ミッドウェー海戦

第49話 ソ連

 「日ソ中立条約を破棄し、我が国とともにソ連を叩いてもらいたい」


 英国を打倒し、欧州に覇を掲げたドイツからの要請。

 これに対し、日本の国家指導層にあった者たちの意見は二つに割れていた。


 帝国陸軍それに親独派の政治家や官僚たちは、国家危急の際には同盟国の存在こそが何よりも頼れるものであり、またその友誼を重視すべきであると主張した。

 それに、そもそもとしてソ連は仮想敵だし、現実問題として同国は北方における最大脅威なのだから、そんな連中との条約など反故にしても問題は無いという立場だった。

 一方、ドイツの要請に反対したのは帝国海軍それに一部の外務官僚だった。

 条約履行は文明国としての当然の責務だと訴える外務官僚のほうはともかく、帝国海軍が反対したのは自己中心的な縄張り意識に伴うものが大きい。


 もし仮にドイツからの要請を受諾すれば、日本は自身が持つ戦争資源の多くを対ソ戦に投入することになる。

 逆に、対米戦にこそ日本の国力のすべてを傾注してもらいたい帝国海軍としては、そのことは非常にまずい。

 対米戦たけなわの現在でさえ、軍事予算は米国相手の太平洋よりも中国相手の大陸に費やされるほうが明らかに大きいのだ。


 「ソ連が戦争から降りれば、間違いなく米国は孤立を深める。そして、それこそが同国が戦争から手を引く大きな動機付けとなるだろう。合衆国の国民とて欧州の連中が始めたはずの戦争の後始末を、なぜ自分たちがしなければならないのかと考えているはずだ。それとも海軍はこれに代わる、つまりは米国との戦争を終結させるための腹案を持ち合わせているのか」


 帝国陸軍からの詰問に、しかし帝国海軍は代案を提示することが出来なかった。

 武力で米国を屈服させることなど、日本の国力では到底不可能なことは誰の目にも明らかだったからだ。

 そして、このことが決定打となり昭和一八年春、雪解けとともに開始されたドイツの春季攻勢に合わせて日本はソ連に対して日ソ中立条約の破棄を宣言、併せて宣戦を布告した。


 ドイツは自国製の戦闘機や爆撃機だけでなく、英国から接収あるいは講和後に生産させた戦闘機や爆撃機も多用した。

 特に四発重爆のランカスターやハリファックスの存在は決定的で、これらはソ連軍の頭上から爆弾の雨を降らせた。


 一方、帝国陸軍もまた英国製兵器を活用してソ連領に進撃している。

 英国がドイツに屈服した際に大量の戦車や装甲車それにトラックが接収されたが、帝国陸軍はそれを大量にもらい受けていたのだ。

 そして、それらを駆使し、まずは援蒋ルートを絶たれて気息奄々の中国軍を蹴散らした。

 さらに、大量の戦力を欧州方面に引き抜かれて弱体化が著しい極東ソ連軍を、それこそ破竹の勢いで撃破していった。


 同じころ、帝国海軍は北太平洋で米ソ交通線の封鎖戦を展開していた。

 同作戦には主に英国から接収した戦艦や巡洋艦それに駆逐艦を投入している。

 英国の水上打撃艦艇は帝国海軍のそれに比べて航洋性や居住性に優れていたから、波高い北太平洋で作戦行動を実施するにはうってつけだった。

 これら艦艇は米西海岸からソ連に向けて物資を満載した同国の輸送船を撃沈あるいは拿捕し、ソ連に残された米国からの最後の物資搬入路を途絶へと追い込んでいった。


 そして、このことはソ連にとって決定的ともいえるダメージとなった。

 ドイツとソ連が戦う広大な戦場において、機関車や鉄道貨車それにトラックは絶必の輸送ツールだが、しかしこれらが届かなくなってしまったのだ。

 機動力を失ったソ連軍に出来ることと言えば、残るは拠点防御くらいのものだった。

 しかし、そのことで大量の遊兵が発生する。

 ドイツ軍が攻め込んでこない地域のソ連兵は、つまりは無為に燃料や食料を消費する存在に堕してしまったということだ。

 逆に機動力を保持しているドイツ軍は好きな時に好きな場所で戦うことが出来た。

 ドイツは虱潰しにするようにして、機動力を失い孤立したソ連軍の部隊を一つまた一つと包囲殲滅していった。

 我の全力で敵の分力を叩くという教科書通りの戦いだった。


 一方、米国のほうはほとんど打つ手が無かった。

 北太平洋が戦場である以上、頼るべきはもちろん海軍だ。

 しかし、同軍は複数の「エセックス」級あるいは「インデペンデンス」級といった新型空母が就役していたものの、しかしいずれの艦も慣熟訓練が終わっておらず戦場に投入することが出来ない。

 戦艦のほうは十分な訓練を終えた「サウスダコタ」級、それに実戦経験を持つ「ノースカロライナ」級が合わせて六隻とそれなりの数があった。

 だが、味方の空母が使い物にならない状況の中で戦場に投入することはためらわれた。

 合衆国海軍上層部は自国の戦艦がマレー沖で沈められた「プリンス・オブ・ウェールズ」や「レパルス」の二の舞になることを恐れたのだ。


 ドイツ軍と日本軍に挟撃され、そのうえ米国に見捨てられてはいかに陸軍大国のソ連といえども勝利は覚束ない。

 広大な土地によって完全占領こそ免れているものの、しかし重要拠点のことごとくを失ってしまったことで国家的継戦能力の喪失は避けられなかった。

 そして、そのことはソ連内部における権力闘争を惹起させる。

 独裁者が弱れば、それに反旗を翻す者が現れるのは歴史のお約束だ。

 スターリン書記長の影響力の低下によって親スターリン派と反スターリン派が血みどろの抗争を開始する。

 それは枢軸側にとって何よりもありがたい援護射撃となった。


 そして、昭和一八年秋、ソ連の内部分裂に付け込み一気に勝勢を決定的なものとしたドイツ軍と日本軍はシベリアの中心的都市ノヴォシビルスクで手を握り合う。

 フランスや豪州、それに英国に続いてソ連もまた戦争からの退場を余儀なくされたのだ。

 そして、この瞬間にアメリカの孤立は決定的なものになる。


 この機を逃すべきではなかった。

 連合艦隊司令長官の山本大将は大勝負に打って出ることを決意する。

 MI作戦の発動。

 その作戦目的は新生太平洋艦隊の誘引撃滅。

 餌となるのはミッドウェー。

 そして、ここで連合艦隊が太平洋艦隊を葬れば、ソ連の脱落との合わせ技で米国の継戦意志を刈り取ることが出来るかもしれない。


 そう考える山本長官に、副官が来訪者の存在を告げる。

 連合艦隊司令長官の自分にアポ無しで訪れる者など限られている。


 (たぶんあの男だろう・・・・・・)


 そう考える山本長官だったが、その予感は完全に正しかった。

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