第76話 夜間防空水上機

 「敵編隊探知、方位一三五度。距離一〇〇キロ、機数およそ一〇〇!」


 レーダーオペレーターの叫び声のような報告が、第一遊撃部隊の旗艦を務めるイタリア戦艦「ローマ」の艦橋内に響く。

 それからさほど間を置かずに、こんどは戦闘機械が奏でる爆音が「ローマ」の頭上を通過する。

 日本の巡洋艦の艦載機が迫りくる敵編隊の迎撃に向かったのだ。


 (さすがに実戦経験豊富な連中は素早い)


 第一遊撃部隊を指揮するベルガミーニ提督は胸中で日本海軍の対応を称賛する。


 米軍が水上打撃艦艇だけではなく、航空機もまた用いてくることは戦前から予想されていた。

 一二隻の戦艦を擁する日独伊連合艦隊に対し、二隻の「アイオワ」級戦艦と同じく二隻の「アラスカ」級大型巡洋艦以外に有力な水上打撃艦艇を持たない米軍は、その戦力差を埋めるための手段として航空機を投入してくることは十中八九間違いない。

 そして、敵が航空機をぶつけてくるのであれば、こちらもまた航空機をぶつけるのが最適解だ。


 ベルガミーニ提督は敵機を迎え撃つべく、南東の空に消えていった機体の戦歴を思い起こす。

 瑞雲と呼ばれるそれは、水上偵察機なのにもかかわらず一年前のミッドウェー島を巡る戦いにおいて先陣を切り、そして同島に展開する米航空隊に大打撃を与えて日本軍の勝利に貢献したのだという。

 同海戦で日本の海軍は一六隻の空母とそれに八隻の新型戦艦を含む一二〇隻もの艦艇を沈めて世界を驚嘆させた。


 (ミッドウェー海戦におけるバトルレポートは読んだが、まさにニンジャのように忍び寄り、そしてサムライのごとく相手を斬り伏せた。彼らだけは絶対に敵に回したくはないものだな)


 日本軍に厚い信頼を寄せつつも、しかしベルガミーニ提督に油断は無い。

 対空戦闘準備を下令し、敵機の来襲に備える。

 日本の巡洋艦から発進した瑞雲は四六機。

 敵の半分にも満たないのだから、すべての機体を阻止するのはまず不可能だろう。






 敵の夜間攻撃隊の迎撃に発進した瑞雲はそのいずれもが二二型の夜戦仕様で固められていた。

 瑞雲の最新型の二二型は誉発動機を新たに搭載している。

 その誉発動機は一九五〇馬力を発揮し、一一型が搭載していた金星発動機に比べて五割も出力がアップしていた。

 このことで、二二型は従来型に比べて速度性能ならびに運動性能が劇的に向上している。

 機上レーダーならびに武装強化によって重量や空気抵抗が増大した夜戦仕様でさえ、その速力は時速五〇〇キロ近くにまで達するのだ。


 それと、夜戦仕様の瑞雲は機上レーダー以外にも敵味方識別装置を装備し、無線電話も遠方までクリアな声が通る高性能なものを搭載している。

 さらに、二丁だった二〇ミリ機銃は四丁に増強され、単位時間当たりの打撃力は戦闘機と同等のものを持つに至っている。

 また、爆弾搭載量も増え、通常型で五〇〇キロ、夜戦型のほうは二五〇キロまでその装備が可能だった。

 そして今回、四六機の瑞雲は両翼にそれぞれ一発の「奮龍二型」を懸吊していた。


 その瑞雲の機上レーダーが敵機を捉え、次に夜間視力に長けた搭乗員の目が闇に溶け込むようなゴマ粒を認める。

 瑞雲の搭乗員たちは出し惜しみ無用とばかりに、有効射程圏に敵機が飛び込んでくるのと同時に「奮龍二型」を解き放つ。


 狙われたのはオアフ島から出撃したA26インベーダー攻撃機だった。

 機首や主翼に多数の一二・七ミリ機銃を装備するハリネズミのようなA26も、しかしその射程外から「奮龍二型」を撃ち込まれてはどうしようもない。

 さらに、視界の悪い夜間ということもあって、A26の搭乗員は致命的なまでに「奮龍二型」の発見が遅れる。

 このことで、回避のためのリアクションタイムを確保するこが出来ず、多くのA26はまともに「奮龍二型」の洗礼を浴びることになった。

 ただ、A26は他の米機の例に漏れず、機体が頑丈なこともあり撃墜されたのは一〇八機のうちの二六機にとどまった。

 しかし、撃墜こそされなかったものの、一方で三四機が飛行困難になるほどのダメージを被っていた。

 これら機体は魚雷を投棄したうえでオアフ島に取って返さざるを得なかった。


 奇襲にも等しい「奮龍二型」の攻撃を受けて、なお生き残ったA26は日独伊連合艦隊に急迫する。

 そのA26に追いすがるべく瑞雲が誉発動機にムチを入れる。

 本来であれば、六〇〇キロ近い速力を発揮できるA26に瑞雲が追いつける道理は無い。

 しかし、腹に重量物の魚雷を、しかもそれを二本も抱えていては速力も運動性能もがた落ちになるのはA26といえども避けられない。


 身重のA26に瑞雲は容赦しない。

 機上レーダーで捉えたA26に忍び寄り、両翼から四条の太い火箭を吐き出していく。

 一方、攻撃されるA26からすればたまったものではない。

 それこそ真夜中に無数の通り魔に囲まれるようなものだ。

 もちろん、A26もまた十数丁に及ぶ一二・七ミリ機銃を振りかざして反撃に努めるが、しかし暗闇の中から突然現れては一連射をかましてすぐにまた闇に溶け込んでいく瑞雲に対して有効打を浴びせることが出来ない。


 受信機越しに次々に飛び込んでくる部下たちの罵声や断末魔の悲鳴を聞きながら、攻撃隊指揮官は自分たちを襲っている機体が瑞雲であることを看破している。

 同時に攻撃隊指揮官はここにP61ブラックウィドウがいてくれればという思いにも囚われている。

 そのP61は部隊配備が始まって間もない最新鋭の夜間戦闘機で、強力な武装と優秀なレーダーを備えている。

 オアフ島にもP61が七二機配備されていたが、しかしこれら機体はすべて同島の上空警戒任務にあたっていた。

 ハワイ方面陸軍司令部は、なによりも瑞雲による夜間奇襲攻撃を警戒していたからだ。

 もし、再び瑞雲による攻撃を許せば、それこそミッドウェー海戦の二の舞になりかねない。

 それに、高速強武装のA26であれば、昼間はともかく夜間であれば戦闘機の護衛を付けずとも大丈夫だという判断もあった。


 しかし、日本軍はこちらの裏をかき、攻撃兵器だとばかり思っていた瑞雲を逆に艦隊を守るための防御兵器として投入してきた。

 一方、自分たちはこの時代において、鈍重な水上機を艦隊防空に使用するなど想像すらしていなかった。

 そして、その思い込みを突かれた。

 明らかに用兵の、そしてインテリジェンスの敗北だった。


 (もはや、これまでだな)


 一〇八機あったはずのA26も最初のロケット弾の攻撃で半数以上が撃墜破され、残った機体も度重なる瑞雲の銃撃によって危険なまでにその数を減じている。

 これ以上の進撃は部下を無為に死なせる愚行と同義だった。


 だがしかし、攻撃隊指揮官は撤退命令を出せなかった。

 命令を出す直前に瑞雲が放った二〇ミリ弾が、彼の乗る機体の爆弾倉を直撃し、そこにあった魚雷を誘爆させたからだ。

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