第5話 新兵器開発

 山本中将の指摘によって、帝国海軍の艦艇が燃える塗料を使用していることが明らかになった。

 そのことで、てんやわんやの大騒ぎとなっている艦政本部とは違い、航空本部のほうは次代を担う航空機の要件定義がこちらは大きな波乱もなく粛々と進められていた。


 「従来より帝国海軍の戦闘機は旋回格闘性能こそを第一とし、次に速度性能それに上昇性能を求めてきた。しかし次期戦闘機は新戦術の航空管制を容易ならしむる優秀な通信機の装備と、それに搭乗員保護のための防弾装備の充実こそを最優先とすべきだ。

 次に、速度性能ならび武装を重視する。速度性能は欧米のそれに劣らぬものとし、武装は今後大型高速化が間違いない航空機に対応できるよう、現在の七・七ミリのそれを一三ミリさらには二〇ミリにする必要がある。

 そのことで機体重量は重くなるから航続距離の妥協と、それに加え翼面荷重の増大についてはこれを甘受すべきだろう」


 部下たちの発言を耳に入れつつ、航空本部長の山本中将は飛行機屋の幹部たちの意識もずいぶんと変わったものだと思う。

 そのきっかけをつくったのは誰あろう山本中将自身だった。

 平沼龍角からもらった「猛想戦記」、それが非常に興味深いものだったことから山本中将はそれを大量に複写して航空本部の士官たちに配った。

 そうしたところ、その内容に感化される者が相次いだ。

 そのあまりの信奉ぶりに、それこそ催眠術かあるいは呪術にでもかかったのではないかと思えるほどだった。


 その「猛想戦記」の文中にはかなりの頻度で航空管制という概念が登場する。

 かいつまんで言えば、電探で捉えた敵機に対して、そこに友軍戦闘機を無線で誘導して相手にぶつけるというものだ。

 そして、それを実施するには電探が必要不可欠だが、あいにくと現在の日本にそのようなものは存在しない。

 もちろん帝国海軍も研究は進めているが、しかしそれが形になって実戦配備されるようになるまでには今しばらくの時間が必要だった。

 しかし、目の前の部下たちはすでにそれが存在するものとして議論を進めている。

 少しばかり考える頭があれば、航空管制無しに将来の航空戦が戦えないことは明らかだったからだ。


 飛行機屋に多大なる影響を与えている「猛想戦記」だが、その舞台は第二次世界大戦で、なかでもN国とA国との戦いを中心に話は展開していく。

 誰が読んでもN国とは日本で、A国はアメリカだということがすぐに分かる設定だった。

 小説はA国の宣戦布告で始まる。

 軍縮条約が失効し、軍備の大増強に勤しむA国が大陸への野望をむき出しにして、アジアのN国に対してその矛先を向けてきたのだ。


 A国は開戦と同時に六隻の空母をもってN国の委任統治領であるM諸島に艦上機による航空奇襲攻撃を敢行した。

 一方のN国は電探による警戒態勢によって奇襲を免れ、現地の航空隊は電探と無線通信による手厚い情報支援を受け、数的不利な状況にもかかわらずA国の母艦航空隊に痛撃を与えた。


 この戦いで対照的だったのが、A国とN国の戦闘機の性格だった。

 N国のほうは航空管制を実施すべく優秀な無線機を装備し、格闘性能よりも速度性能にその性格を振った機体で、防弾装備もまた充実している。

 逆にA国のほうは格闘性能と航続性能に重きを置いた機体で、巴戦あるいはドッグファイトに関してはN国のそれよりも一枚も二枚も上手をいくものだった。

 しかしその半面、防弾装備は貧弱で無線は使い物にならず、そのうえ機銃は弾道特性の違う大小二本立てといった意味不明のスペックを有していた。


 「猛想戦記」の作中において、A国の戦闘機はその防弾装備の不備からごく短期間に熟練搭乗員をすり減らし、N国に対して常に数的有利で戦っていたのにもかかわらず無残な敗北を積み重ねた。

 また、無線の不備は当然のようにコミュニケーション不全を惹起させ、集団戦闘においてその戦力発揮を著しく阻害した。

 さらに、長大過ぎる航続性能は搭乗員の疲労を招き、それが一因となって戦死した者も少なくない。

 そして、戦闘機の敗北は航空戦の敗北を意味し、航空戦の敗北は戦争の敗北を意味した。

 この結果、A国は遥かに国力に劣るN国と屈辱の講和を結ぶことになる。


 (「猛想戦記」から導かれるのは、格闘性能しか能が無く、防弾装備が皆無といった頭のおかしな戦闘機をつくれば、それはすなわち国が亡ぶということだ。いずれにせよ搭乗員の技量や勇気に頼るだけの機体を造ることだけは絶対にこれを避けねばならん)


 そう考える山本中将だったが、しかしそれは戦闘機に限った話ではなく艦上爆撃機や艦上攻撃機についても同様だった。

 世界の列強では現在、急降下爆撃が注目を浴びている。

 従来の水平爆撃に比べて格段に高い命中率が望めるからだ。

 しかし、急降下爆撃はその名前からくる印象とは裏腹に、ダイブブレーキを利かせながら低速で目標に肉薄する。

 つまりは、高い命中率と引き換えに極めて大きな損害が予想される危険な戦技でもあった。

 それゆえに、帝国海軍では早々に急降下爆撃に見切りをつけ、九六艦爆を最後に艦上急降下爆撃機の開発を打ち止めとすることが決定している。


 その代わりとして帝国海軍では無線誘導を用いた噴進爆弾を開発中だった。

 「猛想戦記」では無線誘導爆弾のほかにも赤外線シーカーを用いた赤外線誘導爆弾やあるいは音響追尾魚雷といったものが登場した。

 さらに、噴進爆弾そのものが目標に電波を照射することで自身を誘導する撃ちっ放しが可能な兵器もあったが、しかし現時点の技術水準を考えればさすがにこちらのほうは高望みが過ぎるものだった。


 多種多様な誘導兵器が登場した「猛想戦記」だが、その中で一番早くものになりそうなのが無線誘導爆弾だった。

 帝国海軍ではすでに無線操縦による標的機や標的艦を運用しており、この分野の技術に関して言えば欧米に大きく遅れているわけでもなかった。

 もちろん、無線誘導爆弾を実現するには送受信機以外にも推進機構をはじめとして解決すべき問題は多い。

 しかし、それらは決して不可能な技術でもなかった。


 (平沼が言っていた開戦日は昭和一六年一二月八日だったな)


 山本中将は胸中でそのタイムリミットを再確認する。

 それまでに電探や無線誘導爆弾、それに前投式対潜兵器といった新兵器の開発とその配備を成し遂げなければならない。

 それら新兵器が無ければ、米国との戦いにおいて勝利を勝ち取ることなど絶対に不可能なことは明らかだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る