第34話



 夕陽が差しこむだけの暗い教室には、俺以外に誰もいないので、寂寥感で満ちている。


 昼間に、結衣の話を聞いた後、若菜に連絡を取った。内容は、放課後、教室で待っているということ。わかった、と返事がきているので、今は若菜のクラスの授業が終わるのを待っているところだ。


「にしても、結衣の話も話で興味深かったな」


 昼休みの結衣との会話を思い出す。


『若菜とやったアルバイトの課題なんだけど、やる気が感じられなかったんだよね。前回と同じ展開なんだからさ、前と同じことやれば理玖に負けてしまうわけじゃん? だからさ、普通なら、何か違うことをやろうとすると思うんだけど、若菜はそんな気さらさらなかった。それどころか、普通にこなして終わるつもりでいた』


『終わるつもりでいた?』


『そう。ただ与えられた仕事をこなして終わり。ただのアルバイトと変わらないことして終わり。結局まあ私が前回と同じようにやろう、って言って、そうしたんだけど、若菜自身、何かしようとはしなかった』


『そこに結衣は違和感があったんだ』


『うん、そう。文武両道の優等生、如月若菜らしくないって。まあ理玖と付き合った世界線の若菜らしいのかどうかは知らないけど』


 と、そこで結衣の話は終わり。


 自分が1番だって言っているかのようにギラギラしてたのに、授業中も実技も何も、飄々としている、もしくは、浮ついている。一番をとったテストでひどく冷めていた目をしていた。


 そんな姫乃の話と似た点はある。


 どちらも、一番でいるというモチベーションを失ってしまっているということ。


 たしかに、よく考えれば、そうかもしれない。


 若菜はプレッシャーから、一番を維持しようとしていた。


 若菜の父から結ばれる条件として、一番を取り続けるように課されていた。


 だが、そのどちらも今はない。一番でいないといけないプレッシャーは俺に負けたことで解放され、一番でいないといけない父からの課題もない。


 若菜が一番でいる理由は全くなく、若菜と姫乃の話のようになることは至極当然だろう。


 それが悩みになるのかな?


「理玖くん、愛する若菜ちゃんが来たよ、ちゅちゅ」


 ハイテンションで投げキッスしながら教室に入ってきた若菜を見る限り、悩みなんてなさそうに見える。が、あると言うのだから、そこは疑っても意味がないことだろう。


「若菜、早速だけど、質問したい」


「寂しいこと言うね、理玖くん」


 若菜は、はあ、とため息をついて、俺の前の席に後ろ向きに座る。そして、制服をパンと押し上げる胸をむにゅと背もたれの上に預けて言った。


「どうぞ。できれば、エッチな質問の方がいいかな」


 首を下げて、上目遣いでそんなことを言ってきた。


 爽やかな青髪が揺れて、柑橘系の甘い香りが弾けたような気がする。それに、若菜の綺麗と可愛いの頂点と言って良い顔が、夕暮れ時の教室に似合いすぎて魅力的に映る。アオハルシチュエーションであれば、若菜より理想の女子高生はいないとまで思う。


 よく考えれば、魅力あふれるギャルゲーのヒロインと放課後の教室で2人きり。


 胸がドキドキしてくるが、テロリストと戦うのはごめんなので、質問に入る。


「じゃあ質問。まずは、悩みは外因的なもの?」


「素っ気なくされるのもいい。あ、答えはいいえだよ」


「ならさ、最近、浮ついているのは悩みに関係ある?」


「浮ついている? うーん、そう見えているのなら、多分関係あるかな?」


 関係ある、か。なら、姫乃や結衣の話が、若菜の悩みの核心的な部分なのだろう。


 とりあえず、たしかめてみるか。


「テストで一番をとったのに、嬉しくなかった?」


「はい」


「アルバイトの課題、やる気がなかったのは悩みに関係がある?」


「はい」


 姫乃と結衣の話はやはり、悩みに関係がある。


 それならば、さっきたてた推論を尋ねてみよう。


「一番のモチベーションがなくなったことは悩みに関係がある?」


 尋ねると、若菜は口を尖らせたあと答えた。


「はい。ねえ、理玖くん?」


「何?」


「私さ、ロープと手錠、それがついたベッドに、拘束プレイ専用の椅子、もう頼んじゃったんだけど?」


「そんな反応するってことは正解に近いんだ?」


「はい」


「じゃあ、1番のモチベーションがなくなったことが悩みですか?」


「それは、いいえ、かな?」


 曖昧な返答。ならば、1番のモチベーションがなくなって、何かがあった、もしくは、何かになった、それが悩みだろう。


 そこまで答えに近づくけれど、そこからが全く出てこない。


「1番のモチベーションがなくなって、頑張れなくなった。それが悩みですか?」


「いいえ、かな。惜しいけど」


「惜しい、か。頑張れなくなって、困っている。それが悩みですか?」


「それも、いいえ、かな。頑張れなくなったのはそうだけど、別に困りはしてないんだよね」


「じゃあ、もう一度、一番を目指すか悩んでいる?」


「うーん、悩んではいるけど、それが悩みじゃないかな」


「なる気がないのに、一番になれと言われている?」


「いいえ。別に、父からそうは言われてないよ。それに言われたって気にしない。どうせ、テロ組織壊滅させちゃえば、理玖くんとのお付き合いは認められるしね」


 そう言うと、若菜は立ち上がった。


「よし、理玖くん。この辺りにして、放課後デートに行こう」


「ええ、質問に答えてくれるって言ったよね?」


「勿論。ただ私が遊びに行くのを制限できる約束はしてないかな。どうする? 私についてこないと、質問できないよ?」


 そう言われてしまっては、ついて行かざるをえない。


 それに、問いかける内容も尽きてきたところだ。少し、体を動かすのもいいかもしれないし、行動にヒントがあるかもしれない。


「わかった。ついていくよ」


「よし、いこー!」


 若菜はたたっと走って教室を出る。その際、スカートがひらりとあがって、健康的な瑞々しい太ももが目に入ってドキリとする。


 気軽についていく、と言ったけど、するのは超絶美少女とのデート。落とされずに、ちゃんと悩みを突き止めることができるだろうか。


 俺は少しだけ不安になった。



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