第80話 戦場勘

 レーダーが八〇〇機乃至九〇〇機ほどと思われる編隊を捉えた時、一六隻の「エセックス」級空母にはそれぞれ三個中隊、合せて五七六機のF4Uコルセア戦闘機が直掩として用意されていた。

 本来であれば、ここにオアフ島の基地航空隊からも多数の戦闘機が応援にきてくれるはずだった。

 しかし、同島航空隊は日独伊の水上打撃部隊の艦砲射撃ならびに初見参の新型機の攻撃によって壊滅状態に陥っており、増援の戦闘機はまったく期待できなかった。


 それでも第五艦隊の将兵の表情にあきらめの色は無かった。

 F4Uコルセアの搭乗員はそのいずれもが陸軍あるいは海兵隊から選抜されたトップエースだったからだ。

 海軍の搭乗員ではない、そのことに対しては第五艦隊の将兵も正直言って思うところが無いわけではない。

 しかし、訓練で目にした彼らの術力は本物だった。

 実戦経験はともかく、操縦だけで言えば日本の戦闘機搭乗員の平均技量に引けを取らないだろう。

 あるいは上回っているかもしれない。

 いずれにせよ、選りすぐりのエリート部隊という前評判はうそではなかったのだ。


 一方、本来とは別組織の仲間たちの期待を背負ったF4Uの搭乗員たちは一機の発艦ミスも無く、全機が無事に大空へと駆け上がっていく。

 そして、ごく短時間のうちに見事な編隊をつくり上げていく。

 その美しくも力強い雄姿に第五艦隊の将兵はエールを送る。

 彼らであればきっと日本の大攻撃隊を阻止してくれる。

 誰もがそう信じていた。






 編隊を見れば、相手の技量が分かる。

 これまで見た中で最も整然とした編隊。

 それを視認した前路哨戒任務にあたる彩雲の搭乗員は、緊張の唾を飲み込みつつ警報を発する。


 「敵編隊確認、高度五〇〇〇、機数六〇〇。異様に整った編隊を維持している。これまでの敵とは明らかに違う。各位用心せよ」


 どことなく焦燥のようなものを滲ませた警告に、八五二人の搭乗員は気を引き締める。

 米軍がどこにそのような人材をプールしていたのかは分からないが、しかし相当に腕が立つ連中であることは間違いないのだろう。


 「各位、発射の時宜は各小隊長に委ねるが、『奮龍二型』は初撃で出し惜しみ無く発射しろ。下手に残していたら、敵に食われかねん」


 「奮龍二型」は近接信管を搭載した空対空ロケット弾だ。

 併せて射程延伸や威力増大も図ったそれは重量が一二〇キロにも達し、烈風はその大重量ロケット弾を両翼に合わせて一〇発搭載している。

 爆弾搭載量の限界から四発しか装備できなかった零戦の二倍以上だ。

 しかし、「奮龍二型」が大重量ロケット弾であるがゆえに、それを装着したまま格闘戦に臨むことはできない。

 いかに烈風といえども翼下に大きな重量物と空気抵抗を抱えていては、機動性も運動性能もがた落ちだ。

 相手が格下の零戦やF6Fヘルキャット戦闘機であったとしても、容易に食われてしまうだろう。


 一方、烈風を迎え撃つ米戦闘機隊のほうは、「奮龍二型」に対してこれといった対策を講じることが出来ないでいた。

 日本の戦闘機が放つ空対空ロケット弾、それが近接信管を備えている可能性が濃厚なことは米軍も分かっていた。

 ロケット弾の炸裂タイミングが、時限信管とは段違いの正確さだったからだ。

 だが、日本の戦闘機が「奮龍二型」を使用した例が今夏のオアフ島における航空戦の一度きりだったので、その仕組みがいまだに解明できずにいた。


 ただ、近接信管にせよ時限信管にせよ、程度の差こそあれ航空機にとって剣呑なことに変わりはない。

 だから、敵のロケット弾を視認したときには、その軸線から可能な限り遠ざかる機動を心掛ける以外に、他にこれといった対処法はなかった。

 あるいは、ロケット弾が炸裂する瞬間、その危害半径に自らの身を置かなければそれで事足りると言い換えることも出来る。


 だから、五七六機のF4Uは、敵戦闘機がロケット弾を発射したことを確認すると同時にそれまでの密集編隊から一転、四方八方に散開する。

 だがしかし、日本のロケット弾攻撃は彼らの想像を絶していた。

 F4Uの搭乗員は知らなかったが、八五二機の烈風から放たれた「奮龍二型」は八五二〇発にも及び、それらはF4Uを包み込むようにして扇状に広がっていく。

 F4Uは急旋回や急降下で逃れようとするが、しかし「奮龍二型」の展開速度に比べればその機動はあまりにも遅い。


 末広がりの死の投網にまともに突っ込むはめになったF4Uの至近で「奮龍二型」の炸裂が相次ぐ。

 空前絶後の空中の範囲攻撃からかろうじて逃れることが出来たF4Uも幸運は続かない。

 三四〇八条にも及ぶ二〇ミリ弾の火網が、急激な機動の後で反撃態勢に移行できないF4Uを次々に薙ぎ払っていく。


 「奮龍二型」の飽和攻撃、それに二〇ミリ弾の洗礼を浴びてなお生き残ったF4Uに烈風が群がっていく。

 一機のF4Uに複数の烈風が後方やあるいは側面から二〇ミリ弾を撃ちかけ、機体に次々に大穴を穿っていく。

 防御力に定評のあるF4Uも大量の二〇ミリ弾をしたたかに撃ち込まれてはさすがにもたない。

 エンジンから火を噴き墜ちていく機体や、あるいは空中で爆散するなどF4Uの死にざまは様々だ。


 それでも、ごく少数だが生き残る者もいる。

 それらF4Uはもはや勝ち目無しと見て空戦場を後にする。

 そこへ高空にあった烈風がそれこそ垂直ダイブかと見まがうかのような機動で降下、避退を図るF4Uの頭上から射弾を浴びせ、次々にそれらを討ち取っていく。

 一二機の烈風、そして先頭を行く隊長機の機体には虎徹の文字。

 先月、准士官から士官に昇進した岩本少尉率いる「瑞鶴」第三中隊だった。

 本来、中尉かあるいは大尉のポジションであるはずの中隊長を岩本少尉が務めるのは、これまでの戦功を評価されたからだ。

 その岩本少尉の「瑞鶴」第三中隊は「奮龍二型」を発射した後、一気に高度を上げて戦場を俯瞰できるポジションにつけていた。

 そして、戦いの渦から抜け出してくるF4Uを待ち構えていたのだ。


 (勝算が無くなった時点で早々に撤退を選択したのは良い判断だ。「奮龍二型」それに無数とも言える二〇ミリ弾の弾幕を躱しきったそのテクニックも見事だ。単純な操縦技量だけで言えば、帝国海軍の熟練に匹敵するかあるいはそれ以上かもしれない。だが、戦場勘がまったく足りていない。おそらく十分な訓練は積んだものの、しかし実戦経験はさほどのものではなかったのだろう。だから、あまりにもあっけないほどに俺たち送り狼に食われてしまった)


 胸中でそうつぶやきつつ、岩本少尉は部下とともに上昇に転じる。

 再び高空に遷移して、空戦域から逃げ出してくるF4Uにきつい一発をお見舞いしてやるのだ。

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