第40話
俺の持ちかけたゲームに、気圧される形で頷いた若菜を置いて、保健室を出る。
何がしたいのかわからない。何をしていいかがわからない。
それに答えるのは難しい。
人によって趣味趣向が様々。十人十色で、答えが出る人もいれば、一生答えの出ない人もいる。
だけど若菜に至っては簡単だ。
その問いには既に若菜自身が答えを出している。
俺と結ばれる世界線以外の若菜は、一学期の共通ルート終了後、父から課せられた一番をとるという目標がない。
つまり、だ。結衣と姫乃の世界の若菜がどうしているか、それが答えというわけだ。
ただ俺はあくまでゲームをプレイしていた記憶しかない。共通ルートの後は、ルートに入ったヒロインとの絡みばかりで、若菜がどうしていたかはわからない。
だから、ちゃんとその世界で生きていた、姫乃か結衣に話を聞く必要がある。
結衣は共通ルートのあと、少しの学園生活ののち、海外でお姫様生活だから、ここはまず姫乃から話を聞いてみよう。
***
「知らないわ」
「え?」
元バイト先の喫茶店、そこの奥の席。人入りが多く、マスターが忙しなく働いている中、悠々と姫乃は珈琲カップを持ち上げた。
「知らないと言っているの」
「えーと……」
「別に意地悪で言っているわけじゃないわ。理玖から聞いた話が本当なら、若菜はどうしていいか悩んでいるのよね?」
頷くと、姫乃はそうよねと続けた。
「それで未来の若菜はどういう決断をしたのか気になった理玖は、私に未来の若菜がどう生きていたかを聞いてきた。でもね、それについて本当に知らないの」
「知らないってどういうこと?」
「知らないと言えば、語弊があるわね。若菜はこの課題のあと雰囲気が柔らかくなった。でもそこから先、とくに変わることはなかったの」
「ということは、悩まなかったってことか」
若菜は、
『2回目の人生、って言ったら短いから、2回目の学生生活。目新しさも、1番でいるという目標も何もなくって、ただただ退屈で無為に過ごしているうちに、こう何て言うんだろうね。何もやる気が起きない無気力と、何かをやらないといけない焦燥感に襲われたんだ』
と言っていた。
だから、過去に戻ったことが悩むきっかけに違いない。
「多分、そうね。役に立てなくてごめんなさい、理玖」
「いや、十分参考になったよ、ありがとう姫乃」
「ちゅき……」
うっとりとした目をした姫乃から目をそらした。が、あ、という声を出した姫乃に再び目を向ける。
「ねえ、理玖。今度は私の悩みを聞いてもらってもいいかしら?」
「ん? 何?」
「お母様が寝室のベッドをダブルに変えたり、私に制服デートのスポットを聞いてきたり、奇行を繰り返しているのだけれど、これは病院に連れて行くべきなのかしら?」
「わからないけど、いくべきだと思う」
***
結局、答えの出ないまま、寮に戻り、ベッドに寝転んで天井を見上げる。
結衣に聞こうかと思ったけれど、多分結果は同じ。姫乃の世界の若菜ときっと変わらないだろう。
話を聞けば、簡単に解決するかと思ったが、そうはうまくいかないか。
どうやら、ずるはさせてくれないらしい。
まあでもいい。何のいい方法も思い浮かばないけれど、俺が出来ることを証明するには、正攻法の方が後腐れない。
何がしたいのか、何をすべきなのか、若菜に答えを出させる。
それが唯一の答え。
本当に?
別の方法もあるんじゃないか?
ぐるぐると思考が渦巻く。
ああでもない、こうでもない、と頭を悩ませるうちに、燃えた火が鎮火してくる。
あれ、これ。やばくないか?
課題で好成績を出さなければ雪城家入り。好成績を残すには、若菜の『質問でも何でもして、私の悩み事を当てること。期限は試験1日目までかな。最下位スタートでも、私なら2日目で挽回できるし』という言葉に従うなら、明日までに悩みを解決しなければならない。
時間制限はあるし、もし2日目に悩みを解決できなければ、俺は雪城家入りだけでなく、若菜に何でもするし、何を言われても聞かなければならない。
「ま、まて、まだ冷静になるな」
鎮火してきた炎に薪をくべるように、若菜の辛そうな顔や、負けず嫌いの感情を思い出し続ける。
するとまた、轟々と燃え盛り、苛烈な感情が湧き出てきた。
俺が負けるなんてあってはならない。絶対に若菜の悩みを解決してみせる。
気が大きくなってくる。後先なんて考えられなくなる。そしてだからこそ、思いついた。
これだ。きっとこの方法が、若菜の悩みを解決することになる。
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