第48話 昭和一七年
ドイツは英国から収奪した富の一部を気前よく日本政府に分け与えてくれた。
それだけ、ドイツは遣欧艦隊の働きを高く評価していたのだろう。
このことは、戦費の調達それに外貨不足に頭を悩ませていた日本政府や大蔵省にとって干天の慈雨にも等しい、ありがたいことこの上ないものだった。
そして、英国打倒に最も大きな働きをみせた帝国海軍もまた大きな恩恵を得ている。
英国と枢軸国との間で休戦協定が結ばれた際、英海軍には四隻の艦隊型空母と同じく四隻の戦艦があった。
このうち、空母に関してはドイツが「イラストリアス」と「フューリアス」、イタリアが「ビクトリアス」と「イーグル」を接収することとなった。
ドイツもイタリアも遣欧艦隊機動部隊の活躍に触発され、空母を強く欲したからだ。
さらに、現在建造中の二隻の改「イラストリアス」級空母についてもドイツとイタリアが一隻ずつ獲得する。
戦艦のほうは「クイーン・エリザベス」が米本土で修理中だったために接収出来なかったが、残る新型戦艦の「アンソン」と「ハウ」、それに旧式戦艦の「ヴァリアント」については入手が可能だった。
このうち、「アンソン」と「ハウ」については日本がもらい受けることになった。
空母を得られなかった代償といったところだ。
「ヴァリアント」についてもドイツとイタリアは日本に譲渡すると言ってきたが、しかし日本はこれを固辞した。
脚の遅い戦艦を今さらもらったところで迷惑以外の何物でもないからだ。
結局、いらん子とされた「ヴァリアント」はイタリアがもらい受け、同海軍はこれを標的艦とすることにしている。
さらに、護衛駆逐艦それにスループといった護衛艦艇についても日本とドイツそれにイタリアで山分けとし、帝国海軍ではそれらすべてを海上護衛総隊に組み込むことにしている。
また、駆逐艦と潜水艦も同様に三国で分け合うこととしていた。
それと、日本がなにより欲した工作艦や給油艦といった特務艦艇については、ヒトラー総統の厚意もありほぼ要求通りの入手がかなった。
巡洋艦について、日本は八隻をもらい受けていた。
それぞれ四隻の「ロンドン」級重巡それに「サウサンプトン」級軽巡だ。
これら艦はそのいずれもが航洋性それに居住性が良好なことから、過酷な気象条件の北方方面の戦力として活用することにしている。
帝国海軍入手艦
戦艦
「大和」(旧アンソン)
「武蔵」(旧ハウ)
重巡
「白神」(旧ロンドン)
「白砂」(旧デヴォンシャー)
「白根」(旧シュロップシャー)
「白馬」(旧サセックス)
軽巡
「高瀬」(旧バーミンガム)
「鳴瀬」(旧グラスゴー)
「綾瀬」(旧ニューカッスル)
「嘉瀬」(旧シェフィールド)
※他に駆逐艦や潜水艦それに護衛艦艇や特務艦多数。
これら艦艇の増勢を受け、帝国海軍では戦力の大幅な見直しが計画されていた。
まず「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」の四隻の低速戦艦を空母へと改造する。
現在、連合艦隊は一七隻の空母を擁しているが、さらに来年後半にはマル四計画で建造が開始された四隻の「翔鶴」型空母がこれに加わることになる。
国力に限界がある日本において、戦術的価値が低い戦艦を一二隻も抱えておくような贅沢は許されない。
四隻の旧式戦艦を空母にするにあたっては、二段格納庫を持つ本格的な改造とするのであればその工事期間は一年半に及ぶと見積もられていた。
しかし、戦争真っ盛りのこの時期にそのような悠長なことは出来ない。
戦艦のような大型艦を扱える造修施設は限られている。
このため、格納庫は一段となり、そのことで搭載機数は飛行甲板露天繋止分を含めても四〇機をわずかに上回る程度になる見込みだった。
しかし、建造期間の短縮を優先する以上は、そこは割り切るしかなかった。
艦艇以外にも帝国海軍は多大なる恩賞をドイツから得ていた。
ケーブルやプラグといった電装系部品やそれに通信機、さらには高品質の潤滑油に加えて少なくない工作機械もまた提供されている。
特に電装系は日本の飛行機の泣き所の一つであり、これら部品の導入によって整備性や稼働率が向上するはずだった。
また、電探や誘導兵器をはじめとした技術援助についても同様に便宜を図ってもらっている。
ドイツから恩恵を得る一方で、しかし日本は厄介な問題もまた持ち掛けられていた。
ドイツは来年の春、雪解けを待ってソ連に対して大攻勢をかけるつもりでいた。
そして、そのタイミングで日本に対して日ソ中立条約を破棄したうえで、ドイツと歩調を合わせてソ連を叩いてほしいというのだ。
ドイツが日本に期待しているのは米国のソ連に対するレンドリース物資の遮断だということは言われなくてもすぐに分かった。
そのレンドリースだが、ソ連への物資輸送は大きく分けて三つあった。
ペルシア回廊と北極海の援ソ船団、それに北太平洋ルートだ。
それらのうち、日本がインド洋の制海権を握った段階でペルシア回廊が途絶された。
さらに、英国の脱落によって北極海の援ソ船団も消滅した。
そして残るのは北太平洋ルートだが、ソ連がこれを失えば同国は戦争遂行能力に決定的とも言えるダメージを被ることになる。
現在、日本は日ソ中立条約の縛りによって、ソ連と米西海岸を行き交うソ連輸送船についてはこれに手を出すことが出来ない。
しかし、同条約を破棄し、ソ連に宣戦布告をすれば同国輸送船への攻撃が可能となる。
このことについて、日本政府と帝国海軍は慎重姿勢を見せ、一方の帝国陸軍のほうは非常に乗り気でいる。
戦争が始まって以降、脚光を浴びるのは常に帝国海軍のほうだったからだ。
真珠湾攻撃で太平洋艦隊を焼き尽くし、ブリスベンへの一撃で豪州を退けただけにとどまらず、米機動部隊をそれこそ鎧袖一触とした。
さらに、インド洋で東洋艦隊を撃滅し、欧州遠征では英国を戦争から退場させる原動力となった。
開戦から一年と経たずに赫々たる戦果をそれこそ星の数ほどに挙げ続けている帝国海軍に比べ、何年経っても中国を屈服させられない帝国陸軍はいったい何をやっているんだという空気が国内中に充満している。
実際、街中では帝国海軍軍人が肩をそびやかして闊歩しているのに対し、帝国陸軍軍人のほうはどこか肩身が狭そうにしていた。
帝国陸軍としては、このような状況はすぐにでも打開したい。
そして、対ソ戦はそのいいきっかけとなり得た。
戦争に勝っていながらも、しかし日本は今後の方針に対して足並みが乱れつつあった。
そのような中で激動の昭和一七年は終わりを告げる。
今後世界がどうなっていくのか、それを正確に予想できる人間は、少なくとも日本においては誰一人としていなかった。
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