第59話 命令一部変更

 「第一次攻撃隊は迎撃してきた三〇〇機のF6Fヘルキャットと思しき戦闘機のうちの八割を殲滅。これについては、第二次攻撃隊に向かってきた敵戦闘機が数十機にしか過ぎなかったことから、確度の高い情報だと思われます」


 その声音に歓喜あるいは興奮の色を滲ませ、航空参謀が戦果報告を読み上げていく。


 「次に第二次攻撃隊ですが、こちらは大小合わせて一六隻の空母を撃沈しました。ただ、空母に攻撃を集中したために護衛艦艇にまでは手が回っておりません。このことで敵機動部隊の巡洋艦や駆逐艦はそのすべてが健在です。また、二群ある水上打撃部隊も同様に無傷を保っています」


 この秋に出現した最新鋭艦上戦闘機のF6Fに対し、金星発動機から誉発動機に換装した第一次攻撃隊の二八八機の零戦五三型は熾烈な空中戦に打ち勝ち、制空権を確実なものとしてくれた。

 そのおかげで第二次攻撃隊の一式艦攻はただの一機も損なわれることなく米機動部隊に取り付くことが出来、すべての米空母を撃沈するという大戦果を挙げた。

 また、艦隊防空を担っていた直掩隊の零戦も奮戦し、こちらもまた七〇〇機に迫る敵艦上機の猛攻から友軍艦艇を守り切ることに成功している。


 「こちらの損害ですが、敵空母の攻撃にあたった一式艦攻のうち六機が未帰還、さらに三四機が被弾損傷しています。被弾した機体のうちで即時再使用可能なものは九機、逆に修理不能と判定されたものが一三機にのぼっています」


 撃墜された一式艦攻が全体の三パーセント以下に抑えられたのは同機体の防弾装備の優秀性もあるが、なにより大きかったのは一万メートルもの高空から攻撃を実施したことだろう。

 いかに優秀な対空能力を誇る米艦艇といえども、遥か高みにある小さな的に命中させるのはやはり困難だったのだ。


 「次に零戦のほうですが、こちらは第一次攻撃隊と第二次攻撃隊を合わせて二九機が未帰還となっています。また、被弾損傷した機体も多数にのぼりますが、こちらは一式艦攻の調査を優先させたためにまだ正確な数は把握できておりません」


 ミッドウェー島の基地航空隊を叩き、そして米空母をすべて撃沈したことで同島周辺海域の制空権は日本側がこれを完全に掌握したが、そのことで被弾した零戦の損害状況確認やその修理は後回しとされていた。

 一方、直掩隊の零戦のほうはすでに損害集計が終わっており、こちらは三二機が失われたことが分かっている。

 優勢に戦いを進めても、それでも損害皆無というわけにはいかなかったのだ。


 「敵艦隊の状況はどうなっている」


 「米機動部隊は動いていません。おそらくは空母の溺者救助にあたっているものと見られています。一方、二群ある水上打撃部隊のほうは米機動部隊の西側に遷移しつつあります。こちらは我が方の水上打撃部隊の追撃を警戒した動きかと思われます」


 小沢長官の質問を予想していたのだろう、航空参謀がよどみなく答える。

 多数の一式艦偵からの報告によって空母を除く水上艦艇の戦力はすでに把握している。

 戦艦が八隻に巡洋艦が一六隻、それに駆逐艦が八〇隻だ。

 一方、こちらの水上打撃部隊である第七艦隊は二六隻、それに第一から第四艦隊までの機動部隊から出せる艦艇が合わせて二四隻。


 戦艦は米側が八隻に対してこちらは六隻と明らかに劣勢だ。

 そのうえ、相手がすべて四〇センチ砲を搭載した新型戦艦であるのに対してこちらはそのすべてが三六センチ砲搭載戦艦であり、しかもそのうちの四隻が旧式の「金剛」型だ。

 実際の戦闘力は最低でも二倍、場合によっては三倍に迫るかもしれない。

 巡洋艦は彼我ともに一六隻と拮抗している。

 しかし、こちらがすべて戦前に建造されたものなのに対して米側のほうはそのいずれもが最新型でこれを揃えている。

 駆逐艦は米側が八〇隻なのに対してはこちらは二八隻と、比較するのもバカバカしくなるほどにその差は隔絶している。


 この逆境を覆すには方法は一つしかない。

 航空戦力の活用だ。


 「第二次攻撃に引き続き、一式艦攻には『赤龍一型』を装備させたうえで第三次攻撃の主力として出撃させる。目標は戦艦だ。

 なお、零戦については各空母ともに直掩に一個小隊を残し、それ以外はすべて出撃させろ。第一艦隊と第二艦隊それに第三艦隊の零戦隊は『響龍二型』を装備して駆逐艦を叩け。第四艦隊の零戦隊は爆装したうえでミッドウェー島基地の攻撃にあたるものとする」


 ミッドウェー島の航空戦力については瑞雲の奇襲によってこれをすでに撃破していた。

 しかし、破壊したのは飛行機だけで、滑走路を使用不能にしたわけではない。

 だから、機動部隊同士による洋上航空戦に敗れ、戻るべき母艦を失った米艦上機のうちの少なくない機体が同島の飛行場に降り立ったはずだ。

 そうであれば、すべての零戦を敵駆逐艦の攻撃に投入することも、またミッドウェー基地をそのままにしておくことも危険だ。

 一連の命令を出す小沢長官に、しかし航空参謀が異議を唱える。


 「第四艦隊のすべての零戦をミッドウェー島に振り向けるのは、少しばかり戦力が過剰ではないでしょうか」


 従来の零戦は二五番一発かあるいは六番を四発搭載出来た。

 しかし、出力が向上した零戦五三型は胴体下に五〇番もしくは両翼にそれぞれ二五番を装備出来るなど、その爆弾搭載量は倍増している。


 戦前、第四艦隊は常用機だけで二二八機の零戦を擁していた。

 相次ぐ激戦によってその稼働機は激減しているが、しかしそれでも半数以上は即時使用が可能だろう。

 それらすべての機体でミッドウェー島に空襲を仕掛ければ、なるほど確かに同島の飛行場を撃滅できることは間違いない。

 しかし、それは牛刀をもって鶏を割くに等しい行為だと航空参謀は訴えている。


 航空参謀の具申に、小沢長官は脳内でそろばんを弾く。

 第四艦隊の零戦の稼働機が仮に半減していたとしても一一四機。

 だが、実際に使える機体はもっと多いだろう。

 そして、それらが爆装して出撃すれば、ミッドウェー島の飛行場は当面の間は使い物にならなくなることは間違いない。

 しかし、現状においては一日かせいぜい二日程度使用不能にさえすればそれで十分事足りる。

 そうであれば、航空参謀の言う通り戦力の過剰投入なのだろう。


 「命令を一部変更する。各艦隊の空母は一個小隊を上空直掩、さらに一個小隊をミッドウェー島攻撃に差し向け、残りはすべて米駆逐艦を攻撃するものとする」


 これでいいか、との意を込めて小沢長官は航空参謀に向き直る。

 一方の航空参謀は一礼し、自身の具申を受け入れてくれた小沢長官に感謝の意を示す。


 正式命令が発令されてからしばし、第一艦隊と第二艦隊それに第三艦隊ならびに第四艦隊の空母がそれぞれ舳先を風上へと向ける。

 第三次攻撃隊の発進が間もなく開始されようとしていた。

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