第32話


 えらいことになった。


『あ、今のゲーム成立の話は、こっそり録音させてもらったから。まさか、取りやめにするなんて言わないよね? そしたら、違約として色々と償ってもらうかな?』


 なんてあの後、言質を取られていた。


 これでリアル脱出ゲームの試験で、同じ謎が出た場合でも、若菜とのゲームは有効。負ければ、俺は若菜相手にやらしいことをしなければならない。


 無理だ。負けは呑めない。


 ただギャルゲーをプレイしただけで無罪と確信している現状でさえ、ヒロインたちに引目を感じている。なのに、一線を越えたらどうなるだろう。きっと、責任を取ろうとするに違いなく、若菜と共にテロリストに立ち向かわなければならなくなるだろう。


 絶対に負けないようにしよう。


 そう胸中で強く決意し、教室まで歩く。すると、道中で、人だかりを見つけた。


 掲示板に集まってる?


 野次馬をかきわけて見ると、掲示板に貼り出された紙には、今度の課題の組み合わせがあった。


 俺の名前を探すと、ペアは案の定、若菜で、ふと気づく。


 このゲーム。若菜は元より、用意していたのだろう。


 若菜はゲームと異なる展開になることを予想していた。ならば、今日、俺とペアにならない可能性だって、当然予想していたはずなのだ。


 であれば、俺を惚れさせる機会を確実なものとするため、昨日の時点で、良い成績をとりたいことを仄かしていた俺に、ゲームを用意していても何らおかしなことではない。


 違う可能性もあるけれど、頭がいいキャラという性質を踏まえると、これが一番しっくりくる。


 嵌められたのか、この俺が?


 なんて思って掲示板から離れた時、背中からギュッと抱きつかれた。


「ちゅき」


 人目憚らず抱きついてきた姫乃。周囲の生徒は困惑して見ないフリしているとはいえ、今更ではあるが人目を気にして絡みついてくる姫乃引き剥がす。


「理玖。冷たいわ」


 ぷくーとふくれた姫乃に、ごめん、と謝る。


 今日は朝から重い、けどここで姫乃に会えたのは悪いことじゃない。


「姫乃、聞きたいことがあるんだけど」


「聞きたいこと? 何かしら?」


「若菜にさ、変わったことってないかな?」


「は?」


 姫乃が真顔になり、凍りつきそうな声を出した。


「理玖、どうしてあの女を気にするのかしら?」


 ひっ、という声を飲み込んで、実はカクカクシカジカと事情を話す。


「なるほど、好成績を残したい理玖は、ゴミみたいなゲームを飲んだわけね」


「うん、内容は知らないけど負けたら罰ゲームらしいから」


 と負けた時のことは隠しておく。姫乃に、若菜に対抗しようという気をおこさせないためだ。


「勝ったら、若菜は理玖と試験に集中せざるを得ないんでしょ? なら、私も協力する。この前は妨害されたもの、文句は言わせないわ」


「ありがとう、姫乃。助かる」


 礼を言うと、姫乃はぽっと頬を染めた。


「理玖、ちゅき♡」


 目がハートになったように見えたので、慌てて口を開く。


「それで、若菜に変なところはない?」


「あるわ」


「本当? どこ?」


「理玖に色目使ってるとこ。私の知ってる若菜じゃないわ」


「それ以外でお願いします」


「以外となると、そうね。腑抜けたかしら?」


 腑抜けた? 


「どういうこと?」


「この頃の若菜はたしか、自分が一番だって言っているかのようにギラギラしてた。なのに、授業中も実技も何も、飄々としている。もしくは、浮ついているわ」


 飄々としている、もしくは浮ついている。何か悩み事があって、身が入らないということだろうか。それとも、それ自体が悩み事なのだろうか。


「他に何かないかな?」


「そうね。この前、小テストがあったのよ」


「小テスト?」


「そう。貴族クラスの一般科目のテスト。そこでね、若菜は腹立たしいことに一番をとったわ。先生に褒められたのに、あの子、酷く冷めた目をしてたわ」


 冷めた目、か。どういった意図なのだろうか。まだ全然掴めてこない。


「まあ他にもあるけれど、取り敢えずはこの辺にした方が良さそうね」


 と姫乃は辺りに目を向けた。気づけば、掲示板に集まっていた野次馬が消えている。そろそろ授業開始の時間なのだろう。


「ありがとう、姫乃。助かったよ」


「ええ、どういたしまして。あとこっちから質問なのだけど、理玖」


「ん? 何?」


「お母様が恋する乙女みたいな顔で理玖のことを聞いてきたのだけれど、何かしらないかしら?」


「いや、それは本当に知らない」

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