第34話 オーバーキル

 「一〇機あまりの編隊が二群、さらにやや遅れて一〇機ほどの編隊、貴方に向かう。敵の迎撃戦闘機と思われる。高度はこちらと同じかやや上」


 先行偵察の任にあたっている一式艦偵からの緊急報に、「翔鶴」と「瑞鶴」それに「神鶴」と「天鶴」に所属する零戦が高度を上げつつ前進していく。

 「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」の零戦隊は一式艦攻のそばから離れず、絶対防衛の構えを維持する。


 第二航空艦隊から発進した第一次攻撃隊は案の定というか、東洋艦隊を視認しないうちから敵戦闘機の迎撃を受けた。

 機首が先細りとなっていることから、液冷発動機を搭載するシーハリケーンかあるいはシーファイアのいずれかだろう。

 機首の太い零戦と先細りの英戦闘機がインド洋の上空で混交する。

 零戦のほうが数的有利を確保してはいるものの、しかし相手は世界最強との呼び声も高いドイツ空軍を向こうに回しての激闘を生き延びてきた猛者たちだ。

 その多くが初陣だった米機動部隊の戦闘機搭乗員と同一視は出来ない。

 少なくない敵戦闘機が零戦の防衛網を突破してこちらに向かってくるのではないか。


 第一次攻撃隊指揮官で「加賀」飛行隊長の橋口少佐はそのような心配をしていたが、しかしそれは杞憂だったようだ。

 自分たちを守ってくれている「加賀」と「蒼龍」それに「飛龍」戦闘機隊に目立った動きは無いから、五航戦と六航戦の零戦隊は英戦闘機隊を相手に少なくとも互角以上の戦いに持ち込んでいるのだろう。


 日英戦闘機隊がしのぎを削る戦闘空域を離れてしばし、第一次攻撃隊の搭乗員たちはその視界に二つの艦隊を捉えた。

 両艦隊ともにその舳先を西へと向けている。

 二航艦から距離を置こうとしているのだ。


 (奇襲、つまりは夜間雷撃を仕掛けるつもりがその前に自らの位置を暴露してしまったので、慌てて逃げだしているといった状況か)


 そのように判断しつつ、橋口少佐は二隻の空母を擁する機動部隊へと部下たちを誘う。


 「攻撃は奮龍隊から行う。五航戦が最初で次に六航戦、さらに二航戦と続き最後は一航戦とする。五航戦は小隊ごとに駆逐艦を狙え。六航戦は中隊ごとに巡洋艦を目標とせよ。二航戦は空母、そして一航戦は戦艦を叩く。

 雷撃隊のほうは楠美少佐の指示に従え」


 橋口少佐が命令を終えるのが早いか、「翔鶴」隊それに「瑞鶴」隊が小隊ごとに分かれ、英駆逐艦にその機首を向ける。

 狙われた側の英駆逐艦は一式艦攻に向けて主砲を撃ちかけるが、正確性も弾幕密度もてんでお話にならない。

 対艦戦闘のみならず対空戦闘も見据えた両用砲を装備する米駆逐艦と違って英駆逐艦の主砲は平射砲だから、ただ上に向けて撃っているだけのようなものだ。

 「翔鶴」それに「瑞鶴」の一八機の一式艦攻は一機も損なわれることなく、全機が「奮龍一型」の発射に成功する。


 ブリスベン沖海戦では飛翔途中にトラブルを起こし、少なくない「奮龍一型」が敵艦を捉える前に脱落してしまった。

 そのことを重大視した帝国海軍上層部は可及的速やかに問題点の洗い出しを技術部門に命じた。

 しかし、ブリスベン沖海戦からさほど間が経っておらず、徹底的な対策を講じるまでには至らなかった。


 一八本発射されたうちの四本が無線の送受信機構かあるいは推進機構にトラブルが生じて後落する。

 しかし、残る一四本のうちの一二本までが命中、英駆逐艦の甲板やあるいは舷側に次々に突き込まれていった。

 少ない艦でも一発、中には全弾命中した艦もあった。


 すべての駆逐艦が撃破されたことで輪形陣にほころびが生じる。

 その間隙を縫って「神鶴」隊と「天鶴」隊が二隻の巡洋艦に迫る。

 狙われたのは「コーンウォール」ならびに「ドーセットシャー」だった。

 両艦ともに軍縮時代に建造された、二〇センチ砲を八門装備する一般的な重巡洋艦だ。

 二隻の重巡は駆逐艦とは比べ物にならない対空能力を持つが、しかし発射前に仕留めた一式艦攻は一機も無く、「ドーセットシャー」が「奮龍一型」を誘導中の機体をわずかに一機撃墜するのがやっとだった。


 駆逐艦の三倍の数の一式艦攻に狙われた二隻の重巡は、ごく短時間のうちに多数の「奮龍一型」を突き込まれる。

 「コーンウォール」は六発、「ドーセットシャー」は五発を食らった。

 被弾個所は両艦ともに煙突周辺に集中した。

 煙突の下には艦の動力源であるボイラーが存在する。

 一万トン程度の巡洋艦が艦の心臓部とも言うべき枢要部に、しかも三〇〇キロの炸薬を内包した一トン近い弾体を集中して突き込まれれば、さすがにもたない。

 ボイラー爆発が惹起するような究極の不運こそ無かったものの、しかし「コーンウォール」と「ドーセットシャー」が致命傷を被ったことは間違いなかった。


 五航戦それに六航戦の攻撃が終わるのを待っていた二航戦の「蒼龍」隊ならびに「飛龍」隊はそれぞれ「インドミタブル」それに「フォーミダブル」に狙いを定める。

 発射前に「蒼龍」八番機が高角砲弾の至近爆発によって撃墜されるが、しかしそれが英空母の限界だった。

 二航戦が放った一七本の「奮龍一型」のうち三本がトラブルで脱落する。

 しかし、残る一四本のうちの一一本が二隻の英空母を捉える。

 「奮龍一型」はそのいずれもが右舷側に叩き込まれ、しかもそのほとんどが艦中央部にそびえ立つ艦橋かあるいはその下の舷側に集中した。

 飛行甲板と違って装甲など無きに等しい艦橋に何本もの「奮龍一型」を食らってはたまらない。

 艦橋は崩れ落ち、アイランド型空母だったはずの「インドミタブル」と「フォーミダブル」は平甲板型空母に即席チェンジしてしまう。


 他隊の攻撃が終了すると同時に橋口少佐が直率する「加賀」隊がいまだ無傷を保っている戦艦に向けて襲撃機動に転じる。

 一般的に戦艦は巡洋艦や駆逐艦に比べて対空火器が充実している。

 眼下の戦艦もまたその例外ではなく、「加賀」六番機が「奮龍一型」を発射する前に高角砲弾の危害半径に捉えられてインド洋の空に散華する。

 しかし、残った八機の一式艦攻はたいして臆した様子もなく次々に「奮龍一型」を放つ。


 二本が機械トラブルで脱落したものの、しかし残る六本はそのことごとくが煙突周辺に相次いで飛び込んでいく。

 もちろん、二隻の重巡と同様に、「加賀」搭乗員がわざと狙ったものだ。

 爆発が連続し、それが終わるとともに戦艦は猛煙を吐きだしつつ一気に速力を衰えさせた。

 そこへ、楠美少佐が指揮する雷撃隊が迫る。


 「奮龍一型」の猛攻によって六隻あった駆逐艦のうち三発を被弾した二隻は海面下に引きずり込まれつつあり、一発乃至二発を被弾した四隻も海面を這うかあるいは洋上停止している。

 二隻の巡洋艦は煙によって視認できない状況だが、しかし助からないことは一目瞭然だ。

 二隻の空母は艦の神経が集中する艦橋を爆砕され、長大な煙の尾を曳きつつただ直進するだけの的となり果てている。

 戦艦もまた這うように進むだけであり、相当な深手を負っていることは間違いなかった。


 (満身創痍の主力艦が三隻に半身不随の駆逐艦が四隻か。手練れが駆る六三機の雷装艦攻がよもや仕損じることはあるまい)


 橋口少佐は胸中でそう確信する。

 彼は完全に正しかった。

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