第56話
警察からの事情聴取は若菜に話が行ったのか、すぐに終わって俺たちは学園にまで送り届けられた。
「じゃあね、理玖」
早々に結衣は女子寮に入って行ってしまった。
結衣を一人にすることには強い抵抗感を覚えたが、何をしていいかわからず、背中に伸ばした手を引っ込める。
雨が強い。このまま外にいてもただ冷えるだけで、何にもならない。そう思って、部屋に帰ると、大きな疲労感がきて、ドアに背を滑らせるようにへたりこんだ。
手を貸さないと、結衣は最悪帰ってこない。だけど手を貸せば、結衣はずっとヒロインのまま。結衣は、主人公にはなれなかった、と誰かの人生の脇役だ、と自分を一生蔑んで生きることになる。
俺はどうしたいのだろう。
結衣を喪うなんて受け入れがたい。見捨ててそんな事態になるなら尚更だ。
けれど、主人公になりたい結衣の強い思いを切り捨てたくはない。
主人公、か。
結衣のなりたい気持ちは心の底から応援しているけれど、俺の気持ちとしては依然なりたくないまま。
だってそうだろ。ヒロインを守るために銃弾を受けたり、たったの二人でテロリストを壊滅させたり、ヒロインのために単身王城に乗り込んだり、ヒロインを支える特別な一人に……。
トンネルを抜けた時みたいにぱっと視界が開ける感覚。ぞわぞわとした感覚が全身に走り、身震いする。
「あ、俺、主人公を、一人でヒロインを支える存在だ、って思い込んでたんだ」
姫乃も若菜も助けたが、その労は厭わずに、未来に起きる出来事ばかりを嫌がっていた理由がわかった。
姫乃の家族関係の問題は、叔母さんに連れてきてもらったり、若菜に車を借りたり、と助けを借りられた。若菜のときも一緒で、結衣からヒントをもらったり、姫乃から未来の話を教えてもらったりした。誰かに手を借りて、事実、楽だったから、俺は労が気にならなかった。
だけど、ルートに入ると一人でヒロインを支え続けなければいけない。そう思い込んでいたから、ギャルゲー主人公になりたくない、と嫌がっていたんだ。
なら結局、結衣のことで心から賛同できず、モヤついていたのは、主人公は、一人、自分の足で歩いていくもの、という俺と結衣の主人公像が同じだったから。助けてもらえなくてしんどくっても主人公になって輝きたいという結衣と、一人で成し遂げないといけない主人公の辛さが輝きたいを上回っていた俺とで、意見が食い違っていたから。どれだけ考えても、自分のその考えが結衣の考えに染まることはなかったから。
気づいてしまえば、浅っさい単純な話、あまりにも卑俗な話で、自分の小ささにため息すら出てくる。
くっだらな……。最初っから出てた結論と同じだ。
別に、一人でヒロインを支える存在にはなりたくなくとも、ヒロインを支える一人にはなりたいとは思えるし、人の手を借りて、楽に主人公できるなら、楽に輝けるなら、そりゃ全然やりたいと思う。
結衣が助けをもらって主人公になりたいって言うのなら、俺は心から賛同できるだろう。
だけど、おんぶに抱っこなやつを、主人公、と人は認めないわけで、だから俺は主人公相手に、助けないといけないと思うことは傲慢だ、と感じたわけで、楽に主人公できるなんてそんな上手い話はないわけで。
……本当に?
人におんぶに抱っこで主人公面するなんて、とは思ったけれど、若菜と姫乃の笑顔を思い出して、そんな考えは消しとんだ。
学食のとき、二人にはたしかに主人公の輝きがあった。若菜も姫乃も、言っちゃあ悪いが、俺におんぶに抱っこ。だけど、声優を目指すひたむきな姿にある輝きを、冷えた親子関係が修復されて喜ぶ姿にある輝きを、自分の物語を歩む彼女らを蔑む感情なんて全くない。
きっと、主人公の資格っていうのは、義足でも、車椅子でも、タクシーだってなんだってよくて、ただ自分の物語を歩む意思があるかどうかでしかないんだ。
なら、助けられたらヒロインのまま。だから主人公になれない。そんな馬鹿な話はないだろ。
そう思って、完全に頭の中がすっきりと晴れた。
もう迷いはない。
別に結衣を助けたところで、結衣が主人公になれないわけじゃない。
というか、そもそも。
助けてと言い出せなかったときの結衣の、あの肉食獣が威嚇するような歯剥き出しの顔。
ヒロインがあんな顔するかよ。ちゃんと自分の物語を歩む主人公の顔だ。
まあでも、当の本人は自分をヒロインだと思い込んでいるわけで、助けられたら主人公になれないと思っているわけで、そしてそれをそうじゃないと伝えるのは物凄く難しいわけで。
これ、どうやって伝えれば? 助けられても主人公やれるって伝えるのは無理そうだし、結衣の考えの方が高尚に見えて、俺の考えの方が卑俗に見えるし……。
心の中に火が灯る感覚。燃え盛っていく感覚。
結衣に比べて、卑俗? 誰の考えが卑俗だって?
それに無理?
俺ならやれるに決まってるだろ。
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