第11話 トラ・トラ・トラ

 第一次攻撃隊が発艦する時点における海象はお世辞にも良好とは言えなかった。

 うねりが強く、大型空母ですら波にあおられている。

 このため、草鹿参謀長と源田航空甲参謀は相談のうえで爆撃隊のみの出撃を南雲長官に進言する。

 第一航空戦隊の「赤城」と「加賀」、それに第二航空戦隊の「蒼龍」と「飛龍」はそれぞれ爆撃隊には八〇番徹甲爆弾を、雷撃隊には九一式航空魚雷を装備させたうえで出撃させるはずだった。

 ただ、八〇番がほぼ八〇〇キロなのに対して、九一式航空魚雷のほうは炸薬量を従来の二倍とした新型で、その重量は一〇〇〇キロに迫った。

 荒天下における二〇〇キロの重量差は無視できず、艦が動揺する中においてはさらに困難の度合いを増していた。


 だが、草鹿参謀長と源田航空甲参謀の判断に雷撃隊の搭乗員らが異議を唱える。

 天象を理由にしてのお預けは、あまりにも理不尽だと。

 そのあまりの剣幕に、そこに居合わせた南雲長官が雷撃隊の搭乗員たちに対して本当に大丈夫なのかと、こちらも真剣な表情で問うた。

 「やれます」という即答に、南雲長官は出撃を許可する。

 そして、雷撃隊の搭乗員はその言葉通りに全機がその発艦に成功した。

 また、オアフ島の航空基地撃滅の任にあたる五航戦ならびに六航戦の爆撃隊は適宜爆弾搭載量を減らすことで、こちらもまた全機が無事に飛び立っている。


 (パーフェクトとはいかなかったが、それでも戦力に不安は無い)


 コンディションの悪い気象条件にもかかわらず、全機が無事に発進できたのはそれだけ一航艦の搭乗員の技量が優れていたからだ。

 五航戦それに六航戦の打撃力が低下したことは残念だが、それでも一〇八機もの一式艦攻があれば敵航空基地を殲滅することは十分に可能だろう。

 それに、一機あたりの爆弾搭載量も二五番二発に六番八発とするところを二五番についてはそのままに六番を半分の四発にしただけだから、一機あたりの爆弾搭載量は依然として七〇〇キロを大きく超えている。


 そう考える第一次攻撃隊総指揮官の淵田中佐は後方を振り返り、整然とした大編隊を難なく維持する味方の練度に意を強くする。


 第一次攻撃隊は一航戦の「赤城」と「加賀」からそれぞれ零戦一二機に一式艦攻が二七機。

 二航戦の「蒼龍」と「飛龍」から零戦一二機に一式艦攻が一八機。

 五航戦ならびに六航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」それに「神鶴」と「天鶴」からそれぞれ零戦一二機に一式艦攻が二七機。


 敵艦攻撃にあたる一航戦と二航戦の九〇機の一式艦攻のうち、四〇機は魚雷を装備し、残る五〇機が八〇番を抱えていた。

 一方、五航戦と六航戦の一〇八機の一式艦攻は陸用爆弾を搭載してヒッカムならびにホイラーをはじめとした各地の飛行場攻撃にあたる。

 また、護衛の九六機の零戦も敵の反撃が微弱な場合は地上銃撃に携わることになっていた。


 飛行することしばし、淵田中佐の目にオアフ島の稜線が映り込んでくる。

 こちらからオアフ島が見えるということは、ほどなく相手もまたこちらを発見するということだ。


 「これより電波封止解除」


 さらに少し間をおいて、指示を重ねる。


 「全機、突撃準備隊形つくれ。攻撃法は奇襲」


 従来であれば指揮官の意思伝達手段として無線電信や信号弾を使っていたところだが、しかし現在ではどの機体にも高性能無線電話機が備わっている。

 もちろん、敵に傍受されることは間違いないが、しかしここまで来ればそのことで相手に与えるリアクションタイムなど微々たるものだろう。

 いずれにせよ、淵田中佐が一見したところオアフ島の警戒態勢はザルだ。


 (米軍もまた自分たちと同様、電探を運用しているはずだが一体どうなっているんだ)


 胸中に湧いた疑問に、しかし淵田中佐はそのことをすぐに心の隅に追いやる。

 確認の取りようがないことを、しかも自分たちにとって都合の良いことをあれこれ考えてもしょうがない。

 なんにせよ、覚悟していた強襲ではなく理想的な奇襲で米軍に対して最初の一撃をかますことが出来るのだから文句を言う筋合いでもない。


 淵田中佐の命令によって攻撃隊が分散する。

 一航戦それに二航戦の九〇機の一式艦攻それに四八機の護衛の零戦はそのまま真珠湾に突き進み、五航戦ならびに六航戦の一〇八機の一式艦攻とそれに四八機の零戦はそれぞれが定められたオアフ島にある航空基地に向かっていく。


 一方、攻撃隊を送り出した一航艦の側もまた情報収集に努めている。

 まず、「加賀」から発進した一式艦偵五号機、それに同六号機から太平洋艦隊の配備状況について一報が入ってきた。


 「真珠湾の在泊艦艇は戦艦一〇、重巡一、軽巡一〇」

 「ラハイナ泊地に敵艦影を見ず」


 五号機それに六号機から送られてきたその内容に、「赤城」艦橋では落胆と緊張が入り混じった空気が流れる。

 最大目標であり、最も警戒を要する相手が真珠湾にもラハイナ泊地にもその姿が見当たらなかったのだ。


 「『エンタープライズ』は先月二八日、『レキシントン』は今月五日に真珠湾から出航したことが現地諜報員からの報告で分かっています。

 おそらく、二隻の空母は現在もなにがしかの任務に就いているものと思われます」


 首席参謀の大石中佐の言にうなずきつつ、南雲長官は源田航空甲参謀に向き直る。


 「もし仮に『エンタープライズ』と『レキシントン』が我々の近くにいるとして、その二隻が空襲を仕掛けてきた場合、現有戦力で連中の攻撃をしのぎ切ることは可能か」


 少しばかり焦燥を含んだ南雲長官の問いに、源田航空甲参謀は装飾を省き端的に答える。


 「まず、一航艦は電波封止を解除するとともに電探を稼働させていますから、奇襲される心配はありません。それと、直掩については五航戦の『翔鶴』と『瑞鶴』、それに六航戦の『神鶴』と『天鶴』にそれぞれ一個中隊、合わせて四八機の零戦がその任にあたっています。

 それら搭乗員はそのいずれもが航空管制を用いた戦技を修めています。敵の空母が二隻であれば十分に撃退は可能でしょう」


 源田航空甲参謀の分析に南雲長官は今度は安堵の色を浮かべる。

 その時、通信参謀の小野少佐が艦橋に駆け込んできた。

 表情は喜色で満たされている。

 南雲長官が小さく首肯し、小野通信参謀が電文用紙を読み上げる。


 「トラ・トラ・トラ ワレ奇襲ニ成功セリであります!」

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