第41話 水泡の構想

 四〇機近い一式艦偵を投入するという、過剰とも言える索敵網は完璧に機能した。

 敵艦隊の位置や針路だけでなく、その戦力構成の把握もまた十全に成し遂げられたからだ。


 「空母二隻に戦艦三隻の艦隊が二個。それに一隻の空母を基幹とする機動部隊が三群。さらに二隻の戦艦を主力とする水上打撃部隊が一群。そして、それら艦隊はそのすべてがこちら向かっている、か」


 通信参謀がまとめた紙片を見やりつつ、南雲長官がつぶやくように声を発する。


 「二隻の空母それに三隻の戦艦を中心とした二個艦隊のうち、ひとつは『ネルソン』級戦艦の姿があったことから、英艦隊だと判断できます。また、残る一つについても戦艦が三隻含まれており、こちらもまた英艦隊と見て間違いないでしょう」


 興奮混じりの声音で源田航空甲参謀が自身の考えとその根拠を挙げる。

 航空甲参謀の推測は、南雲長官もまた意を同じくするところだ。

 四〇センチ三連装砲塔を前部に集中する「ネルソン」級は、その独特の艦型からかなり離れた場所からでもその識別は容易だ。

 百戦錬磨の熟練搭乗員であれば、これを見間違うことはないだろう。

 それと、残る三個機動部隊と一個水上打撃部隊だが、こちらは米艦隊とみて間違いないはずだった。

 なにより、Uボートやドイツ空軍を相手に海上護衛戦で日夜激闘を繰り広げている英海軍に、空母一隻あるいは戦艦二隻ごとに多数の巡洋艦や駆逐艦を張り付ける余裕があるとはとても思えない。

 そうなれば、消去法として残る二隻の空母と三隻の戦艦を主力とする一群は英艦隊ということになる。


 「空母二隻それに戦艦三隻を中心とする艦隊は東から順に甲一と甲二、さらに空母一隻の部隊は同様に乙一と乙二それに乙三、そして二隻の戦艦を基幹とする艦隊は丙一と呼称する」


 発見された敵艦隊に符丁あるいは呼び名をつけるとともに、南雲長官は命令を発する。


 「直ちに第一次攻撃隊を発進させろ。それが終われば第二次攻撃隊もすぐに出せ。第二次攻撃隊については第三艦隊のうち『赤城』と『加賀』は丙一、『隼鷹』ならびに『飛鷹』は乙一を目標とせよ。

 第四艦隊は『翔鶴』と『瑞鶴』は甲一を、『飛龍』は乙二を攻撃せよ。第五艦隊は『神鶴』ならびに『天鶴』は甲二を、『蒼龍』は乙三を叩け」


 一式艦偵から送られてきた情報に従い、南雲長官が目標を割り振る。

 ややあって、「赤城」が風上に向けて回頭する。

 死角になってその姿を見ることは出来ないが、僚艦の「加賀」や「龍鳳」それに「隼鷹」や「飛鷹」もまた同様にその舳先を風上へと向けているはずだ。


 ほどなく「赤城」艦橋に爆音が飛び込んでくる。

 零戦が発艦を開始したのだ。

 第一次攻撃隊は第三艦隊から八四機、第四艦隊それに第五艦隊からそれぞれ一〇八機の合わせて三〇〇機。

 そのすべてが零戦だ。

 さらに、四機の一式艦偵が空戦指揮や前路警戒それに航法支援のために第一次攻撃隊に先行あるいは随伴する。


 零戦が発艦を終えると同時に第二次攻撃に参加する零戦や一式艦攻がエレベーターで格納庫から飛行甲板へと上げられてくる。

 第二次攻撃隊は各艦隊ともに零戦が二四機に一式艦攻が七二機の合わせて二八八機。

 また、第二次攻撃隊に先んじて六機の一式艦偵が接触維持ならびに攻撃隊の誘導のために飛び立つことになっている。


 「この戦い、後世の歴史家からどのような評価を受けるのだろうな」


 まるで、愚痴をこぼすかのような口調の南雲長官に、草鹿参謀長もその表情に苦いものを浮かべる。


 「そうですな。まず集団戦を戦うには最大脅威から排除するのがセオリーですが、しかし此度の戦で連合艦隊司令部が指示してきたのはその真逆をいくものでした」


 連合艦隊司令長官の山本大将は近藤中将それに南雲中将に、英米艦隊に対していきなりの真っ向勝負を避けるよう指示していた。


 「山本長官は、どうやら遣欧艦隊についてはいささかばかり戦力が不足しているという認識のようだった。私はそうは思わんのだが、しかし長官はそうは考えてはおられないのだろう」


 南雲長官や草鹿参謀長からすれば、遣欧艦隊は一〇隻の戦艦に一七隻の空母、それに八七六機の艦上機を擁する大艦隊なのだから、下手な小細工などせずに堂々と押し出していけば事足りると考えていたのだが、しかし山本長官は見解が異なるらしい。

 確かに、米艦艇の対空砲火は凄まじいものがあるし、英艦艇もまた米艦艇には及ばないものの、やはり油断できる相手ではない。

 従来の急降下爆撃や雷撃であればかなりの被害が出ることは間違いの無いところだろう。


 しかし、こちらには奮龍がある。

 敵の対空火器の射程圏に飛び込まなければならないが、それでも機関砲や機銃の命中率が上がり始める前に攻撃を仕掛けることが出来るから、急降下爆撃や雷撃に比べて格段に損耗率を低く抑えることが出来る。

 それに、零戦だって六〇〇機近くあるから、制空権争いに敗れる心配も無い。


 「言葉は悪いですが、山本長官が教示された戦法は少しばかりまわりくどい気がしないでもありません。しかし、こちらの被害を最小限に抑え、可能な限り継戦能力を維持しようと思えば、このやり方はある意味において理にかなっていることも事実です」


 そう言いながらも、草鹿参謀長もまた山本長官の命令には完全には納得していない様子だ。

 南雲長官も草鹿参謀長も、当初は第一次攻撃で敵戦闘機を撃滅し、第二次攻撃で英米の空母をまずは戦闘不能に追い込むつもりでいた。

 その後に、使用可能な一式艦攻をすべて投入して可能な限りの英米の戦艦を撃破する。

 しかる後に水上打撃部隊である第一艦隊と第二艦隊が英米艦隊に殴り込みをかけ、彼らを一気に殲滅する。

 第三艦隊司令部としては、このようなグランドデザインを描いていたのだが、しかし山本長官の一存でこの構想が実現されることは永久に無くなった。


 「まあ、ものは考えようで、撃破する敵艦の順番が入れ替わったと思えばいいのかもしれん」


 苦い笑みを向けてくる南雲長官に、草鹿参謀長もまた苦笑で返すしかなかった。

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