第58話 過剰戦力

 第一艦隊と第二艦隊それに第三艦隊と第四艦隊の合わせて二一隻の空母にはそれぞれ二個中隊、あわせて五〇四機の零戦が艦隊直掩用として準備されていた。

 米軍の索敵機に発見されて以降は一個中隊が上空警戒にあたり、残る一個中隊が飛行甲板上で即応待機の二直態勢に移行している。


 そのような状況の中、連合艦隊と太平洋艦隊の中間空域に進出している哨戒機より大編隊発見との報が入ってくる。

 あまりの大群ゆえに正確な数の計測は不可能だが、しかし数百機規模ということは間違いないとのことだった。

 その報告に際し、可能な限り遠方で迎撃すべく上空警戒中の零戦が前進を開始、即応待機中の零戦も慌ただしく発艦していく。


 連合艦隊に迫ってきたのは七隻の「エセックス」級空母それに九隻の「インデペンデンス」級空母から発進した合わせて六九三機からなる戦爆雷連合だった。


 上空警戒中だった二五二機の零戦が真っ先に米攻撃隊と接触、SB2Cヘルダイバー急降下爆撃機やあるいはTBFアベンジャー雷撃機に対して襲撃態勢に移行する。

 この動きに対し、二七六機のF6Fヘルキャット戦闘機が用心棒の務めを果たすべく零戦の前に立ちふさがる。

 F6Fは相手を撃墜するよりもSB2CやTBFの警護を優先、零戦の足止めを図る。

 単機航法も可能とする手練れで固めていたこと、さらに彼我の数がほぼ互角だったこともあり、F6Fはそれら零戦の拘束に成功する。


 F6Fの奮戦のおかげで二一〇機のSB2Cと二〇七機のTBFはただの一機も損なわれることなく、緊密な編隊を維持しながら連合艦隊を目指す。

 そこへ即応待機組の零戦が殴り込みをかけてきた。


 第一艦隊と第三艦隊の一三二機の零戦は低空を行くTBFの上空から覆いかぶさるようにして二〇ミリ弾を叩き込んでいく。

 五二八条もの太い火箭にさらされたTBFはそれこそたまったものではなかった。

 単発艦上機としては破格の防御力を誇るTBFは七・七ミリ弾や一二・七ミリ弾に対してはかなりの抗堪性を備えている。

 しかし、高初速で放たれる二号機銃の二〇ミリ弾の洗礼を浴びてしまってはさすがにもたない。


 初撃で七〇機近くを撃墜されたTBFは速度を上げて遁走を図りつつ連合艦隊に急迫する。

 しかし、零戦との速度差は二〇〇キロ近くもある。

 そのうえ、腹に一トン近い魚雷を抱えているから、運動性能もガタ落ちの状態だ。

 苦境にあえぐTBFに対して零戦はそれこそあっという間に距離を詰める。

 そして、したたかに二〇ミリ弾を撃ち込んでいく。


 第二撃でさらに六〇機近くを撃墜されたTBFは、その時点で零戦よりも数が少なくなる。

 護衛もなくそのうえ数的劣勢ということは、つまりはこれ以上の前進は無為に機体と搭乗員を失うことを意味する。

 生き残ったTBFは魚雷を捨てて戦場からの離脱を図る。

 しかし、零戦は実戦を経験した彼らを見逃すほど甘くはない。

 圧倒的とも言える速度差を生かしてTBFに取り付き、側背からそれこそ演習のような気安さで二〇ミリ弾を浴びせて回った。


 TBFが散々な目に遭っているころ、SB2Cもまた地獄を見ていた。

 こちらには第二艦隊と第四艦隊の一二〇機の零戦がそれこそピラニアの群れのような勢いで二一〇機のSB2Cを食いちぎっていく。

 SB2Cは前型のSBDドーントレスに比べて間違いなく防弾性能は向上している。

 ただ、それは艦上急降下爆撃機としての範疇であり、多数の二〇ミリ弾を食らってはさすがに助からない。


 最初は七対四だった戦力比も、初撃で六〇機を撃墜されたことで五対四にその差が縮まる。

 さらに、零戦の第二撃によって数の差は逆転、編隊を維持できなくなったSB2Cは散り散りとなる。

 それらSB2Cに零戦は執拗にまとわりつき、一機また一機と平らげていく。

 早々に爆弾を投棄して逃げに転じた一部のSB2Cを除き、助かったものは皆無だった。






 防空戦の顛末を聞かされた時、小沢長官はいかに自身が米機動部隊の実力を過小評価していたかを自覚するとともに己の不明を恥じた。


 この作戦が始まる前、小沢長官は艦上機隊の構成について不満を抱いていた。

 自身の指揮下にある四個機動部隊には零戦が九一二機もあるのに対して、しかし対艦攻撃の主力を成す一式艦攻のほうは二一六機にしか過ぎなかった。

 これでは、あまりにも戦闘機偏重が過ぎる。


 だから、小沢長官は零戦を減らして一式艦攻を増勢するよう山本長官に働きかけていた。

 第一艦隊から第四艦隊の四個機動部隊の空母には直掩として二個中隊が用意されているが、しかしこれは過剰戦力もいいところだ。

 空母は二一隻もあるのだから一個中隊、つまりは二五二機もあれば十分だろう。

 そして、零戦を減らす代わりに一式艦攻を増やす。

 空母だけでも十数隻を数える敵に対して、一式艦攻が二一六機というのはどう考えても少なすぎる

 だがしかし、山本長官のほうは小沢長官の訴えを頑として認めようとはしなかった。


 そして、実戦において小沢長官は山本長官の判断が正しかったことを思い知らされる。

 零戦は、特に直掩隊のそれは決して多すぎるということはなかったのだ。

 驚くべきことに、米機動部隊は七〇〇機もの艦上機が一つの集団を形成して進撃が出来るまでに練り込んできたのだ。


 最初に接敵した上空警戒任務中の二五二機の零戦は護衛のF6Fに拘束され、SB2CやTBFに手出しができなかった。

 しかし、即応待機中の二五二機の零戦が手元にあったことでSB2CやTBFに攻撃をかけることが出来、その結果として連合艦隊の空母はそのいずれもがいまだ無傷を保っている。


 もし仮に、小沢長官の意見が通っていれば、直掩隊はその数の不足によってSB2CやTBFに手出しができず、このことで友軍艦艇は四〇〇機を超える急降下爆撃機や雷撃機の空襲にさらされていたはずだ。

 そのような悪夢が現出していれば最低でも空母の半数、相手の技量次第では全滅すらもあり得たはずだ。

 そうなっていれば、戦争はその時点で終わっていただろう。

 逆に言えば、連合艦隊司令部が指示した戦闘機偏重の措置は完全に正しかったということでもある。


 (本土に戻ったら、山本さんに詫びを入れんといかんな)


 胸中で反省と謝罪の言葉を述べるがそれも一瞬、小沢長官は意識を現実に戻す。

 間もなく第一次攻撃隊それに第二次攻撃隊が戻ってくる。

 それら機体の中から即時再使用が可能なもので太平洋艦隊に追撃を加えなければならない。

 すべての空母を失ったとはいえ、彼らは依然として一〇〇隻を超える水上打撃艦艇を擁している。

 まだ、戦いは継続中なのだ。

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