第14話 真珠湾攻撃その後

 第一次攻撃隊それに第二次攻撃隊を収容した第一航空艦隊の八隻の空母だが、それらの艦内はそのいずれもがちょっとしたお祭り状態となっていた。

 無謀な博打ではないかとさえ囁かれていた真珠湾奇襲攻撃がものの見事に図に当たり、日本海海戦をも上回る前代未聞の戦果を挙げたからだ。


 「真珠湾攻撃に参加した各航空隊からの集計がまとまりましたので、ご報告いたします」


 メモを読み上げる航空甲参謀の源田中佐もまた、その声音に興奮の色を隠せない様子だった。


 「まず第一次攻撃隊に参加した一航戦ならびに二航戦の雷撃隊のうち、三八機は真珠湾に停泊中の戦艦に雷撃を敢行しました。この攻撃で戦艦二隻が転覆、さらに三隻を大破着底に追い込みました。

 また、敵油槽船を攻撃した村田少佐とその僚機ですが、こちらは二本ともに命中させ同油槽船を爆沈させております。さらに、同油槽船から漏れ出た油によって火災が生じ、近くにいた戦艦に少なくない損害を与えたとの報告も入っております。

 水平爆撃隊のほうは五〇発を投弾して二三発が命中、多数の戦艦を撃破し、さらにこのうちの一隻を爆発炎上させて完全破壊に成功しました。

 敵航空基地の攻撃にあたった五航戦それに六航戦は飛行場ならびに付帯施設に大損害を与え、少なくとも三〇〇機以上の敵機を地上撃破したとのことです」


 ここで一呼吸置き、源田航空参謀は報告を続ける。


 「第二次攻撃隊ですが、一航戦それに二航戦は第一次攻撃隊と同様に敵艦艇を攻撃。入渠中の戦艦に三〇発以上の二五番を浴びせ、同艦の艦上構造物を完全に破壊しました。また、近くにあった二隻の駆逐艦も同様に撃破しています。

 さらに、巡洋艦や駆逐艦を合わせて一六隻撃破、他に艦型不詳の特務艦を一隻撃沈しています。

 それと、石油タンク攻撃にあたった五航戦と港湾施設の破壊にあたった六航戦はそれぞれその目標を達成しております。中でも、五航戦が石油タンクを破壊、炎上させたことは決定的で、真珠湾は文字通り炎の海と化しました。おそらく助かった艦はほとんど無く、中でも戦艦は全滅したとみて間違いありません」


 源田航空甲参謀の言を疑う者は、一航艦司令部には誰一人としていなかった。

 戦果確認にあたっている「加賀」の一式艦偵七号機と同八号機がともに同じ報告をしてきたからだ。


 「視界不良著しく、炎に伴う乱気流のために戦果確認は不可能」

 「熱のために近づけず。猛煙によって真珠湾は夜のごとし」


 第一航空艦隊は真珠湾に停泊する太平洋艦隊の主力を潰しにきた。

 しかし、実際には太平洋艦隊ごと真珠湾を焼き尽くしたようなものだった。

 同艦隊は艦艇の損害もそうだが、将兵の損失もまた膨大な数にのぼっていることだろう。


 「一方で、損害のほうですが第一次攻撃隊は零戦二機ならびに一式艦攻七機が、第二次攻撃隊のほうは零戦四機に一式艦攻六機が未帰還となっています。

 零戦の損害のほとんどは空中戦ではなく地上銃撃の際に敵の対空砲火によって撃ち墜とされたもので、一式艦攻のほうは全機が対空砲火によるものです。

 また、機上戦死が五名、それに搭乗員としての復帰が困難な重篤な怪我を負った者が一一名にのぼっています」


 声のトーンを少し落とし源田航空甲参謀が味方の被害を報告する。

 つまり、この戦いで五〇人の搭乗員が死に、一一人が再起不能の深手を負わされた。

 単に数だけで言えば十分に許容できる数字ではあるが、しかし彼らはそのいずれもが一騎当千の熟練ばかりだ。

 大戦果を挙げるための必要経費とはいえ、それでも一航艦が負った傷は決して浅いものではない。


 「私は最低でも攻撃隊のうちの一割は失うものと覚悟していた。もちろんこちらが被った損害を軽く見ることは出来んが、しかしそれでも五二二機もの攻撃隊を繰り出しておきながら、未帰還が一九機で済んだことは僥倖以外の何物でもないと考えている」


 しみじみと話す南雲長官に、源田航空甲参謀が今さら申し上げるまでも無いことですが、と前置きしつつ自身の考えを述べる。


 「零戦それに一式艦攻がともに搭乗員保護を第一義として開発されたことが大きいと思います。各空母の飛行長の話によれば、少なくない機体が防弾タンクあるいは操縦席に被弾していたとのことです。零戦や一式艦攻に防漏タンクや自動消火装置あるいは搭乗員保護のための防弾鋼板といった装備が無ければ被害は二倍、下手をすれば数倍になっていた可能性もあります」


 源田航空甲参謀の言葉に南雲長官それに草鹿参謀長が大きくうなずく。

 南雲長官と草鹿参謀長はともにオアフ島から帰投してきた第一次攻撃隊それに第二次攻撃隊の機体を「赤城」艦橋からつぶさに観察していた。

 そしてその多くが機体に生々しい被弾痕を残し、中には胴体に大穴を開けられたり、あるいは翼が一部欠損したりしたものまであった。

 それでも、打たれ強い零戦や一式艦攻だからこそ帰還できたのであり、これが旧式の九六艦戦や九七艦攻であればひとたまりもなく撃墜されていたことは想像に難くない。


 「これからいかがいたしますか」


 草鹿参謀長が南雲長官に尋ねる。

 一航艦の中に第三次攻撃隊を出せという声は一切聞かれない。

 積極果敢な二航戦の山口少将やあるいは猛将で鳴る第三戦隊の三川中将でさえもがさらなる攻撃隊を出せと具申してこなかったのだ。

 それだけでも、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊が挙げた戦果がいかに凄まじいものだったのかが観て取れる。


 「航空甲参謀は今しばらくハワイ近傍に居座り、索敵を強化しつつ敵の空母を待ち構えたい考えだったな」


 「はい」


 南雲長官に水を向けられた源田航空甲参謀がノータイムで肯定の言葉を返す。

 確かに一航艦は大戦果を挙げた。

 しかし、一方で未だ一隻の空母も討ち取っていない。

 この事実は、航空主兵主義者の源田航空甲参謀に言葉では言い表せない座りの悪い何かを感じさせていた。


 「悪いが、その案は却下する。いるかいないか分からない相手に、遠くハワイの沖合に一航艦を張り付けておくわけにはいかんからな」


 南雲長官の判断に源田航空甲参謀は一礼して恭順の意を示す。

 確かにここは米軍のホームグラウンドであり、長居をするのは危険だ。

 下手をすれば潜水艦に足元をすくわれかねない。

 源田航空甲参謀に小さくうなずきつつ、南雲長官は新たな命令を下す。


 「これより一航艦は本土へと帰還する。それと、途中にあるミッドウェー島に対してはこれに徹底した攻撃を加える。これは連合艦隊司令長官からの命令でもある」


 幕僚たちにそう指示しつつ、南雲長官は出撃前に山本長官と差しで話しあったことを思い出している。


 「大丈夫だ、南雲君。真珠湾攻撃は必ず成功するよ。先を見通せることに長けた私の知人が太鼓判を押しているんだ。それとひとつお願いがあるんだが、真珠湾攻撃の帰路にミッドウェー島を徹底的に叩いてほしい。その際には直掩任務でオアフ島攻撃に参加できなかった者を優先的に出撃させてやってくれ。それと、可能であれば『比叡』や『利根』に同島に対して艦砲射撃を経験させてやってほしい。いささか不本意ではあるが、それでも鉄砲屋のガス抜きは大事だからね」

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