第82話 奮龍三型
オアフ島以外の島からの攻撃に対する備えはドイツ機動部隊ならびにイタリア機動部隊にこれを任せ、第一機動艦隊は米機動部隊を撃滅すべく第二次攻撃隊を編成した。
その一機艦は戦闘開始時点で六個機動部隊に合わせて一五〇〇機の烈風を擁していた。
しかし、一連の米機動部隊との攻防で三七機を失い、さらに一八四機が即時使用不能と判定されるダメージを被っていた。
すぐに使える機体については、各空母ともに一個中隊を直掩に残し、他はすべて米機動部隊に差し向けた。
三一隻の空母から出撃した九〇七機の烈風のうち、第一艦隊のすべてと第五艦隊の半数が甲一、第二艦隊のすべてと第五艦隊の残り半数が甲二、第三艦隊のすべてと第六艦隊の半数が甲三、第四艦隊のすべてと第六艦隊の残り半数が甲四を目標としている。
「第五艦隊は輪形陣の外郭を固める巡洋艦ならびに駆逐艦を攻撃せよ。各中隊長は目標が重複しないよう、これに留意せよ。第一艦隊は第五艦隊の攻撃が終了した後に攻撃を開始せよ」
第一艦隊攻撃隊ならびに第五艦隊攻撃隊の統括指揮を任された友永少佐は一呼吸置き、さらに命令を重ねる。
「前方左の空母は『翔鶴』隊、前方右の空母は『瑞鶴』隊がこれを狙え。後方左の空母は『蒼龍』隊、後方右の空母は『飛龍』隊がこれを叩け。『瑞鳳』隊は別命あるまで待機だ」
友永少佐の命令一下、第五艦隊の烈風が攻撃態勢に移行する。
あらかじめ同艦隊の中で取り決めがなされていたのだろう。
真っ先に一一機からなる「伊勢」隊と一〇機からなる「日向」隊が輪形陣の中でも特に目立つ二隻の巡洋艦に突撃をかける。
これに対し、甲一と呼称される米機動部隊が標準的な高角砲や両用砲であるMk12五インチ砲で反撃の火蓋を切る。
VT信管を装備する一二・七センチ砲弾が烈風の周辺で次々に炸裂する。
その危害半径に捉えられた「伊勢」七番機と「日向」五番機が機体を切り裂かれオアフ島沖の海面へ墜ちていく。
しかし、残る機体は四〇ミリ機関砲あるいは二〇ミリ機銃の有効射程圏内に入る前に腹の下に抱えてきたロケット弾を発射、同時に回避機動に遷移した。
烈風が放ったロケット弾は、開戦から北大西洋海戦までの間に多数の連合国艦艇を屠ってきた「奮龍一型」よりもさらにワンランク上のボリュームを有していた。
「猛想戦記」で着想を得た帝国海軍が長年の間その開発に心血を注いできた「奮龍三型」だった。
その「奮龍三型」は烈風でも運用が可能なように、重量を一五〇〇キロに抑えていた。
それでも、炸薬は五〇〇キロに及び、駆逐艦であれば一発で戦力を喪失、二発当たればまず浮いていられないほどの威力を秘めている。
その「奮龍三型」は「奮龍一型」と同じ誘導噴進弾だが、しかし誘導方式に決定的な違いがあった。
「奮龍一型」が母機からの無線誘導を必要とするのに対し、「奮龍三型」のほうは機首にレーダーを備えており、その反射波をたどって目標に命中するという、いわゆる撃ちっ放しが可能な自動追尾システムを備えているのだ。
このため、単座戦闘機の烈風でも高い命中率が期待できた。
米国でも同様のシステムを採用したBATと呼ばれる誘導爆弾が開発最終段階を迎えているが、しかしこちらは推進機構を持たない滑空あるいは自由落下するだけのもので、「奮龍三型」に比べて重量も軽く炸薬も少ない。
誘導爆弾に比べて明らかに技術的ハードルが高い誘導噴進弾をBATに先んじて実戦配備することが出来たのは先述の通り開発着手時期が早かったことと、それにドイツから優れたロケット技術や姿勢制御技術、それに最先端をいく英国の電子技術が昭和一七年の段階で日本にもたらされていたことが大きい。
「伊勢」隊が放った一〇発が「オマハ」級軽巡の「メンフィス」に殺到する。
「アトランタ」級や「クリーブランド」級といった新型軽巡のそのことごとくがこれまでの戦いで失われたことで、「メンフィス」は旧式艦なのにもかかわらず、空母直衛艦として機動部隊に配備されていた。
同艦は主砲や魚雷発射管を撤去した跡地に高角砲や機銃を増備する防空軽巡へと変貌を遂げており、そのおかげで烈風を一機撃墜したが、しかしそれが「メンフィス」の限界でもあった。
一〇発の「奮龍三型」のうち、電波送受信装置あるいは姿勢制御装置や推進機構のトラブルで三発が脱落する。
しかし、残る七発は直撃するかあるいは至近弾となって「メンフィス」を散々に痛めつける。
五〇〇キロの炸薬を内包する一・五トンの鉄の塊を同時に何本も突き込まれては、基準排水量が七〇〇〇トンをわずかに超える程度の旧式巡洋艦などひとたまりもない。
「メンフィス」はそれこそあっという間に洋上の松明に成り下がり、爆煙の中にその身を沈める。
「日向」隊に狙われた「コンコード」もその最期は「メンフィス」と似たようなものだった。
開戦時、「コンコード」はサンディエゴでオーバーホール中だったために、運よく真珠湾の惨劇から逃れることが出来た。
しかし、彼女もまた結局は死の運命からは逃れることは出来ず、六発の「奮龍三型」の直撃あるいは至近弾を食らって「メンフィス」の後を追った。
「伊勢」隊それに「日向」隊の攻撃が終了した後で、今度は「赤城」隊と「隼鷹」隊それに「龍鳳」隊と「瑞穂」隊の合わせて四七機が米駆逐艦に向けて「奮龍三型」を発射する。
狙われた一二隻のうち、一一隻が最低でも一発を被弾、中には魚雷かあるいは爆雷に火が入ったのか、大爆発を起こして轟沈するものもあった。
輪形陣の崩壊を見て取った「翔鶴」隊と「瑞鶴」隊それに「蒼龍」隊と「飛龍」隊が突撃を開始、それぞれの目標に対して次々に「奮龍三型」を放っていく。
四二機という、もっとも数の多い「翔鶴」隊に狙われた「フランクリン」は悲惨ともいえる最期を遂げる。
「フランクリン」は「奮龍三型」を発射する前に一機、さらに発射後に離脱を図る一機の烈風を高角砲によって撃墜したが、それが精いっぱいだった。
機械トラブルで一一発が脱落するが、しかし残る三〇発は命中あるいは至近弾となって「フランクリン」を刺し貫いていく。
いかに堅牢な設計でダメージコントロールに優れている「エセックス」級空母といえども、短時間に多数の「奮龍三型」を浴びてしまっては助かる道は無い。
艦首から艦尾までありとあらゆる個所に爆発が続き、「フランクリン」は一瞬のうちに燃え上がる。
四一機の「瑞鶴」隊や三四機の「蒼龍」隊それに三五機の「飛龍」隊に狙われた「タイコンデロガ」や「キアサージ」それに「ヴァリー・フォージ」もまた似たような状況だった。
どの艦も沖天高く立ち昇る炎と煙に席巻され、助からないことは一目瞭然だった。
「『瑞鳳』隊は無傷の駆逐艦を攻撃せよ」
それまでお預けを食らっていた「瑞鳳」隊が翼を翻して最後尾の「フレッチャー」級駆逐艦に迫る。
「『瑞鳳』隊の数から言って、撃沈はまず間違いのないところだろう。だが、一方で『奮龍三型』を被弾した駆逐艦のうちの何隻かはいまだ沈む気配を見せていない」
確実を期すために七割近い戦力を空母撃沈のために割いたが、しかしどうやらこれはオーバーキルだったようだ。
実際、四隻の米空母に対しては、仮に投入した戦力が半分であったとしても、しかし余裕で撃沈にまでもっていけたはずだ。
逆に過少戦力となってしまった米駆逐艦に対しては撃沈までもっていくことができず、深手を負わせるのにとどまった艦が少なからず出てしまった。
しかし、友永少佐はこれら損傷駆逐艦の命があとわずかでしかないことを悟っている。
帝国海軍は北大西洋海戦など一部の例外を除いて、最後の一隻が沈むまで攻撃の手を緩めずにきたのだ。
今回もまた、いつも通りの展開になるはずだった。
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