第53話
スマホの着信音に起こされ、唸りながら通話に出る。
『おはよう♡ お兄ちゃん♡』
若菜の声が聞こえて大きな疲労感がきた。
『あー、また寝ようとしてる〜。こんなに可愛い妹に起こされておいて酷いんだぁ。そんなお兄ちゃんには〜、お耳を、えい、えろぉ……じゅるるる…じゅぼじゅぼじゅぼくぼえろれろれろろべろろんぎゅるるぎゅいんぎゅいんぎゅわーん』
「ひいっ!?」
びくんと飛び起きて、慌てて通話を切った。
うぅ、突然の耳舐め音がきて、一発で目が覚めてしまった……。てか、耳舐め音? 後半の音は何?
バクバクと鳴る心臓が落ち着くと、また目蓋が重くなってきて、眠りに落ちていきそうになる。だけど、設定していたアラームが鳴って、もう起きる時間なのだ、とため息をついた。
結衣のことで散々頭を悩ませたせいで、寝る時間が遅くなった。寝足りないけれど、二度寝する時間はないし、ちゃんと起きるしかない。
重たい体を起こし、カーテンを開けて朝日を浴びる。けれど、爽快な気分にはならない。
はあ。主人公になりたい、か……。
***
「おはよー、理玖」
「ん、おはよ」
教室に入ってきた結衣と朝の挨拶を交わす。
「今日も時間ギリギリなんだ」
「まあねー。いつになるかわからないけど、そのうち帰国しなきゃだし、色々と準備があるからさ」
なんて軽い調子で言う結衣だけど、浮かれてるって感じではない。夏の大会が近いから練習頑張んなきゃ、だとか、文化祭を成功させるんだー、だとか、そんなひたむきに頑張っているような雰囲気があった。
そしてそんな結衣は、主人公として歩んでますよーって感じが溢れ出ていて、俺の目にはキラキラと輝いているように見える。
そう、キラキラ。キラキラ、だよなあ。
「ん? どうかした、理玖?」
「あ、いや、何でもない」
なんて会話をしてすぐ、先生が教室に入ってくる。
「今から授業を始めるから、全員席につけ」
先生の言葉に会話をやめて黒板に目を向ける。
だけどすぐ気になって、ちらと横目で窺うと、結衣はノートにペンを走らせていた。
何を書いているんだろう、なんてノートに目を移すと、結衣が自分の問題を解決するための計画案がびっしりと書き込まれていた。
消し後。斜線を引かれた長文。くたびれた紙。結衣が口先だけではなく、本気で取り組んでいるのが嫌が応にも伝わってくる。それに、何かしたい、とこっちまで思わせられるほどの熱量も伝わってきた。
キラキラだ。尊い輝きがある。
そう思うと、主人公になりたい気持ちが理解できた。
主人公が放つ、この輝きが眩しすぎて、自分がくすんで見えるんだ。
だからきっと皆、主人公に憧れ、なりたがるんだろう……だなんて、ありきたりな着地点。陳腐な考え。きっともっと深いところに答えがある、って思ってしまうけれど、もう十分に主人公になりたい気持ちはわかった。そしてそんな感情は尊いと感じる。
俺もキラキラしたいと思ったら、結衣みたく主人公になりたくなるのかな。
いや、決してキラキラしたくないわけではなく、輝きに魅力は感じるけれど、主人公になりたいとは思えない。
どうしてだろう?
疑問に胸がモヤついたまま、俺は授業を聞き流した。
***
「ごめん、理玖。ちょっと自分のことに集中してて、お弁当作れないの」
「あぁ、本当、全然気にしなくていいのに」
「誰かに理玖の体を作られるなんて身が裂けそう」
なんて会話をあははと乾いた笑みで流して、俺は一人学食に向かった。
昼時の学食は混雑している。何列も並ぶ長テーブルも、窓際の4人がけのテーブルも満席。学食は貴族クラスも、平民クラスも利用するので混雑するのだ。
適当に頼んだ蕎麦を盆に乗せ、空きが出るのを探す。すると、異質な空気感のテーブルが目についた。
姫乃と若菜が黙々と食事している。背中に竜と虎が睨み合っている幻影を携えて。
関わりたくないなぁ、と肩を縮こめたが、若菜と目が合ってしまう。そして手招きされてしまう。
知らないフリをしようとしたが、目があっていては無理があるので、お盆を持って二人と同じテーブルにつく。
「理玖と食事できるなんて嬉しいわ。席がなくて、若菜と同席になったときは最悪だったけど」
「理玖くん、来てくれて嬉しいよ。姫乃みたいなのと同席になった時は天を呪ったけど」
「は?」
「は?」
案の定、最悪の空気で居心地が悪い。
しばらく無言が続いたいたけれど、若菜が何かを思い出したかのように、あ、と声を出した。
「理玖くん、今朝のASMRはどうだったかな?」
うきうきの若菜に尋ねられて、頑張って笑う。
「す、凄く良かったと思う」
「やっぱり? 実際の音とほぼ同じにしたんだ〜」
「へ、へえ〜」
ぎゅるるぎゅいんぎゅいんぎゅわーん、は何の実際の音なのか怖い。
でも、若菜が努力していることは伝わってきた。
「声優、本当に頑張ってるんだ」
「まあね〜」
嬉しそうに笑う若菜。そこには結衣と同じような輝きがある。
「理玖、朝から若菜とそんなイチャイチャしたの?」
「いや、イチャイチャってわけじゃ」
「ずるいわ。こっちは朝からお母様にダル絡みされて最悪だったのに」
「ダル絡みって?」
「女子高生の手作りみたいな弁当作ってきたお母様が『ふふん、初めて作っただけでもこの出来よ。ふふん、姫乃には無理でしょう? これが雪城当主に必要な才能なの。格の違いを思い知ったのなら、当主の座は諦めなさい。ま、貴方は美味しくても美味しくないって言うでしょうから、友達に食べてもらって評価を聞きいてこればいいんじゃない? そうね、あの生意気な男子学生とかいいんじゃないかしら?』とか言ってきた」
「それはたしかにダルいかも」
「ええ、だから朝食にしてきた。お母様が涙目になってすっきりしたわ」
話を聞いて思う。
「何だかんだ、仲良くやってるんだ」
「ふふっ、まあね」
若菜と同じような笑みを浮かべた姫乃からも、結衣と同じような輝きを見た気がした。
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