第44話 第四次攻撃隊

 第一次攻撃隊それに第二次攻撃隊が大戦果を挙げて戻ってきた。

 第一次攻撃隊は迎撃に現れた敵戦闘機を蹴散らし、第二次攻撃隊は英米の駆逐艦をすべて撃破、さらにそれらのうちの少なくないものが海底へとその身を沈めたとのことだ。

 そして、第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊の収容が終わった後、航空戦の指揮を執る南雲長官は第三次攻撃隊を出撃させた。

 それらは、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊が出撃している間、艦隊防空を担当していた二一六機の零戦とそれに先行偵察や空戦指揮といった情報支援の任にあたる四機の一式艦偵だった。


 一方、第三次攻撃隊について、これを戦爆連合だと判断した英米艦隊は零戦との激闘を生き延びてなお稼働状態にあったF4Fワイルドキャットそれにマートレットを発進させる。

 しかし、寡兵の彼らは圧倒的多数の零戦によって袋叩きに遭い、その戦力を完全に失うことになった。


 第三次攻撃隊を出した後、南雲長官は第一次攻撃それに第二次攻撃に参加した機体のうちで、即時再使用が可能なもので第四次攻撃隊を編成するよう命じた。

 一式艦攻のほうは遠めからの攻撃が可能な「奮龍一型」を使用し、しかも艦隊外周に展開する駆逐艦を狙ったのにもかかわらず被弾機が続出していた。

 一式艦攻は「奮龍一型」を操縦するために定高度定速でしかも直線飛行を強いられるから、いくら距離があったとしてもそれなりに被弾する機体が出てしまうのは仕方が無いことだった。

 このため、未帰還機が少なかったのにもかかわらず、第四次攻撃に参加出来た機体は当初の四割以下の八五機となっていた。


 一方、零戦のほうは一式艦攻に比べればずいぶんとマシで、当初の六割近い二二一機が使用可能だった。

 このうち、万一に備えて各空母に一個小隊を残したことによって出撃した零戦は一五三機となった。

 二三八機からなる第四次攻撃隊の指揮は、第二次攻撃隊の指揮官だった淵田中佐が引き続きこれを執ることとなった。


 「第三艦隊は先頭、第四艦隊は中央、第五艦隊は最後尾を行く空母を狙え。第四艦隊ならびに第五艦隊の攻撃法はそれぞれの最先任指揮官に任せる」


 第四次攻撃隊の一式艦攻が狙うのは三隻の米空母だ。

 主力艦については他にも四隻の英空母や八隻の戦艦があるが、しかし南雲長官をはじめとした第三艦隊司令部はこれまでの経験から米空母こそを最優先で叩いておくべきだと判断していた。


 「奮龍隊の目標を指示する。『隼鷹』隊ならびに『飛鷹』隊は巡洋艦、『赤城』隊は空母を狙え。雷撃隊は村田少佐の指示に従え」


 第三艦隊の一式艦攻は二四機しかない。

 第四艦隊や第五艦隊が三〇機以上なのに対して第三艦隊の一式艦攻が少ないのは第二次攻撃における「赤城」隊と「加賀」隊の目標が米戦艦部隊だったからだ。

 英米艦隊の中で最大の対空火力を誇る米戦艦部隊を攻撃したことで、「赤城」隊と「加賀」隊は他隊に対してより多くの被弾損傷機を出してしまった。

 本来、第四次攻撃は各空母ともに一個小隊は奮龍を搭載して出撃するはずだった。

 しかし、それだと雷撃機の数が少なくなり過ぎてしまう。

 このため、「加賀」隊についてはすべての機体が魚雷を装備して出撃していた。


 第三艦隊が狙う乙一は、当初は空母の周囲を二隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦が固める堂々たる機動部隊だった。

 しかし、今では空母の左右にそれぞれ巡洋艦が随伴するのみとなっている。


 九機の一式艦攻がそれらに急迫する。

 三隻に減ったとはいえ、米空母と米巡洋艦から吐き出される火弾や火箭の量は尋常ではない。

 「奮龍一型」を放つ前に「隼鷹」隊の一機が高角砲弾の至近爆発によって文字通り吹き飛ばされる。

 八機に減った一式艦攻は、しかし一切の乱れもなく「奮龍一型」を発射する。

 途中、機械トラブルで一本が脱落し、さらに一本が対空砲火によって撃破される。

 しかし、残る六本はそのすべてが米空母かあるいは米巡洋艦に命中、三〇〇キロにも及ぶ炸薬の爆発威力を解放する。


 それぞれ二本ずつの「奮龍一型」を撃ち込まれた米空母と米巡洋艦は被弾個所から盛大に煙を吐き出す。

 さすがに駆逐艦と違って航行不能に陥る艦は無かったものの、それでも相当なダメージを与えたことは、一気に衰えた対空砲火を見ても明らかだった。


 そこへ、村田少佐が指揮する雷撃隊が攻撃を仕掛ける。

 左から八機、右から七機の絵に描いたような挟撃だ。

 「奮龍一型」を被弾した右舷から迫った一式艦攻で撃墜された機体は無かったが、しかし無傷の左舷から突撃をかけたほうは投雷前に一機、さらに投雷直後にも同じく一機が機関砲弾や機銃弾を浴びて撃墜されてしまった。


 理想的な挟撃のもとで熟練搭乗員が放った一四本の魚雷。

 狙われた米空母は必死の回頭でこれを躱そうとするが、しかしそのようなことは神の操艦技術をもってしても不可能だ。

 右舷に三本、左舷に二本の水柱が立ち上る。


 (五本か。ぎりぎり撃沈と言いたいところだが、相手は被害応急に優れた米海軍の空母だ。しばらく様子見が必要だな)


 そう考える淵田中佐のもとに、第四艦隊それに第五艦隊の航空隊指揮官から戦果報告が相次いで届けられてくる。


 「『翔鶴』隊ならびに『瑞鶴』隊と『飛龍』隊の攻撃終了。『ホーネット』乃至『ワスプ』と思しき空母に魚雷七本命中、撃沈確実。さらに、巡洋艦二隻を撃破」


 「『神鶴』隊と『天鶴』隊それに『蒼龍』隊の攻撃終了。『レンジャー』に魚雷六本命中、撃沈確実。また、二隻の巡洋艦を撃破」


 第三艦隊に比べて戦力が大きい第四艦隊と第五艦隊は見事に空母を撃沈した。

 これで米海軍は戦前に整備した七隻の正規空母をすべて撃沈破されたことになる。

 その米海軍は、早ければ今年の年末かあるいは来年初めに新型正規空母が竣工するという話だ。

 しかし、ここまで手ひどくやられてしまっては、新しい機動部隊を再生するのは人材ひとつとっても相当に困難だろう。


 第四艦隊それに第五艦隊に続いて零戦隊が挙げた戦果も次々に飛び込んでくる。

 一五三機の零戦はそのすべての機体が腹に二五番を抱えて出撃していた。

 そして、それら零戦は傷ついた英米の駆逐艦にとどめを刺すのが任務だった。

 駆逐艦は的としては小さいが、しかしいずれの艦も「奮龍一型」によって大きく機動力と対空火力を減殺されているから、爆撃するのにさほど困難を覚える相手でも無かった。

 小隊ごとに散開した零戦はそれこそ満身創痍、半死半生の英米の駆逐艦に容赦無い緩降下爆撃を敢行した。


 「駆逐艦二三隻にとどめを刺した。そして、現在洋上に浮かんでいるのは二〇隻のみということか」


 戦闘開始時、英米の駆逐艦は六六隻だったから、その七割近くを撃沈したということになる。


 (艦上機を失った空母も、そして駆逐艦の援護を受けられない戦艦や巡洋艦もたいした脅威ではない。この戦い、間違いなく日本側の勝利だ。あと、残る問題は上層部がどこまで戦果拡大を図るつもりでいるかだな)


 英空母や米新型戦艦、それに傷ついた駆逐艦など、今すぐにでも始末しておきたい標的は依然として残っている。


 (まあ、下々の人間があれこれ考えても仕方あるまい)


 そう考え、淵田中佐は眼下を見下ろす。

 自分たちが攻撃した空母、その喫水が見る見るうちに深くなっていくのが分かる。

 いかにダメージコントロールに優れた米空母といえども、同時に五本もの魚雷を食らっては、さすがに助かる術は無かったのだ。


 目標の撃沈を確信し、淵田中佐は「赤城」に帰投するよう操縦員に命令する。

 同時に機体の周囲を確認する。

 三隻の米空母を撃沈したとはいえ、まだ四隻の英空母が残っている。

 そこに一機でも戦闘機が残っていれば、いつ襲撃されてもおかしくない。

 一瞬の油断で欧州の空に散るなど、まっぴらごめんだった。

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