第41話
朝、集合させられたのは、グラウンドだった。
「それでは9時から、学内のリアル脱出ゲームを行ってもらう。皆の健闘を期待する」
体操服を着た平民クラスの一年生が、朝礼台に立つ先生を前にしてずらーっと並んでいる。誰の手にも、用意された端末があり、それで貴族クラスの生徒からの指示を受けることになっていた。
「急ぐ必要はあるが、あくまで安全第一として校舎内では決して走らず……」
なんて、先生が話しているうちに、時計の針は9時を回ったのか、一斉に端末が震え、鳴り出した。
「それではスタートとする」
そんな先生の号令は聞かずかどうかのタイミングで、周りは一斉に動き出した。
「最初の謎は!?」
「まず、どこに向かえばいいですか!?」
「ここじゃ、聞こえづらいです!!」
なんて忙しない会話とともに、ヌーの大群みたいにざわざわぞろぞろと移動していく。
そうして、グラウンドには数人取り残され、その数人に電話がかかってくる。かくいう俺にも電話がかかってきたので、端末を耳に当てる。
「やほ。理玖くん、そろそろ周りはいなくなった? ちゃんと聞き取れる?」
若菜が言うように、今グラウンドに残っているのは大勢が一度に通話することを見越して、聞き取れる状況を待った貴族クラスの生徒の班員のみ。大群に揉まれれば、聞き取れる場所に移動するのも一苦労なので、ここである程度、貴族クラスの生徒の実力が知れるというものだ。
ま、そんなことはどうでもいいけど。
「ちゃんと聞き取れるよ、若菜。昨日は眠れた?」
「おかげさまで。理玖くんが何とかしてくれると思ったら、安心して眠れたよ」
「そっか。それは良かった。まあ、まだ何とかできるかはわからないけど」
「うんうん、で、最初の謎なんだけど……」
「いや、その前に、悩みの解決からしよう」
「いいのかな? 別に試験を終えてから、解決に向かうのも手だと思うけど」
「解決できなかったらの方がちょっとだけ怖いから、優先順位はこっちからで」
端末越しに笑い声が聞こえた。
「了解。解決しても、解決してない、って言い張ることは今回絶対にしないから、安心して解決してね」
「何か上からだなあ」
「仕方ないかな。こんな個人的な悩みを解決してください、なんて素で頼むなんて、如月若菜らしくなくて、ただの女の子みたいで恥ずかしいし」
「若菜はただの女の子だよ」
「きゅん。どうしよう、下に手がのびそうになっちゃった」
若菜の冗談は無視して、本題に入る。
「若菜、本当にやりたいことはない?」
自然と声色が真剣なものになった。すると、若菜からも気の入った真剣味を帯びた声が返ってくる
「ないかな。何に対しても、これじゃないって感覚が強い」
「それは何をしてもつまらないってこと?」
「そうではないかな。色々やったけど、全部、それなりに楽しい。やりがいがあるのもわかる。勝ちに行くのも、負けてもいいのも、勝ち負けなんてどうでもいいのも、全てそれなりには楽しい」
端末越しに乾いた笑い声が届いた。
「けど、足りないんだよね。もっと自分にあったものがあるんじゃないか、って、悩む」
「そうかな。何をしても満ち足りない。退屈と言っては言い過ぎだけれど、こんなのしていてもいいのかな、って無気力になる」
「うん。だけどね、若菜」
「だけど?」
「姫乃の世界の若菜は、悩んでいなかったんだよ」
「悩んでいない? ってことは、現状に満足していたってこと?」
若菜の言う通りなのだ。現状に不満を感じるからこそ悩む。つまり、本来の若菜は、この現状を不満に感じていなかった。
「そうなんだよ。この何をしても満ち足りないという状況に満足していたんだよ」
「そっか。でも、じゃあ何で私は満足できていないのかな?」
「若菜が悩むきっかけは、『ただただ退屈で無為に過ごしているうちに』という言葉から、過去に戻ったこと。そのせいで、新鮮さが消え失せた。既視感ある光景ばかりを見せられて、その状況から抜け出そうとして、何やっていいか分からなくなって病んだ」
「病んだ、ってひどいこと言うね。まあ、事実だけど」
若菜はカラカラ笑って、それで、と続きを促してきた。
「だから、無理にこの状況を抜け出そうとしなくてもいい。知っている時間を耐え抜けば、未来には新鮮さが戻って、満足できない状況にも、満足できるようになる。今が満足できないだけで、未来には満足できるようになる」
「そうかな。確かに病んだのは既視感ある光景ばかりみたせい。でも、新鮮さがあれば満足できる、っていうのは違うと思う」
「そうだね。若菜は色々とやってきている。そこに、新鮮さがないわけではない。だけど、満足できない状況に満足できる一つの未来があるっていうのは、否定しようのない事実だ」
だから、と俺は続ける。
「満足できない状況に満足できる未来にたどり着くまで、俺が付き合うよ」
「付き合う?」
「色々とやり続ければいい。色んなことに挑戦し続ければいい。その度に、あった楽しかったこと、辛かったこと、ひどい目にあったこと、それを笑って聞くよ。若菜がどんな状況になっても、ご飯を奢って、そこで笑って聞いてあげる」
「……うん」
「失敗しても、成功しても、話の種と思ってさ、気が済むまで気軽にやりなよ。見つからなくても終わりはあるから大丈夫。満足できない状況に満足できる未来があるんだから」
端末からは何も聞こえてこない。数分と経ったのち、大きなため息がきた。
「はあああ。理玖くんの勝ち、私の負けかな。また落とされちゃったし」
そう言うと、若菜は、よし、と気合を入れた。
「さ、早く、リアル脱出ゲームを終わらせよう。今すぐ理玖くんに会いたくなっちゃった」
「そっか。解決したみたいでよかったよ」
「うん。さ、王子様。お姫様を助けたあとは連れ帰るまでがお仕事だよ。まず向かって欲しいのは、図書室。そこの謎は……」
俺は若菜の指示を聞いて、1人のグラウンドを後にした。
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