第29話 強みと弱み

 「無線誘導兵器、それをどう呼称しているのかについては私は存じ上げません。しかし、それが帝国海軍の切り札であることは理解しています。逆に連合国側からすれば、最優先で対応が求められる厄介極まりない兵器でもある」


 ここでいったん言葉を区切った平沼に、山本長官は小さい首肯をもって同意の意を示すとともに口を開く。


 「もはや、米軍に多数の目撃者が出てしまっている以上、ことさら隠しておく必要もないでしょう。あなたがおっしゃる通り、ブリスベン沖海戦の際に第一航空艦隊の一式艦攻は誘導噴進爆弾を使用した。我々はそれを『奮龍』と呼んでいます。そして、それは戦場で絶大な威力を発揮し、米機動部隊を撃滅する大きな原動力となりました」


 「奮龍ですか」という平沼のつぶやきを耳に入れつつ、山本長官はさらに話を進める。


 「一方の米軍は奮龍が無線誘導爆弾であることをすぐに見抜いたようです。最初の攻撃では奮龍に対空砲火を向けてきたのが、第二撃の際には母機である一式艦攻を専ら狙ってきたとの報告が上がってきていますから。そして、次に戦う時には平沼さんがおっしゃる通り、周波数の測定器をはじめとした調査機材を準備してくるのは必至なのでしょうな」


 米軍の対応は素早く、そして正しい。

 勝ったとはいえ、米軍が容易ならざる相手であることを山本長官はこの報告で改めて思い知らされている。


 「素人の私が口を出すのはいささかばかり僭越ですが、しかし奮龍を無効化するには発射母機である一式艦攻を撃墜するか、あるいは奮龍が使用する周波数に対して妨害電波を出すかのいずれかでしょう。もちろん、対空砲火で奮龍を撃ち墜とすことも有りかもしれませんが、しかしこれは現在の射撃管制システムではいささか厳しいものがあるのではないでしょうか」


 ブリスベン沖海戦の際には、対空砲火によって奮龍が撃破されたという報告が上がっているが、しかしこれは多分に偶然の要素が盛り込まれたものだ。

 世界中のどの戦闘機よりも飛翔速度が速く、そのうえ的が小さい奮龍を撃墜するのは現在の射撃照準装置では極めて困難だからだ。

 そうなると、あとは平沼の言う通り一式艦攻を撃墜するか妨害電波を出すかのいずれかしかない。


 (まあ、『猛想戦記』の筆者なのだから、この程度のことはすぐに理解できて当然か)


 平沼の現状分析の正確さに舌を巻きつつ、山本長官は次の言葉を待つ。


 「やはり、米軍は装備もですが、なにより人間が優秀ですね。そこが彼らの強みでもあり、しかし最大の弱点でもある。

 組織とは畢竟人と金です。金つまりは経済力に関して言えば、日本は米国に対してとうてい勝ち目はありません。しかし、人材に関しては金ほどには顕著な差は無い。その差を詰めて、さらに逆転すれば米国との戦いにも光明が見えてくるかもしれません。

 そういった意味で言えば、先ほども申し上げました通り、ブリスベン沖海戦は実に惜しいことをした」


 平沼にしては珍しい、くどいまでの繰り返し。

 そのことで山本長官は、彼が考える対米戦争を遂行するにあたっての肝がどこにあるのかを悟る。


 「平沼さんがおっしゃりたいことは、いくら軍艦を沈めても米国はそれを補って余りある建艦能力があるからたいしたダメージにはならないということですな。

 だが、一方で人材のほうは違う。駆逐艦や潜水艦の艦長が務まる中佐でも二〇年から二五年、大型艦の艦長となる大佐であればさらにそれ以上の年月をかけなければ養成することは出来ない。そこまで極端ではなくても、しかし搭乗員やあるいは一般将兵でさえ一人前に育て上げるのにはそれなりの月日を要する」


 帝国海軍の将兵は戦艦や空母といった戦闘機械を撃破するために日々の研鑽に励んできた。

 もちろん、その過程で敵軍の将兵の命を奪うことにはなるが、しかしことさら人を殺すという意識で戦いに臨んでいるわけではない。

 しかし、目の前の平沼は、敵将兵の命を刈り取ることこそを第一とせよと言っているのだ。


 「どこの国の海軍も砲術科や航海科それに機関科の将兵はマジョリティであり、ある程度の代えは利きます。まして世界最大の大所帯である米海軍であればなおのことでしょう。しかし、空母に乗り組んでいる搭乗員や発着機部員それに整備員や兵器員は米海軍であっても希少種に変わりはありません。さらに、実戦を積んだ者に関して言えば、それはもう宝石よりも貴重な人材と言っていいでしょう。ブリスベン沖海戦の際にこれらを根絶やしにしておけば、米機動部隊の再建は極めて厳しいものとなったはずです」


 米海軍が戦前に整備を開始した二大洋艦隊計画では空母は一二隻が建造されることになっている。

 同計画はオープン情報というか、むしろ米海軍が積極的に喧伝しているのではないかと思わせるくらい、あちらこちらでその話が飛び交っているから帝国海軍でもその多くのものが聞き知っている。

 一二隻が計画されている空母の内訳だが、一隻はすでに就役を開始している「ホーネット」であり、残る一一隻はまったくの新型だ。

 そして、この新型空母は従来の米空母を大きく上回る戦力を擁する大型空母になると見込まれている。

 しかし、当然のことながらこれらの空母を動かすためには大量の人材が必要となる。

 その人材を養成するための教官や教員の最大の供給源となるのが現有空母に乗艦する将兵らであることは間違いなかった。

 そして、ブリスベン沖海戦に参加した第一艦隊と第一航空艦隊、それに第二航空艦隊はその詰めの甘さから彼らを取り逃がすことになった。


 「乗艦を撃沈され、洋上に漂うだけとなった彼らを殺しておけばよかった。平沼さんはそうおっしゃられるのか」


 例え敵国の軍人といえども、しかし溺者を殺すのは人として一線を超えているのではないか。

 その目に非難がましい色を浮かべ、山本長官が詰問する。


 「何も殺すことはありません。あの時の最適解は第一艦隊それに一航艦と二航艦から駆逐艦を出して彼らを救助することでした。彼らを捕虜にすれば奮龍の情報漏洩は防げますし、それに上手く尋問すれば極めて有益な情報が得られたかもしれません。

 それに、敵機動部隊を撃滅したということは、その時点で敵の経空脅威の大半を無力化したということですから、駆逐艦を敵兵の救助に差し向ける余裕くらいはあったはずなのです。しかし、ブリスベンで戦った三個艦隊つまりは三人の司令長官はそのいずれもがそれをやろうとはしなかった。おそらく、三人ともに敵の空母それに護衛艦艇を全滅させたことで満足してしまったのでしょう」


 平沼の指摘は、山本長官にとっても耳の痛い話だった。

 山本長官自身、四空母撃沈の報に狂喜乱舞して、一方で敵の乗組員のことには思い至らなかったのだから。

 胸中で後悔や反省といった感情がないまぜとなった山本長官に、なぜか平沼はとってつけたように話題を急旋回させる。


 「ところで話は変わりますが、ドイツのヒトラー総統から帝国海軍に注文があったのではありませんか」

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