第43話 ワークホース殺し

 第一次攻撃隊の零戦に散々な目に遭わされてもなお銃弾と燃料、それになにより未だ闘志を残している四〇機ほどのF4Fワイルドキャットそれにマートレットが一式艦攻を撃墜すべく第二次攻撃隊に向かってくる。

 しかし、それらは護衛の零戦の防衛網を突破するには至らない。

 逆に零戦側のほうは二倍近い数的優位を生かして襲撃者たちを返り討ちにしていった。


 「所定の手順に従って攻撃せよ。攻撃順については各隊ともに最先任者の指示に従え」


 護衛の零戦隊の奮闘に感謝しつつ、第二次攻撃隊指揮官の淵田中佐は直率する「赤城」隊それに「加賀」隊に指示を続ける。


 「先鋒は『加賀』隊とする。第一中隊、次に第二中隊ならびに第三中隊の順だ。次鋒は『赤城』隊で、まず第二中隊さらに第三中隊と続き、最後は第一中隊第三小隊とする。『赤城』第一中隊第一小隊ならびに第二小隊は別命あるまで待機せよ」


 発見された英米の艦隊は六個。

 それらのうちで、「赤城」隊と「加賀」隊は最も対空火力に秀でているとみられる米戦艦部隊を担当する。

 丙一と呼称されるそれは、中央に戦艦を置く輪形陣を形成している。


 「加賀」第一中隊が小隊ごとに分かれ、南から突き上げるようにして米戦艦部隊に迫る。

 米戦艦部隊各艦の高角砲や両用砲が対空射撃を開始する。

 次の瞬間、一式艦攻の前後左右上下に黒雲がわき立つ。

 かつてないほどの濃密さだ。

 それでも、一式艦攻はひるんだ様子も見せず、次々に「奮龍一型」を放っていく。

 その「奮龍一型」を誘導中に一機の一式艦攻が高角砲弾の至近爆発によって機体を切り裂かれ、北大西洋の海面に墜ちていく。

 一方、誘導電波を失った「奮龍一型」は自爆装置が作動、北大西洋の空に赤黒い花を咲かせた。


 戦友の死を悼みつつ、しかし残る八機の一式艦攻は「奮龍一型」のコントロールを維持し続ける。

 たまりかねたように機関砲や機銃が発砲を開始するが、正確な狙いをつけるには距離が有り過ぎた。

 八本のうちの一本が推進装置のトラブルで脱落する。

 しかし、残る七本のうちの六本までが三隻の駆逐艦に吸い込まれる。


 一トン近い弾体の中に三〇〇キロの炸薬が仕込まれた「奮龍一型」を突き込まれては、装甲が皆無に等しい駆逐艦はたまったものではない。

 一本食らったものは煙の尾を曳きながら這うように進むだけとなり、二本被弾したものは猛煙と猛炎に巻かれ洋上の松明と化す。

 三本被弾したものは盛大な爆発とともにごく短時間のうちに洋上から姿を消す。

 あるいは、三本命中したうちのいずれかが弾火薬庫を直撃するかもしくは魚雷を誘爆させたのかもしれない。


 三隻の駆逐艦の落伍によって隊列が乱れた米戦艦部隊に「加賀」第二中隊それに第三中隊が相次いで「奮龍一型」を撃ち込んでいく。

 狙いはそのいずれもが輪形陣の外郭にあって他艦からの支援を受けにくい駆逐艦ばかりだ。

 さらに、「加賀」隊に続けとばかりに「赤城」第二中隊と第三中隊、それに第一中隊第三小隊もまた健在な米駆逐艦に向けて「奮龍一型」を叩き込んでいく。

 それらが攻撃を終了した時点で、一六隻あった米駆逐艦のうちで無傷を保つものは一隻も無かった。


 「『赤城』第一中隊第一小隊ならびに第二小隊は傷が浅い駆逐艦を攻撃する。第二小隊の目標は同小隊長が選定せよ」


 そう言い置いて、淵田中佐は吐き出す煙が他の駆逐艦に比べて比較的少ない駆逐艦に機首を向けるよう操縦員に指示する。

 投弾ポジションに到達すると同時に三本の「奮龍一型」が傷ついた米駆逐艦に向けて放たれる。

 米駆逐艦も両用砲や機関砲それに機銃を振りかざして必死の反撃に努めるが、しかし自艦が吐き出す煙に邪魔されて正確な射撃が出来ていない。

 その駆逐艦に三本の矢が突き刺さる。

 艦の中央付近に三度の爆発が続き、その直後に被弾した駆逐艦の艦体が真っ二つに引きちぎられる。


 (駆逐艦一六隻を撃破、そのうちの半数は撃沈確実だな。五四機の一式艦攻が挙げた戦果としては破格だが、しかしこちらも一割近い機体を失った)


 対空火力に優れた戦艦や巡洋艦を避け、外側にある駆逐艦を狙ったのにもかかわらず、それでも少なくない損害を被った。

 もし、艦隊の中央にある戦艦や巡洋艦を狙っていたとしたら、失われたであろう一式艦攻の数はこの程度では済まなかったはずだ。


 (米軍の対空能力はこちらの想定を遥かに超えている。もし、遠めから攻撃できる奮龍ではなく、従来の急降下爆撃や雷撃といった肉薄攻撃で挑んでいたとしたら、それこそ被害は数倍に達していたかもしれない)


 大戦果を挙げてなお胸中に恐怖に近い不安がもたげてくる。

 そんな淵田中佐の耳に他隊からの戦果報告が次々に飛び込んでくる。


 「『隼鷹』隊ならびに『飛鷹』隊、乙一にあった六隻の駆逐艦をすべて撃破。うち一隻がすでに沈没、さらに一隻が沈みつつあり」


 「『翔鶴』隊ならびに『瑞鶴』隊、甲一にあった一六隻の駆逐艦をすべて撃破。うち二隻が沈没、さらに五隻撃沈確実と判断する」


 「『飛龍』隊、乙二を攻撃。六隻の駆逐艦に対して最低でも奮龍一発が命中。一隻沈没、残る五隻も被害甚大」


 「『神鶴』隊ならびに『天鶴』隊、甲二にあった一六隻の駆逐艦をすべて撃破。うち半数程度は沈没するものと思われる」


 「『蒼龍』隊、乙三にあった六隻の駆逐艦をすべて撃破。うち二隻撃沈確実」


 凄まじい戦果だった。

 二一六機の一式艦攻が六六隻の英米駆逐艦を攻撃してそのすべてを撃破。

 そのうち三〇隻近い駆逐艦をすでに撃沈したかあるいは撃沈確実の状況にまで追い込んでいる。


 (将棋で言えば、相手の歩をすべて奪ったような状況だな)


 英米艦隊は空母や戦艦といった主力艦、それに次ぐ戦力を誇る巡洋艦はすべて健在だ。

 空母や戦艦は飛車角、重巡は金銀で軽巡は桂馬か香車といったところだろう。

 だが、歩の無い将棋は負け将棋だ。

 艦隊決戦に携わる戦闘艦としては最弱の艦とされ、必要であれば捨て駒扱いすらされかねない駆逐艦だが、しかし実際のところは攻めるにしても守るにしても、とかく重宝する絶必の駒でもある。

 そして、艦隊のワークホースと言われる駆逐艦を失った英米のそれは非常に脆い状況にある。


 そのことで、淵田中佐はあることに思い至る。

 自分たちがもっぱら駆逐艦を攻撃したのは味方の損害を減らすためだと思っていた。

 遠い欧州の地で熟練搭乗員を失うことは、現場も上層部も一番避けたいことだからだ。

 しかし、違うのではないか。

 あるいは、違わないにしても、他に大きな目的がある。


 (狼・・・・・・)


 ふと、頭の中をよぎった想念に、しかし淵田中佐はそのことを振り払う。

 帝国海軍において、ドイツ海軍とイタリア海軍は信頼に足る相手ではないと判断されていたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る