第39話
「睡眠不足ですね」
若菜の診察を終えた保険医の先生がはっきりとそう言った。
「ベッドは全て空いてますので、そこでお休みになられるのがいいでしょう」
そう言うと先生が少し席を外します、と部屋から出て行って、2人きりになった。
「だって、若菜」
「うん、そうだね。まあ、大きな病気とかじゃなくて良かったかな」
「睡眠不足だって大きな病気だよ。どれだけ眠れてない?」
「そこそこ」
気丈に振る舞う若菜を見て、眉間にシワがよるのを感じた。
「あはは、心配してくれるんだ?」
「さしでがましいから、心配はしない。だから若菜も俺に心配をかけないようしなくていいよ」
「そか〜。じゃあ、本音で答えるね」
若菜は儚さを孕んだ弱々しい笑顔を浮かべた。
「ここ二週間、ほとんど眠れてないかな」
「二週間って言ったら、記憶が戻ってからほぼだよな」
「うん。ま、最初は訳の分からない現実に戸惑って、だけどそれはすぐに受け入れたから、ほとんど、これから、何がやりたいのか、何すればいいのか、わからなくてって感じかな」
「そんなに悩んでたんだ」
「うん。私は、ずっと1番を生きてきた。それでその重圧から解放されたけども、理玖くんと結ばれるために1番を取り続けた。そして結ばれたら、過去に戻ってきた」
若菜は遠い目で続ける。
「2回目の人生、って言ったら短いから、2回目の学生生活。目新しさも、1番でいるという目標も何もなくって、ただただ退屈で無為に過ごしているうちに、こう何て言うんだろうね。何もやる気が起きない無気力と、何かをやらないといけない焦燥感に襲われたんだ」
「それで睡眠不足になったんだ」
「何したらいいかわからない、焦燥感にやられて、色々と考えたり、調べたり、体験してみたりしたんだけど、結局、何に対しても無気力で、気付いたら、何もしなくても、寝れなくなっちゃった。この文武両道、頭脳明晰、最強無双、天地創造、鎌倉幕府の如月若菜ちゃんらしかあない、ちんけな女子高生みたいな悩みにやられちゃった」
「天地創造はしてないし、鎌倉幕府は意味わからないけど、まあ若菜は普通の女子高生なんだから、真っ当な悩みなんじゃないの?」
「そうかも。真っ当で、小さな人間がする、小さな悩み。そんな小さくて、軽い悩みを私は……」
「悩みを私は?」
若菜は笑った。
「私さ、ゲームをしかけたのは、過去と異なる展開になることを予想していたからなんだ。理玖くんとペアにならない可能性だってあったから、惚れさせる機会を確実なものにしようとしたんだ」
「薄々そんな気がしてたよ」
「そっか、バレてたか。まあそういうわけでさ、理玖くんが私の悩みを言い当てても違うって言うつもりでいた」
「若菜は違うって言わなかったよ」
「そう。私は、1人で抱えきれなかったんだよ、小さな、軽い悩みをさ」
くっと、熱い感情が湧き出してくる。
が、俺は抑えた。
「話せて楽になったよ、ありがとう理玖くん。これで今日はぐっすり眠れて、明日から頑張れそうだよ」
「そっか、それなら良かったよ」
「うん、ごめんね、理玖くん。こんなどうしようもない話を聞かせて」
ぴくっ、とこめかみが動くのを感じた。
「わ、若菜、どうしようもない、ってどういうこと?」
「ん? そりゃ、どうしようもないでしょ。こんな個人の問題、自分以外がどうこうできるものでもないよ」
「それは、俺程度じゃ何も出来ないって言ってるってこと?」
「うーん、そう言ったつもりはないけど、うーん、まあそういう意味になってしまうのかな?」
俺程度じゃ何もできない。
ぷちん、とキレた音が脳内に響く。
苛烈な性格が顔を出し、怒りの炎が轟々と燃え盛る。
「若菜、ゲームをしよう」
首を傾げた若菜に俺は告げた。
「この課題が終わるまでに俺が若菜の悩みを解決できなければ、何だってするし、何でも言うことを聞く。そのかわり、勝ったら、俺程度じゃ何もできないって言葉を撤回してもらう」
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