第46話 虐殺の宴
夜明けと同時に第三艦隊と第四艦隊それに第五艦隊の空母から零戦それに一式艦攻が発艦、それらはさほど間を置くこともなく英艦隊をその視界に収めた。
それら艦隊の艦上機隊は昨日の四次にわたる攻撃で被弾損傷機が続出していた。
そのことで、零戦と一式艦攻はそのいずれもが稼働機を大きく減じている。
これに対し、南雲長官は一式艦攻の修理を優先するよう命令していた。
そして、夜を徹しての修理によって一式艦攻は稼働機の増勢に成功していた。
「一式艦攻各隊に達する。目標はすべて戦艦だ。奮龍隊のうち第三艦隊は敵一番艦と二番艦、第四艦隊は三番艦と四番艦、第五艦隊は五番艦ならびに六番艦を狙え。
雷撃隊のほうは第四艦隊が一番艦、第五艦隊が二番艦、第三艦隊は三番艦を叩け。攻撃は奮龍隊、次に雷撃隊とする。零戦隊のほうは戦闘機隊指揮官の指示に従え」
攻撃隊の総指揮は第二次攻撃それに第四次攻撃に続いて淵田中佐がこれを担っている。
(二日間で三度の出撃。上層部も人使いが荒い)
胸中でぼやきつつ、それでも疲労はそれほど大きくない。
やはり、一晩のインターバルが大きいのだろう。
第二次攻撃の時ほど快調ではないが、しかし第四次攻撃の時ほどには疲労困憊しているわけでもない。
目標とした戦艦のうち、一番艦と二番艦は「キングジョージV」級、三番艦は「レナウン」、四、五番艦は「ネルソン」級で六番艦は「マレーヤ」だということが接触任務にあたる一式艦偵からの報告で分かっていた。
これらのうちで、雷撃隊が一番艦から三番艦までを目標としたのは、そのいずれもが速い脚を持っているからだった。
詳細な諸元はつかめていないが、帝国海軍では「キングジョージV」級と「レナウン」は二八乃至二九ノット、他の三隻は二一ノットから二三ノット程度だと見込んでいた。
もし、「キングジョージV」級と「レナウン」が第一艦隊それに第二艦隊の阻止線を突破して友軍機動部隊を捕捉しようと目論んだ場合、これに追撃が可能な戦艦は「金剛」型のみだ。
そして、「金剛」型戦艦では逆立ちしても「キングジョージV」級戦艦には勝てない。
だからこそ、艦上機隊でその脚を奪い、可能であれば撃沈に追い込む。
その要となる一式艦攻は、昨日の時点で稼働機が開戦時の二割以下にまで落ち込んでいた。
しかし、整備員たちの懸命の努力と献身で現在では六四機と三割近くにまでその数を回復させていた。
出撃した一式艦攻は第三艦隊が一七機で第四艦隊が二四機、そして第五艦隊は二三機だった。
第三艦隊の一式艦攻の数が少ないのは、昨日の第二次攻撃で米戦艦部隊を攻撃したからだ。
狙ったのは駆逐艦だったのだが、しかし米戦艦部隊の各艦の対空砲火は激しく、英艦隊を狙った他隊に比べて損害が大きかったのだ。
各艦隊ともに「奮龍一型」を装備する機体が六機で、残りは魚雷を装備していた。
まず「奮龍一型」を装備する一八機が小隊ごとに分かれ敵戦艦列に接近する。
それぞれが指示された目標に向けて「奮龍一型」を発射する。
敵一番艦を狙った淵田中佐が直率する小隊は二本、他の小隊も最低一本は命中させ、中には全弾命中させた小隊もあった。
いずれの戦艦も左舷に「奮龍一型」を集中して被弾していた。
そのことで、左舷側の対空砲火は明らかに低調となった。
一方、雷撃隊はそのいずれもが左舷から英戦艦に向けて突撃を開始していた。
英戦艦のほうも被雷確率を下げるため、対向面積を最小にすべく取舵を切る。
しかし雷撃隊の側もそのことはすでに予想しており、いずれの機体も機首を右に振った後にすかさず今度は左にその進路を変えていく。
英戦艦の対空砲火は激しかった。
インド洋海戦の頃とは比べものにならないほどだ。
しかし、艦が回頭していては正確な狙いなどつけられようはずもない。
それでも運の悪い一式艦攻が一機、機関砲弾の洗礼を浴びて爆散する。
他にも被弾する機体があったが、しかし墜とされたのはその一機だけにとどまった。
残る機体は搭乗員の裂帛の気合とともに魚雷を投下する。
四五本の魚雷が二隻の「キングジョージV」級戦艦と「レナウン」の横腹を食い破るべく突き進む。
一番艦の舷側に三本、二番艦に四本、三番艦に二本の水柱がわき立つ。
命中率はわずかに二割。
しかし、これは日本の搭乗員の技量が拙いというよりも、むしろ英戦艦の艦長の操艦技量が卓越していたと言ったほうが正確だろう。
それでも初期型の二倍近い炸薬量を誇る最新型の九一式航空魚雷を、しかも片舷に集中して食らっては浮沈艦との異名を持つ「キングジョージV」級戦艦もたまったものではない。
二番艦は大きく左に傾き、今すぐに転覆してもおかしくないような状態だった。
一番艦と三番艦もまた左舷に大きく傾き、そのいずれもが洋上停止している。
英戦艦部隊が一式艦攻の攻撃で大打撃を被っていたのと同じ頃、英巡洋艦部隊もまた零戦の猛襲を受けていた。
二五〇機あまりの零戦が一二隻の英巡洋艦に緩降下爆撃を敢行する。
激しい対空砲火によって一〇機近い零戦が撃墜破されたものの、しかし残る機体は投弾に成功する。
このうち命中したのは二五発で、命中率は一割ほどでしかない。
しかし、重巡の二〇センチ砲弾の二倍の重量を持つ二五番を食らって無事で済む巡洋艦は存在しない。
命中した二五番はそのいずれもが水平装甲を食い破り、艦の奥深くでその爆発威力を解放した。
戦艦相手には威力不足が指摘される二五番も、しかし相手が巡洋艦であればその効果は甚大だ。
被弾を免れた英巡洋艦は一隻もなく、そのすべてが戦闘力か機動力、あるいはその両方を大きく低下させていた。
踏んだり蹴ったりあるいは満身創痍の英艦隊に第一艦隊と第二艦隊が急迫する。
一〇隻の戦艦と同じく一〇隻の重巡洋艦それに一六隻の駆逐艦。
それらが、沈みかけの三隻の戦艦と同じく手傷を負った三隻の戦艦、それに大ダメージを被った一二隻の巡洋艦に向けて砲門を、そして魚雷発射管を向ける。
英艦隊の戦艦は脚が遅く、巡洋艦の多くは二五番によって機関を損傷しており逃げ脚を失っている。
そして、敵のピンチはこちらの好機だ。
ためらう理由など何ひとつない。
容赦の必要もまったくない。
近藤長官が攻撃開始を命令する。
北大西洋上で日本の水上打撃艦艇による虐殺の宴が始まろうとしていた。
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