」


「うん、私も姫乃と同じで、ドキドキ漫研部やってきた」


「2人とも唯一やっちゃダメなギャルゲーやってきたんだ……」


「あれ、若菜はやってないの?」


「うん。やってない。私は別のゲームをした」


「ちなみに、何てタイトル?」


「僕と彼女と彼女の恋」


「あの、それもダメだわ」


 俺はこの状況の原因を理解した。


 3人がやってきたのはメタ的な要素を含むゲーム。主人公ではなく、画面越しのプレイヤーにヒロインが恋するというゲーム。


 そして俺が昨日言ったのは、『湊理玖はギャルゲーの主人公で、俺はギャルゲーのプレイヤー……いや俺は湊理玖に変わりないけど、未来の記憶は、ギャルゲーのプレイヤーとしての記憶なんだ』というセリフ。


 つまり、だ。それらのタイトルをした彼女らは、『湊理玖というプログラムではなく、画面越しの人が、私が恋愛していた本当の人がここにいる』と思ってもおかしくないのだ。


 ……まっずぅ。恋愛した相手じゃないと証明できていないのはおろか、余計に好意をよせられることになったのかも。


「ねえ、理玖? ここが、言うようにギャルゲーの世界だとして、理玖は画面の奥のプレイヤーで、私が愛した理玖とは違うんだ、って言おうとしていたわけだよね?」


 びくっ、としたけど答える。


「えっとまあそうだけど……」


「でもさ、理玖はさ、未来の記憶がギャルゲーのプレイヤーとしての記憶なんだって言ってたよね?」


「う、うん」


「それってさ、ただ、理玖にその記憶があるというだけで、理玖が別人になったというわけじゃないよね。だったらさ、理玖がプレイヤーであろうとなかろうと理玖は理玖で、私と恋愛する未来がある理玖なんでしょ?」


 結衣の言葉に俺はうなずくしかなかった。


 未来の記憶がプレイヤーとしての記憶というだけ。転生には近いけど、憑依されたり、人格を乗っ取られたりしたわけでなく、俺が湊理玖であることには変わりない。


 それに『理玖がプレイヤーであろうとなかろうと理玖は理玖で、私と恋愛する未来がある理玖なんでしょ?』という言葉。


 これもそうで、あのタイトルをした結衣たちからしてみれば、俺がプレイヤーであっても恋愛してるし、プレイヤーでなければ当然ながら恋愛している。彼女らと恋愛する未来がある理玖には変わりないのだ。


「だったらさ、私が好きな理玖ではあるってことだよね?」


「……まあ」


「で、理玖が言ってたプレイヤーであるとしても、私のことが好きな理玖じゃんね?」


「いやそれはちが……ひぎっ」


 腕を曲がらない方に伸ばされてしまう。


「私のことが好きな理玖だよね♡ だって、好きでもないのに落とそうとしたりなんか、攻略したりなんかしないもんね♡ しておいて遊びだなんて言うわけないもんね♡」


「う、うん、好き……うぐっ」


 今度は逆の腕が伸び、そして首に回された腕が十字に変わる。


「理玖、それは私のことは好きではないということかしら?」


「理玖くん、本当は私にこういうことをして欲しいんだけどなあ?」


「……し、しゅき、だ、だから、離して」


 離されて俺は地面に横座りで倒れる。


 見上げると、黒い笑顔を浮かべた3人がいて、目の端に涙が浮かんだ。


「ねえ理玖くん。すぱっと2人に遊びだったって言ってよ」


「は? 遊ばれてたのは、若菜と姫乃ってことに気づかないの?」


「悲しいわね。理玖が好きなのは私だけなのに」


 言えにゃい。ゲームなんだから当然、3人とも遊びで落としたなんちぇ言えにゃい……。


 だけど、何か言わなきゃ殺すという目を向けられている。


 う、ここを切り抜けるいい案が何も思い浮かばない。ならば言うしかない。


「やっぱり俺は、皆と恋愛した理玖ほど、皆のことを好きじゃないって言うか……」


「わかった」


 俺の言葉は若菜に遮られた。


「ごちゃごちゃとした話や誰を好きかろうが、もうどうでもいいや。要するに、他の女に目がいかないように、もう一度理玖くんを落とせばいい話。私が理玖くんを好きなことには変わりないんだから」


 その言葉に2人は頷いた。


「それもそう。理玖と結ばれるのには変わりないわ」


「まあそっか。理玖は私の理玖だし、またモノにすればいいだけだし」


 あ、あれ、流れ的に助かった? 許された? 


「理玖?」


「え、何?」


「そういうことにしといてあげるけど、浮気を許しはしないからね♡」


 それは同意というように、若菜と姫乃も頷いた。


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