第73話 水上打撃戦力

 連合艦隊と米機動部隊による艦隊決戦の帰趨こそが、作戦の成否を決める最大の要素であることは疑いようがない。

 しかし、それとは別にドイツ艦隊それにイタリア艦隊の働きも大きく戦いを左右する重要なファクターだ。


 そのドイツ艦隊とイタリア艦隊はともに四隻の空母を保有している。

 ドイツは「アドミラル・グラーフ・ツェッペリン」と「フューリアス」それに装甲空母の「イラストリアス」と「インディファティガブル」。

 イタリアのほうは「アキラ」と「イーグル」それに装甲空母の「ビクトリアス」と「インプラカブル」だ。


 日本では英国から接収した艦は改名したうえで連合艦隊あるいは海上護衛総隊に編入しているが、しかしドイツとイタリアは英国名のまま自国の海軍に組み込んでいた。

 これはヒトラー総統の発案らしく、英国が枢軸側の軍門に下ったことを事あるごとに想起させるためだという。

 逆に米側からすれば、かつての同盟国の艦艇が名前もそのままに自分たちにその矛先を向けてくるのだから、気分が良かろうはずもない。

 悪趣味極まり無い措置だが、しかしドイツは宣伝大臣の椅子まで用意して心理戦に万全を期す国だから、そこは不思議でも何でもないのかもしれない。


 「平沼さんがおっしゃる通り、オアフ島の航空機が八〇〇機を数えるのであれば、ドイツ艦隊それにイタリア艦隊だけではいささか荷が重いかもしれませんな」


 ドイツ艦隊とイタリア艦隊には合わせて八隻の空母があるが、しかしその搭載機数はどんなに多く見積もってもせいぜい四〇〇機といったところで、オアフ島の基地航空隊の半数でしかない。

 その程度の戦力で離発着能力や整備補給能力の高い、しかも二倍の航空機を擁するオアフ島の飛行場群とやり合うのは、よほど機体性能それに搭乗員の技量が隔絶していない限り、無謀の誹りを免れないだろう。


 「まともに航空撃滅戦をやれば、負けるのは間違いなくドイツ艦隊とイタリア艦隊のほうでしょうね。そうであれば、正面からの激突は避けるべきです」


 連合艦隊は開戦劈頭の真珠湾攻撃で空母艦上機、ミッドウェー海戦では重巡の艦載機を用い、敵航空基地に対して奇襲攻撃を敢行、いずれも撃破に成功している。

 航空機を使用した奇襲は帝国海軍のお家芸だといってもいい。

 しかし一度や二度ならともかく、さすがに三度も米軍が同じ手に引っかかるとは思えない。

 オアフ島では日中だけでなく、日没後も夜間戦闘機を飛ばすなどして警戒態勢を強めているはずだ。

 そう考えた山本総長は、奇襲は無理ではないかと平沼に訴える。


 「何も奇襲に頼る必要はありません。今回はミッドウェー海戦の時とは違って水上打撃部隊が堂々と押し出していけばいいのです。そして、艦砲でオアフ島の飛行場を粉砕する」


 ミッドウェー海戦では当時の第七艦隊が同島に艦砲射撃を実施すると見せかけて、実際には重巡に搭載していた瑞雲を使って水上機による奇襲を成功させた。

 このことで、第七艦隊を阻止するためにミッドウェー島北西海上に布陣していた八隻の米新型戦艦は遊兵と化し、その後の戦局に大きな影響を与えた。

 しかし、平沼は今回は艦上機ではなく、水上打撃艦艇をそのまま突っ込ませろと言う。

 その戦術だけでなく、彼我の戦力差に思い至ったとき、山本総長はハタと気づく。

 太平洋艦隊の水上打撃艦艇、特に戦艦は危険なまでにその戦力を落ち込ませているのだ。


 「ミッドウェー海戦の時とは逆ですな。あの時は米側のほうが優勢だったが、しかし今回は我々のほうに分が有る」


 喜色の交じった山本総長の言葉に、平沼が我が意を得たりとばかりに口を開く。


 「米軍はこれまでの戦いで八隻の新型戦艦とそれに一四隻の旧式戦艦を失っています。現在、彼らの手元に残されているのはそれぞれ二隻の『アイオワ』級戦艦とそれに『アラスカ』級大型巡洋艦の合わせて四隻しかありません。他に旧式戦艦の『アーカンソー』それに元が英戦艦の『クイーンエリザベス』がありますが、しかしこれら二隻は脚が遅いこと、それになにより米本土をがら空きにするわけにもいきませんから、参陣する可能性はほとんど無いでしょう」


 平沼の言葉に山本総長が力強くうなずく。

 現在、帝国海軍には二隻の「長門」型戦艦と四隻の「金剛」型戦艦、それに英国から接収した元が「キングジョージV」級戦艦の「大和」と「武蔵」の合わせて八隻がある。

 さらに、ドイツ海軍は「ティルピッツ」ならびに二隻の「シャルンホルスト」級巡洋戦艦、イタリア海軍は三隻の「ヴィットリオ・ヴェネト」級戦艦を擁している。


 「そうであれば、ドイツ艦隊とイタリア艦隊で連合水上打撃部隊を編成し、米国の戦艦ならびに大型巡洋艦を相手どってもらえばいい。そして、その間に帝国海軍の戦艦がオアフ島の飛行場群に対して艦砲射撃を仕掛ける。これならば、ドイツ海軍とイタリア海軍に見せ場をつくってあげることが出来るし、戦力に劣る帝国海軍の戦艦は『アイオワ』級戦艦と干戈を交えずに済む。まさに一石二鳥ですな」


 そう言いながらも、山本総長は二つの問題点が頭に浮かんでいる。

 そして、それを平沼に指摘する。


 「そうなってくると、問題は敵の夜間攻撃機に対する備えとそれにオアフ島に存在すると思われる要塞砲への対処ですな」


 「敵の夜間攻撃機に対しては瑞雲にこれを相手どらせればいいでしょう。ドイツあるいは英国の機上レーダーを同機に装備させればそれで事足ります。夜間戦闘機を新規開発するのではなく、既存の機体の改修ですから、それほど手間と時間はかからないはずです。

 それと、要塞砲ですが、それほど神経質になる必要は無いと思います。いくら強固な大地に据え付けられた大砲でも、夜間に移動する目標に命中させることは至難ですから。

 それに、必要であればスモークを焚くなり妨害電波を発信するなりして測的の邪魔をすればいい。なにより、正確な的針と的速のデータは戦艦の側が持っているのです。時間を決めてランダムに変針すれば、要塞砲もそうそう目標を捉えることなどできませんよ。

 それと、的の小さい要塞砲を叩くことが目的であれば確かに戦艦は不利です。しかし、目標はあくまでも敵飛行場です。要塞砲対戦艦の図式は、こと今回に関してはあてはまりません」


 平沼の即答に、これではどちらが軍人でどちらが民間人か分かったものではないなと山本総長は胸中で苦笑する。

 だがしかし、これが平沼なのだと思えば、不思議と納得できた。


 「瑞雲の夜間戦闘機への改造ならびに要塞砲への対処については、平沼さんの提言をベースに軍令部ならびに連合艦隊司令部の幕僚にも検討させましょう。それと、ドイツとイタリアにもそれぞれこちらの意図を伝え、早いうちに戦艦部隊の合同演習を実施するよう要請するつもりです」


 言葉に力強さが戻ってきた山本総長に微笑を向けつつ、平沼にしては珍しくエールとも挑発ともいえない言葉を口にする。


 「米海軍は『エセックス』級空母の建造を優先するあまり、一方で水上打撃艦艇の充実をあまりにもないがしろにし過ぎました。逆に言えば、『エセックス』級空母に全力を傾注したからこそ、昭和一九年末の時点で一六隻もの数をそろえることが可能になったともいえます。

 言い方を変えれば、いかに圧倒的な国力を誇る米国といえども、さすがに限界はあったということでしょう。そこに連合艦隊とドイツ艦隊それにイタリア艦隊は徹底的につけ込む。そして、日本とドイツそれにイタリアの戦力を糾合するための扇のかなめとなるのが山本さん、あなたです」


 平沼の言に、山本総長が高揚の色をその表情に浮かべつつ「心得ております」と力強く返す。

 その様子に満足気な笑みを見せつつ、平沼が辞去を申し出る。

 用が済めばさっさと退散する態度はいつも通りだった。

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