第61話 掃滅の砲雷撃戦

 第三次攻撃隊を発進させると同時に、全体指揮を執る小沢中将は残された最後の手札も切っていた。

 水上打撃部隊である第七艦隊、そして第一艦隊と第二艦隊それに第三艦隊ならびに第四艦隊の四個機動部隊から抽出された水上打撃艦艇がその決戦兵力だ。


 このうち第一艦隊と第二艦隊それに第三艦隊ならびに第四艦隊は甲一から甲四までの敵機動部隊の残存艦艇の撃滅をその目標としている。

 これら敵機動部隊の残存艦艇に戦艦は含まれておらず、そのうえほとんどの巡洋艦や駆逐艦が「響龍二型」を被弾しており、無傷を保っている艦はほんの数えるほどでしかない。

 だから、敵機動部隊の残存艦艇は数こそ多いものの、しかし実際の戦闘力はそれほど大きいものではなかった。


 一方、第七艦隊のほうは戦力を二分して乙一ならびに乙二と呼称される敵水上打撃部隊の生き残った艦艇を相手どることにしている。

 兵法において戦力の分散は禁忌とされているが、しかし米軍の戦艦がすべて無力化されたことで問題になるようなことはなかった。

 友軍空母の護衛については、各艦隊ともに六隻の「秋月」型駆逐艦がその任にあたることにしている。



 第一艦隊

 戦艦「大和」

 重巡「青葉」

 駆逐艦「朝潮」「満潮」「荒潮」「霞」


 第二艦隊

 戦艦「武蔵」

 重巡「衣笠」

 駆逐艦「朝雲」「山雲」「峯雲」「霰」


 第三艦隊

 戦艦「金剛」

 重巡「古鷹」

 駆逐艦「海風」「江風」「涼風」「五月雨」


 第四艦隊

 戦艦「榛名」

 重巡「加古」

 駆逐艦「白露」「時雨」「村雨」「春雨」


 第七艦隊(第一遊撃部隊)

 戦艦「比叡」

 重巡「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」「利根」「筑摩」

 駆逐艦「雪風」「天津風」「初風」「時津風」「浦風」「磯風」


 第七艦隊(第二遊撃部隊)

 戦艦「霧島」

 重巡「愛宕」「高雄」「摩耶」「妙高」「羽黒」「那智」

 駆逐艦「浜風」「谷風」「黒潮」「親潮」「陽炎」「不知火」



 これら六群からなる水上打撃部隊は、それぞれ夜明け直後に自身が目標とする敵艦隊を捕捉していた。

 水上打撃部隊の頭上に零戦が鉄壁の防空網を提供し、さらに多数の一式艦攻が水中からの刺客に目を光らせている。


 「巡洋艦三、駆逐艦五、貴隊に向かう。また、巡洋艦一、駆逐艦六が避退中」


 接触任務にあたる一式艦偵からの報告に、第七艦隊司令長官であり第一遊撃部隊を直率する伊藤中将は脳内で算盤を弾く。

 乙一と呼ばれる艦隊は、戦前にはそれぞれ四隻の戦艦と巡洋艦、それに一六隻の駆逐艦を擁する強力な水上打撃部隊だった。

 しかし、友軍艦上機隊の二次にわたる攻撃ですべての戦艦と三割を超える駆逐艦を「赤龍一型」や「響龍二型」によって撃沈された。

 生き残った艦もそのほとんどが「響龍二型」を被弾した痕跡を艦上にとどめており、無傷の艦は巡洋艦が一隻に駆逐艦が二隻にしか過ぎない。

 残る五隻は「響龍二型」の当たり所が良くていまだに戦闘力や機動力をそれなりに残している艦だろう。

 そして避退中の七隻はダメージが大きく、戦闘に耐えられる状況には無いと思われた。


 「『比叡』ならびに七戦隊、目標敵巡洋艦。八戦隊ならびに水雷戦隊、目標敵駆逐艦。砲撃開始の時宜は艦長ならびに砲術長にこれを一任する」


 こちらに立ち向かってくる三隻の敵巡洋艦に対しては高速戦艦の「比叡」それに四隻の「最上」型重巡がこれを相手どり、五隻の敵駆逐艦には二隻の「利根」型重巡とそれに六隻の「陽炎」型駆逐艦が対応する。


 これに対し、米巡洋艦は三隻ともに「比叡」を狙う動きを見せる。

 敵の最大脅威から排除していくのは集団戦のセオリーだ。

 三六センチ砲を装備する「比叡」を放置して、他の巡洋艦や駆逐艦にその砲門を向けるのはあまりにも危険だった。


 砲撃は第一遊撃部隊のほうが早かった。

 観測機が使い放題のこの状況を生かさない手はない。

 相手との距離が二五〇〇〇メートルを切った時点で各砲塔の一番砲が傲然と火を噴き、四発の三六センチ砲弾が「比叡」から放たれる。

 「比叡」にわずかに遅れて「熊野」と「鈴谷」それに「最上」と「三隈」も砲撃を開始する。


 一方、狙われた側の三隻の米巡洋艦は、そのいずれもが「クリーブランド」級軽巡だった。

 同級が装備する四七口径六インチ砲は最大射程が二四〇〇〇メートルに届かず、そのことで一気に距離を詰めにかかる。

 アウトレンジで一方的に叩かれることは、彼らとしてはこれを絶対に避けねばならない。


 彼我の距離が詰まるほどに日本側の射撃がその精度を増していく。

 三隻の米軽巡が砲撃を開始したのと「比叡」が目標とした一番艦に対して挟叉を得たのはほぼ同時だった。

 戦争が始まって以降、ドイツから提供された光学測距儀やそれにイギリスからもたらされた照準レーダーによって「比叡」の射撃管制システムは開戦時とは比べものにならないくらいにその性能を向上させている。


 ドイツと英国のテクノロジー、それに日本人のテクニックが融合される中、「比叡」が放った最初の斉射が敵一番艦を捉える。

 七本の水柱が立ち上ると同時に、艦の中央部に爆煙がわきあがる。

 「クリーブランド」級軽巡は巡洋艦としては優秀な防御力を誇るが、しかし戦艦の砲弾を弾き返すほどではない。

 機関室に飛び込んだ六七〇キロに達する重量砲弾は、ただの一撃で主機と主缶の半数を使用不能に陥れる。


 一気に速力を衰えさせた一番艦に対し、衝突を避けるべく二番艦と三番艦が取舵を切る。

 その二番艦と三番艦もまた艦のそこかしこから煙を吐き出している。

 性能面では決して「最上」型重巡に引けを取らない「クリーブランド」級軽巡も、しかし二倍の数の相手を、しかもそれらを無視して「比叡」ばかり狙い撃っていれば一方的にやられてしまうのは当たり前だ。


 「比叡」と第七戦隊が勝勢を確実にしたのとほぼ同時刻、第八戦隊と水雷戦隊もまた米駆逐艦部隊を撃滅している。

 五隻の米駆逐艦はそのいずれもが最新鋭の「フレッチャー」級で固めていたが、しかしその程度の数で二隻の重巡とそれに六隻の「陽炎」型駆逐艦を相手どるのはあまりにも無謀だった。

 遠めから「利根」と「筑摩」の二〇センチ砲に散々に打ち据えられ、さらに四八線からなる酸素魚雷の包囲網に自ら飛び込んでしまってはどうにもならない。

 五隻の「フレッチャー」級駆逐艦は「利根」と「筑摩」にわずかに手傷を負わせただけで、そのすべてが撃沈されてしまった。


 邪魔者を一掃した第一遊撃部隊は、自分たちから逃れようとする満身創痍の一隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦にその矛先を向ける。

 一隻も見逃すつもりはない。

 「赤龍一型」それに「響龍二型」の目撃者はすべてこの場で始末しておく必要があった。

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