第39話 戦闘機偏重

 広大なソ連に向けられるはずだった強大な戦力は、だがしかし突如として地中海へとその矛先を向けた。

 イタリア海軍それにドイツ空軍が過剰とも言える戦力を投入した結果、マルタ島はあっけなく陥落する。

 このことで、地中海の東半分の制海権も枢軸側がこれを握ることとなった。

 海上交通線の安全を確保したことでイタリア軍ならびにドイツ軍は北アフリカに進攻、補給を絶たれたエジプトの英軍を蹴散らし、ほどなくスエズ打通を果たす。


 その間、ドイツ軍ならびにイタリア軍はムッソリーニ統領の悲願である地中海の完全掌握もまたほぼ同時に成し遂げていた。

 最も難関とされたジブラルタルは、しかしあっさりとドイツ軍の手に落ちている。

 ヒトラー総統は援助ばかり要求するスペイン政府に対し、もはや話し合いの必要など無用といった態度で軍を同国内へと侵攻させた。

 彼としては弱小国のスペインに気を遣ってまでして英国を打倒できる千載一遇の好機を逃すつもりはなかった。

 海上からの攻撃に対しては万全の備えがあるジブラルタルだったが、しかし後背からの攻めには存外脆く、ドイツ陸軍の精鋭師団は空軍の手厚い支援もあって同地を容易く攻略した。


 さらにドイツ軍それにイタリア軍が紅海周辺の制圧ならびに同海域の掃海を完了して後、ドイツは帝国海軍に対して艦隊の受け入れ準備が整った旨を通知する。

 それを受け、再編成を終えた連合艦隊の各艦艇は抜錨した。



 遣欧艦隊

 第一艦隊

 戦艦「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」「山城」「扶桑」

 重巡「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」

 駆逐艦「白露」「時雨」「初春」「子日」「若葉」「初霜」「有明」「夕暮」


 第二艦隊

 戦艦「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」

 重巡「愛宕」「高雄」「摩耶」「妙高」「羽黒」「那智」

 駆逐艦「海風」「山風」「江風」「涼風」「村雨」「夕立」「春雨」「五月雨」


 第三艦隊

 「赤城」(零戦三六、一式艦攻二七、一式艦偵六)

 「加賀」(零戦四八、一式艦攻二七、一式艦偵三)

 「隼鷹」(零戦三六、一式艦攻九、一式艦偵六)

 「飛鷹」(零戦三六、一式艦攻九、一式艦偵六)

 「龍鳳」(零戦二四、一式艦偵三)

 重巡「利根」「筑摩」

 駆逐艦「秋月」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」


 第四艦隊

 「翔鶴」(零戦四八、一式艦攻二七、一式艦偵三)

 「瑞鶴」(零戦四八、一式艦攻二七、一式艦偵三)

 「飛龍」(零戦三六、一式艦攻一八、一式艦偵六)

 「龍驤」(零戦二四、一式艦偵九)

 「瑞鳳」(零戦二四、一式艦偵三)

 「祥鳳」(零戦二四、一式艦偵三)

 重巡「熊野」「鈴谷」

 駆逐艦「照月」「初風」「雪風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」


 第五艦隊

 「神鶴」(零戦四八、一式艦攻二七、一式艦偵三)

 「天鶴」(零戦四八、一式艦攻二七、一式艦偵三)

 「蒼龍」(零戦三六、一式艦攻一八、一式艦偵六)

 「千歳」(零戦二四、一式艦偵三)

 「千代田」(零戦二四、一式艦偵三)

 「瑞穂」(零戦二四、一式艦偵三)

 重巡「最上」「三隈」

 駆逐艦「涼月」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」


 補給部隊

 「大鷹」(零戦一二、一式艦偵九)

 重巡「足柄」

 駆逐艦「初月」「朝霧」「夕霧」「天霧」「狭霧」「朧」「曙」「漣」「潮」「暁」「響」「雷」「電」

 輸送船、油槽船、特設水上機母艦



 補給部隊を除く戦闘艦隊だけでも空母一七隻に戦艦一〇隻、それに重巡一六隻に駆逐艦四三隻という一大戦力だった。

 運用される艦上機も常用機だけで八七六機にも及ぶ。


 第三艦隊から第五艦隊までの空母部隊はこれまで臨時編成だった第一航空艦隊や第二航空艦隊と違って建制化が成されている。

 飛行機屋の悲願が成就した一方で、しかし鉄砲屋や水雷屋の抵抗によって第一艦隊や第二艦隊が解隊されることもなく温存された。

 さらに、空母部隊が二個艦隊から三個艦隊に増えたこともあって、逆に一個艦隊あたりの護衛戦力は従来よりもむしろ低減していた。


 遣欧艦隊の全体指揮は第二艦隊司令長官の近藤中将が、航空戦の指揮は第三艦隊司令長官の南雲長官がこれを執る。

 これら戦力が欧州に向かう間、太平洋側の防備は基地航空隊ならびに潜水艦部隊が担当する。


 「ただいまジブラルタル海峡を通過、大西洋へと進出を果たしました」


 航海参謀の雀部中佐からの報告に首肯しつつ、南雲長官は間もなく始まるであろう激戦に思いをはせる。

 すでに盟邦ドイツより、英国の南西沖海域に複数の艦隊が集結しているとの報告を受けている。

 連合艦隊司令部は英艦隊については空母が四隻に戦艦が六隻、これに十数隻の巡洋艦と数十隻の駆逐艦が付き従うものと見込んでいる。


 さらに、援英艦隊として米国が多数の戦力を送り込んでいることも確認している。

 艦隊の構成を掴むまでには至っていないが、それでも太平洋側にあった「ホーネット」と「ワスプ」がパナマ運河を抜けて大西洋側へとスイングされたことが分かっているから、これに「レンジャー」を加えると空母は三隻となる。

 それらに搭載される艦上機は、多ければ二五〇機に上るかもしれない。

 三隻の空母以外にも「ワシントン」と「ノースカロライナ」の二隻の新型戦艦、それに少なくない巡洋艦や駆逐艦が遣欧艦隊を待ち構えているはずだ。


 南雲長官は出撃前の最後の打ち合わせの際、山本連合艦隊司令長官と二人で話したことを思い出している。


 「空母と艦上機はこちらが有利だ。しかし、戦艦や巡洋艦それに駆逐艦といった水上打撃艦艇は英米側の方が明らかに勝っている。だから、敵の空母は間違いなく戦闘機重視の編成となっているだろう。もし、全戦闘機空母となっていれば、敵の戦闘機は場合によっては四〇〇機を超えるはずだ。だからこそ、こちらもそれに対抗できるよう、十分な数の戦闘機を用意しなければならない。そのためには攻撃機を大幅に削減する必要がある」


 以前の南雲長官であれば、山本長官の考えは極端だと言って、対艦攻撃能力を持った攻撃機の減勢に反対したはずだ。

 実際、三個機動部隊に搭載されている一式艦攻の数は、全体の四分の一に満たない。

 しかし、真珠湾攻撃やブリスベン沖海戦で航空戦の指揮を重ねた南雲長官は、制空権の持つ重みを誰よりも理解していた。

 だから、第三艦隊と第四艦隊それに第五艦隊の歪とも言える戦闘機偏重の編成にもさほど違和感を持たなかった。


 「全艦隊ともに予定された一式艦偵の発進を終えました」


 雀部航海参謀と入れ替わるようにして、吉岡航空乙参謀が索敵機の発進完了を報告してくる。

 ドイツ海軍のUボートやあるいはドイツ空軍の長距離哨戒機も敵艦隊の捜索の任にあたっているが、しかしこのことを他人任せにするつもりは南雲長官の頭の中には一切無い。

 制空権と同様、索敵の重要性もまた南雲長官の魂に深く刻み込まれていたからだ。

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