第35話 東洋艦隊壊滅

 第二次攻撃隊が戦闘海域に到着した時点で、二つあったはずの英艦隊は一つになっていた。

 二つの艦隊が統合されたのではなく、一つの艦隊が壊滅したことは洋上に浮かんでいる艦を数えればすぐに分かった。

 迎撃機の姿は無かった。

 こちらはすでに壊滅したかあるいは迎撃戦闘に耐えられないくらいその数を減じてしまったのだろう。


 英艦隊は四隻の戦艦と一隻の空母が単縦陣を形成し、その左右を二隻の巡洋艦が警護している。

 八隻ある駆逐艦は陣形から離れバラバラになっていることから、直前まで溺者救助にあたっていたのだろう。


 「攻撃順を指示する。まず奮龍隊、しかる後に零戦隊ならびに雷撃隊が攻撃せよ。零戦隊と雷撃隊の攻撃法についてはそれぞれの指揮官の判断に任せる」


 第二次攻撃隊指揮官の嶋崎少佐はひと呼吸置き、さらに指示を重ねる。


 「奮龍隊の目標について達する。五航戦と六航戦は小隊単位で巡洋艦ならびに駆逐艦を攻撃せよ。二航戦は戦艦、一航戦は空母を狙うものとする。攻撃順もまた同様にまずは五航戦、ついで六航戦それに二航戦とし、最後が一航戦だ。各小隊長は目標が重複しないよう注意せよ」


 そう言い置いて、真っ先に嶋崎少佐が直率する「瑞鶴」第一小隊が突撃、「奮龍一型」を発射する。

 狙われたのは軽巡「ダナエ」だった。

 同艦は艦の中心線上に一五・二センチ単装砲を六基装備するなど、それなりに有力な対艦打撃能力を保持する一方で対空能力はどちらかと言えば貧弱だった。


 「瑞鶴」第一小隊は一機も損なわれることなく全機が「奮龍一型」の発射に成功、そして全弾命中という快挙を成し遂げる。

 艦齢二四年に達する小型の巡洋艦が、しかも三〇〇キロの炸薬を内包した一トン近い弾体を同時に三発も食らってはたまったものではない。

 「ダナエ」はそれこそあっという間に洋上の松明となった。


 「翔鶴」隊と「瑞鶴」隊それに「神鶴」隊と「天鶴」隊が攻撃を終えた時点で一二本の煙が立ち上っていた。

 どの小隊も最低一発の「奮龍一型」を目標に対して命中させることに成功したのだ。


 五航戦それに六航戦に続き、「蒼龍」隊と「飛龍」隊が四隻の戦艦に向けて突撃を開始する。

 さすがに、四隻の戦艦からの対空砲火は強力で、射点に到達する前に「飛龍」五番機が、さらに発射後の誘導中に同じく七番機が撃墜される。

 一方、四隻の戦艦に向かっていった一六本の「奮龍一型」のうちの一四本が命中、少ない艦で二発、中には四発食らった艦もあった。


 「加賀」隊に狙われた空母「ハーミーズ」は実に六本もの「奮龍一型」を叩き込まれる。

 基準排水量が一万トンをわずかに超える程度でしかない小型空母にこのダメージは致命的だった。


 奮龍隊が攻撃を終えると同時に零戦隊と雷撃隊が襲撃機動に遷移する。

 雷撃隊の目標は戦艦あるいは空母、零戦隊のほうは巡洋艦ならびに駆逐艦だ。


 「『翔鶴』隊一番艦、『瑞鶴』隊二番艦、『神鶴』隊三番艦、『天鶴』隊は四番艦を攻撃せよ。『加賀』隊は別命あるまで待機だ」


 そう言い置いて、雷撃隊指揮官の北島大尉は直率する「加賀」隊の部下らとともに敵対空砲火の射程圏外で戦友たちの奮闘を見守る。


 それぞれ一隻の英戦艦に対して九機の一式艦攻が突撃をかける。

 そのいずれもが、「奮龍一型」を被弾した右舷からのものだ。

 狙われた側の英戦艦も反撃の砲火を放つが、しかし「奮龍一型」を食らったせいで使用できる火器が激減していた。

 それでもなお襲撃する側の一式艦攻もまったくの無傷とはいかず、被弾機それに被撃墜機を出している。

 しかし、その数はわずかであり、ほとんどの機体が投雷に成功した。


 魚雷を投じ終えた一式艦攻はそれぞれ英戦艦の艦首や艦尾を躱し離脱を図る。

 ややあって、一番艦に二本、二番艦と四番艦に三本、そして三番艦に四本の水柱が立ち上る。

 三六機の一式艦攻が襲撃をかけて命中したのが一二本というのは少しばかり物足りない成績だが、しかし敵戦艦群に対して大打撃を与えたことは間違いなかった。


 「一小隊一番艦、二小隊二番艦、三小隊四番艦!」


 短く命令を下し、北島大尉は直率する二機の部下の機体とともに敵一番艦の右舷へとその機首を向ける。

 四本もの魚雷を、しかも片舷に同時被雷した三番艦はすでにリカバリー不能なまでにその傾斜を大きくしている。

 水雷防御に秀でた新型戦艦ならばともかく、そうではない旧式戦艦が片舷に四本もの魚雷を食らえばよほど当たり所に恵まれない限りは致命傷だ。


 英戦艦から放たれる火弾や火箭が向かってくる。

 敵も必死だ。

 しかし浸水によって艦が傾いてしまっては正確な照準など望めるはずもない。

 易々と敵戦艦の内懐に飛び込んだ「加賀」第一小隊は次々に必殺の九一式航空魚雷を投下する。

 すでに、二本被雷していることで、英戦艦の動きは同情を覚えるほどに鈍い。


 (全弾命中だな)


 そう確信した北島大尉だったが、しかし立ち上った水柱は二本だけだった。

 あるいは命中はしたが不発だったのかもしれない。

 いずれにせよ、初期型の二倍の炸薬量を持つに至った最新の九一式航空魚雷を片舷に四本も食らえば、新型戦艦でもない限り浮いていることは不可能だ。


 敵の対空砲火の射程圏を抜け、高度を上げた北島大尉は眼下の光景を見て思わず息をのむ。

 四隻あった戦艦はそのいずれもが右舷を下にして大きく傾いており、助かりそうなものは一隻もなかった。


 雷撃隊が敵戦艦に猛攻を仕掛けていた頃、零戦隊もまた敵の巡洋艦や駆逐艦に対して戦いの火蓋を切ろうとしていた。

 会敵した当初、英戦艦部隊には四隻の戦艦と一隻の空母のほかに四隻の巡洋艦それに八隻の駆逐艦の姿があった。

 しかし、奮龍隊の攻撃によって四隻の巡洋艦はすべて撃破され、そのうちの一隻は猛炎と猛煙に席巻され、助からないことは明らかだった。

 また、八隻あった駆逐艦もそのいずれもが奮龍を被弾している。

 これらのうち、一隻が魚雷あるいは爆雷に火が入ったのか大爆発を起こして轟沈、さらに三発の奮龍を被弾した別の一隻も沈みかかっている。

 いまだに浮き続けている巡洋艦や駆逐艦も、しかし多くが洋上停止し、動いているものも這うようなスピードしか出せていない。


 (残るは三隻の巡洋艦それに六隻の駆逐艦か。そして、そのいずれもが半身不随、半死半生といったところだ)


 そう考えた戦闘機隊長の志賀大尉は端的な命令を発する。


 「『翔鶴』隊と『神鶴』隊、それに『天鶴』隊はそれぞれ小隊単位で敵の残存艦艇を攻撃せよ。『翔鶴』隊は巡洋艦、『神鶴』隊ならびに『天鶴』隊は駆逐艦を狙え。

 『瑞鶴』隊ならびに『加賀』隊は待機、撃ち漏らしがあった場合に備える」


 志賀大尉がそう言うが早いか、「翔鶴」隊それに「神鶴」隊と「天鶴」隊が小隊ごとに散開、瀕死の英巡洋艦や英駆逐艦に容赦無く二五番を叩き込んでいく。

 急降下爆撃に比べて命中精度の劣る緩降下爆撃でも、しかし相手の動きが鈍ければそれなりに命中率も向上する。

 投弾前に撃墜された一機を除くすべての機体が都合三五発の二五番を英巡洋艦や英駆逐艦にお見舞いする。

 このうち命中したのは六発で、その命中率は二割に満たない。

 しかし、すでに奮龍を被弾している二隻の英巡洋艦と四隻の英駆逐艦にとってこの追加のダメージはほとんど致命傷と言ってよかかった。


 「『瑞鶴』隊は巡洋艦、『加賀』隊は駆逐艦を始末しろ! 一隻も逃すな!」


 あおるような志賀大尉の命令と同時、二四機の零戦が最後まで残った一隻の英巡洋艦と二隻の英駆逐艦に向けて降下を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る