第24話

 結局喧嘩は開店までに終わりそうもないので、家で第二ラウンドすることで決着した。


「面倒をかけたわね」


 喧嘩中の姫乃に代わって見送りに行くと、車に乗り込んだ姫乃の母が窓だけ開けてそう言ってきた。


「喧嘩するよう仕向けた俺に謝るなんて、大丈夫ですか?」


「貴方、本当、いい性格してるわね。殺してあげようかしら」


 手をわきわきさせると、びくついた。嘲笑ってやると、赤い顔で睨まれる。


「阿澄、今すぐエンジンを切りなさい」


「馬鹿なこと言うな。時間を縫ってここに来てるんだ。言わなきゃいけないことだけ言って、さっさと帰るぞ」


「ぐ、ぐぅ〜、はぁ」


 姫乃の母は、大きく息をつき、真面目な顔を向けてきた。


「礼を言っておくわ。あの子と本音で話し合う機会をくれてありがとう」


「いえ。こちらこそ、姫乃に本音で接してくれてありがとうございます」


「ふっ。あの子のために礼を言えるなんて、貴方、なかなか見所があるじゃない。今度うちにきなさい、私自らもてなしてあげるわ」


「いや、それはいいです。謝礼を姫乃に渡しといてください、できれば現生がいいです」


「やっぱり殺すわ!!」


「もう、行くぞ」


「阿澄、待ちなさ……」


 車は動き出し、すぐに見えなくなってしまった。


 見送りも無事終えたことだし、裏口から店内に入る。


 バックヤードに行くと、姫乃に声をかけられた。


「お母さん、ちゃんと帰れたかしら?」


「うん」


「そう……理玖、本当にありがとう」


 桜の花びらが舞って見えるほど、魅力的な笑顔。


 微笑んだ姫乃を見て、グッと心臓を掴まれた気がした。


「い、いや、俺は何もしてないよ。それに、まだ解決したわけではないでしょ?」


「うん。でも、お母様と本音で語り合うことができた。解決するのも、時間の問題だと思うわ」


 だからね、理玖。と甘い声色で姫乃は続けた。


「ありがとう!」


「……まあ、うん」


 あまりに照れ臭くなり、しどろもどろになってしまう。


「あはは」


 照れる俺を笑ったのかと思ったが、自嘲的な笑みに違うとわかった。


「また理玖に落とされちゃった。胸がドキドキしすぎて痛いわ」


 艶やかな黒髪の綺麗すぎる顔の美少女に、甘く蕩けた笑顔を向けられ、そんな言葉を聞かされて、胸が高鳴らないはずがない。心臓がバクバクと煩く響く。


「きっと私は、何度も理玖に恋をするんだろうな。何度も何度だって好きになる」


 喜びを顔中ににじませ、姫乃は言った。


「理玖! ちゅき!」


 時間が止まったように動けなくなる。だけど、なり響く心臓は止まらない。


 我に帰ると、顔にかーっと熱が上ってくる。


「理玖、これでもう憂いはなくなったし、課題中、いーーーっぱい、イチャイチャしましょうね!」


「あ」


 俺は姫乃の言葉に、あることを思い出し、目をそらした。


「うん? どうしたの、理玖?」


「え、え〜と、その、姫乃に言わないといけないことがありまして……」


「言えないこと? 何?」


「その、今日、姫乃のお母さんを連れてくるとき、車を貸してくれって、若菜の協力を仰いだんだよ」


「は?」


「で、受けてくれる条件が、課題中、姫乃と最低限のコミュニケーション以上とらないこと、でして……」


「理玖、それを受けたのかしら?」


「う、うん。多分、今日から若菜が監視の人をよこしてくるから、イチャイチャとかは出来ないかな〜、って」


 しばらく黙り込んだ姫乃は、くるりと俺に背を向けキッチンへ入っていった。


「マスター、包丁借りていくわ」


「え、姫乃ちゃん? 姫乃ちゃん!?」


 そんな声が聞こえてすぐ、ドアの開く音がした。


 そしてしばらくして、遠くでパトカーのサイレンの音がした。

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