第40話 存亡をかけて
日本の艦隊が欧州に向かっているという情報は、英海軍上層部にとっては悪夢以外の何物でもなかった。
十数隻の空母を擁するとみられる日本の艦隊だが、もし万一これを北大西洋で自由にすれば、本国艦隊の戦力では撃滅は困難というかむしろ不可能に近い。
さらに空母を分散されて同時多発テロのようなまねをされたら目も当てられない。
機動部隊による海上交通線破壊、その威力は潜水艦の比ではないからだ。
一週間は大げさかもしれないが、しかし一カ月もあれば日本の空母部隊ならば大西洋にある英商船のあらかたを食い尽くしてしまうだろう。
だからこそ、連中が地中海から這い出てきた時点でどんな手段を講じてでも潰す必要があった。
それでも、ない袖は振れない。
英海軍には艦隊戦で使える空母が四隻しかなく、しかもそれらは米日の正規空母に比べて搭載機数が少ない。
すべてを戦闘機で固めたとしても、せいぜい百数十機程度でしかなかった。
戦力不足に苦悩する英海軍だったが、しかしそこに救世主とも言うべき存在が現れる。
米海軍が三隻の空母を基幹とする機動部隊を送り込んでくれたのだ。
英空母に比べて搭載機数が多い三隻の米空母の参陣は、英海軍から見ればそれこそ干天の慈雨に等しいものだった。
高速部隊
「イラストリアス」(マートレット四八、ソードフィッシュ四)
「ビクトリアス」(マートレット四八、ソードフィッシュ四)
戦艦「キングジョージV」「デューク・オブ・ヨーク」
巡洋戦艦「レナウン」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
低速部隊
「フューリアス」(マートレット三六、ソードフィッシュ四)
「イーグル」(マートレット二四、ソードフィッシュ四)
戦艦「ネルソン」「ロドネー」「マレーヤ」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
第一八任務部隊
「ホーネット」(F4F七二、SBD一八)
重巡一、軽巡一、駆逐艦六
第一九任務部隊
「ワスプ」(F4F七二、SBD六)
重巡一、軽巡一、駆逐艦六
第二〇任務部隊
「レンジャー」(F4F七二、SBD六)
重巡一、軽巡一、駆逐艦六
第二一任務部隊
戦艦「ワシントン」「ノースカロライナ」
軽巡四、駆逐艦一六
英艦隊は高速部隊と低速部隊の二個艦隊からなる。
その戦力は空母四隻に戦艦と巡洋戦艦が合わせて六隻、さらに重巡四隻と軽巡八隻それに駆逐艦が三二隻。
英海軍には他にも最新鋭戦艦の「アンソン」とそれに旧式戦艦の「クイーンエリザベス」ならびに「ヴァリアント」があったが、しかし「アンソン」は竣工してさほど間が無く慣熟訓練が終わっていない。
「クイーンエリザベス」と「ヴァリアント」は修理中でこちらも参陣はかなわなかった。
一方の米艦隊は三個機動部隊とそれに一個水上打撃部隊からなる。
その戦力は空母三隻に戦艦二隻、重巡三隻に軽巡七隻それに駆逐艦が三四隻で、艦上機の総数は常用機だけで二四六機にも及ぶ。
英艦隊はカニンガム提督、米艦隊はハルゼー提督が最高指揮官で、全体指揮のほうはカニンガム提督がこれを執る。
カニンガム提督は「キングジョージV」に、ハルゼー提督のほうは「ホーネット」にその旗艦を定めている。
米艦隊の加入で洋上戦力が充実した一方で、しかし英空軍の協力は期待できなかった。
当該戦闘海域と英本土の間にはいささかばかり距離がありすぎたからだ。
それに、英空軍は本土を守ることに手一杯だった。
これまで英国と対峙してきたドイツの西部方面航空戦力に東部方面のそれが加わったことから、とてもではないが英空軍には余裕が無い。
それに、戦闘機エースのことごとくを母艦航空隊に召し上げられてしまったから、各部隊の術力もその分だけ低下している。
なにより、ソ連に対する夏季攻勢に備えていたはずのドイツ航空戦力が英国の面前に大挙して押し寄せてきたのは、英空軍にとっては誤算もいいところだった。
(それでも当初に比べれば、状況もずいぶんと好転している)
四隻の英空母はわずかな対潜哨戒機を除き、それ以外をすべて戦闘機で固めている。
しかし、それでもその総数はわずかに一五六機にしか過ぎない。
この程度の数であれば、十数隻にも上る日本の空母からの攻撃をしのぎ切ることなど不可能だったはずだ。
そうであれば、空母のみならず少なくない水上打撃艦艇が敵の攻撃機の餌食になっていたことは間違いない。
しかし、米空母が助っ人に参上してくれたおかげで、今ではその戦力は三七二機にまで跳ね上がっている。
この事実は絶望の崖っぷちにあったカニンガム提督に大いなる勇気を与えた。
(空母戦闘機隊が敵艦上機の攻撃をしのぎ切ってくれれば、あとはどうとでもなる)
カニンガム提督は脳内で彼我の水上打撃艦艇の戦力比較を行う。
戦艦の数は英米が合わせて八隻なのに対して日本側は一〇隻とこちらが不利だ。
しかし、日本の戦艦がすべて旧式なのに対してこちらはその半数を新型で固めている。
それに、日本の戦艦で怖いのは四〇センチ砲を搭載する「長門」と「陸奥」だけで、残る八隻については大した脅威ではない。
「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」は三六センチ砲を一二門搭載するから、一見したところでは大攻撃力を備えた有力艦に見える。
しかし、それら四隻は連装砲塔を艦の中心線上に六基も装備したために防御範囲が広く、それゆえに思い切って装甲を厚くすることが出来ない。
また、機関容積も十分に取ることが出来ないから、その分だけ低速なはずだった。
逆にこちらは「マレーヤ」の四基が最多で、それ以外はすべて三基で収まっている。
それと、この戦いには姿を見せていないが、フランスの新型戦艦に至っては主砲塔は二基しかないのだ。
主砲塔が六基という、あまりにも時代遅れの「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」は、その表面上のスペックとは裏腹にさほど強くはない。
また、四隻の「金剛」型戦艦だが、こちらもそれほど大きな脅威ではない。
元が巡洋戦艦で速度性能を重視した「金剛」型戦艦は、その一方で攻撃力も防御力も現代の水準には遠く及ばない。
彼らが五分に戦えるのは、同じ巡洋戦艦の「レナウン」くらいのものだろう。
ドイツそれにイタリアの戦艦については、さほど懸念は無かった。
ドイツ最強戦艦の「ティルピッツ」はドーバー海峡を抜けなければ日本艦隊と合流することは不可能だし、巡洋戦艦の「シャルン・ホルスト」と「グナイゼナウ」についてもそれは同様だった。
一方、イタリア戦艦のほうはと言えば、新型の「ヴィットリオ・ヴェネト」それに「リットリオ」の二隻がここのところその行方をくらませている。
しかし、こちらもまた問題は無い。
ヘタレのイタリア戦艦など、主砲弾の一発でも叩き込んでやれば、それこそ尻尾を巻いて地中海の奥深くへと逃げ込んでいくだろう。
彼我の戦艦の比較にその思考を巡らせているカニンガム提督の耳に、レーダーオペレーターの声が飛び込んでくる。
「レーダーに感。一一〇度の方向、距離一〇〇キロ。単機あるいはごく少数機」
考えるまでも無かった。
日本の機動部隊が放った索敵機だ。
敵が地中海から大西洋に侵入したタイミングで勝負を仕掛けようとこちらが考えているのと同様、相手もまた短期決戦を狙っているのだろう。
「全艦針路一一〇度、最大戦速!」
可及的速やかに敵の内懐に飛び込むべく、カニンガム提督は命令を下す。
英国の生存をかけた、連合国軍と枢軸国軍による艦隊決戦が始まったのだ。
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