第45話 英日指揮官

 英艦隊と米艦隊は四波にわたる日本の艦上機の攻撃を受け、大損害を被った。

 六六隻あった駆逐艦はそのすべてが撃破され、そのうちの七割が沈没している。

 また、空母艦上機隊のうち、そのほとんどを占めていた戦闘機隊はすでに壊滅しており、残るのは索敵や対潜哨戒にあたるわずかばかりの急降下爆撃や雷撃機のみとなってしまった。


 近代海戦に絶必の防空戦力や対潜戦力の要を失った英艦隊と米艦隊だが、しかし彼らの対応は真逆のものだった。

 米艦隊のほうは溺者を救助し、さらに損傷駆逐艦を処分して西方へと避退を開始した。

 米艦隊にはまだ二隻の新型戦艦と一〇隻の巡洋艦が残されていたが、しかしこれらの中で無傷を保っているものは半数にしか過ぎない。

 このような状況を鑑みれば、撤退は妥当な判断だと言えた。


 一方、英艦隊のほうは戦闘を継続する意志を見せていた。

 もし、ここで日本の艦隊、特に機動部隊を阻止できなければ、それは英国の破滅を意味する。

 大西洋に侵入した日本の機動部隊がそのまま英国周辺海域で海上封鎖戦を実施すれば、英商船はそれこそ片っ端から沈められてしまうだろう。

 資源の多くを海外からの輸入に頼る英国にとって、海上交通線の遮断は死刑宣告も同然だった。


 (まだ、こちらには六隻の戦艦と一二隻の巡洋艦が残っている。これらで突撃をかければ、日本の艦隊にそれなりの傷を負わせることは可能だ)


 米艦隊の脱落にいささかばかりの失望を覚えつつ、しかしそれでもカニンガム提督は胸中で闘志を高める。

 日本の艦隊は戦艦を一〇隻も擁しているが、しかしその数に幻惑される必要は無い。

 「扶桑」型と「伊勢」型は明らかに欠陥品だし、「金剛」型は元が巡洋戦艦というひ弱な艦だ。

 脅威なのは「長門」と「陸奥」の二隻にしか過ぎない。


 (六隻の戦艦で敵の水上打撃部隊を拘束、その間に一二隻の巡洋艦が敵機動部隊に殴り込みをかける。他に方法は無い)


 日本の水上打撃部隊の戦力は一〇隻の戦艦の他に同じく一〇隻程度の巡洋艦、それに十数隻の駆逐艦と見積もられている。

 六隻の戦艦でこれらを相手どる以上、こちらは壊滅的ダメージを被ることは間違いない。

 下手をすれば全滅もありえた。


 (だが、断じてこれをやらねばならん。もし、ここで我々が引き下がるようなことがあれば、それこそ母国の破滅だ)


 結論に至ったカニンガム提督は非情とも言える決断を下す。


 「自力航行が不可能となった駆逐艦はすべて自沈処分せよ。各空母は溺者救助にあたれ。それが完了次第、速やかに本国へと帰投せよ。

 それと、高速部隊と低速部隊を集結させよ。部隊を再編制する」


 カニンガム提督の命令に、幕僚たちはすぐに彼の意図を察する。

 自分たちはこれから、生還が期しがたい片道攻撃に向かうのだと。

 しかし、それでも異を唱える者は誰一人としていなかった。






 「ここまでやられて、なお諦めないと言うのか」


 二つの英艦隊が集結、隊列を整え直したうえでこちらに向けて進撃を開始した。

 その報せに、第二艦隊司令長官の近藤中将は呆れとともに畏怖と敬意がないまぜになった感情がわき上がってくるのを自覚する。


 国家の危急に際しては、その命を投げ出すことも厭わないと語る軍人は多い。

 というか、それが多数派だろう。

 しかし、言うは易く行うは難し、だ。

 しかもそれが個人ではなく艦隊であればなおのことだろう。

 六隻の戦艦と一二隻の巡洋艦を擁する艦隊であれば最低でも一万五千人、多ければ二万人を超える将兵を抱えているかもしれない。


 近藤長官は思わず考えてしまう。

 もし、逆の立場だったとして、部下たちは十死零生の突撃命令に従ってくれるのだろうかと。

 だが、すぐにそういった想念を思考の片隅に追いやり、近藤長官は意識を現実に戻す。


 「敵艦隊が現在の速度を保ったとして、我々と接触するのはいつになる」


 近藤長官の問いかけを予想していたのだろう。

 航海参謀が夜明け二時間前だと即答する。


 「ならば、我々は敵との接触が日の出の後になるよう、迎撃すると見せかけつつ微速で後退を続けよう」


 従来、帝国海軍のお家芸と言えば夜戦だった。

 優勢な米軍に対して数的劣勢を強いられていた帝国海軍は、夜の闇にその活路を求めていたからだ。

 そのために、特殊な訓練を施した夜間見張り員を多数擁していた時代もあった。

 だがしかし、科学の進歩が、人の目を遥かに上回る電波の目が、闇が持つ価値を大暴落させた。

 むしろ、現在では電子戦技術にアドバンテージを持つ英側のほうに利をもたらしているくらいだった。


 「夜間雷撃についてはどう考える」


 近藤長官は今度は航空参謀に向き直り、端的な問いかけを発する。


 今から二年近く前、英空母「イラストリアス」はイタリア海軍の一大拠点であるタラントを空襲、わずか一隻の空母から発進した二〇機あまりの攻撃隊が三隻もの伊戦艦を撃沈破するという快挙を成し遂げた。

 視界の悪い夜間攻撃だったのにもかかわらず、それだけの戦果を挙げ得たのも、ひとえに英雷撃機の搭乗員の技量が並みはずれたものだったからだ。

 命中率に関しては真珠湾奇襲作戦に携わった当時の第一航空艦隊の艦上機隊のほうが上回るが、しかしこちらは日の明るいうちの攻撃だったから、同列には語れない。

 いずれにせよ、英雷撃機の存在は第一艦隊それに第二艦隊にとっては無視できないファクターだ。


 「四隻の英空母ですが、それらは撃破された駆逐艦の乗員の救助にあたりつつ、その舳先を北へ向けているとのことです。これら空母はそのいずれもが戦闘機を中心とした編成で、仮に雷撃機を搭載していたとしてもごく少数でしょう。ですので、まとまった数の雷撃機から夜間攻撃を受ける心配はほとんど無いといえます。

 ただ、ごく少数機による奇襲が無いとも言えませんので、戦艦に搭載している観測機のうちで少なくとも一機は即応待機状態に置いておくべきだと考えます」


 第一艦隊それに第二艦隊の戦艦にはそれぞれ着弾観測任務用として零式水観が搭載されている。

 零式水観は古めかしい複葉の機体だが、しかしその見かけによらず優れた格闘性能を持っている。

 また、戦艦に配属された搭乗員はその誰もが夜間空中戦をこなせる手練れで固めている。

 相手が戦闘機ならばさすがに分が悪いが、それでも重量物の魚雷を抱いた雷撃機であれば十分に迎撃に使えるはずだった。


 「よしっ、航空参謀の意見を採用しよう。ただちにその旨を他の戦艦それに第一艦隊に通達してくれ」


 航空参謀それに通信参謀が復唱し、通信室へと向かっていく。

 その背中を見送りつつ、近藤長官は胸中で英艦隊の指揮官に対して謝罪する。


 (帝国海軍の師匠筋にあたる英海軍には、それこそ華々しい戦艦同士の砲撃戦でその最期を飾ってやりたいというのが本音だ。しかし、我々は英国のみならず、その背後に控える米国こそをなにより打倒しなければならない。

 それと、英国では恋愛と戦争ではあらゆる戦術が許されるという言葉があるらしいが、我々もそれに倣わせてもらうことにする。悪く思わんでくれ)


 国を、国民を守るために決死の戦いを挑んでくる英艦隊とその将兵を相手どるのは正直言ってあまり気が進まないが、しかしこれも運命だ。

 そう切り替え、近藤長官は次々に指示を出していく。

 敵艦隊との激突を控える最高指揮官には、成すべきことが山積していた。

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