日独伊連合艦隊

第70話 究極兵器

 昭和一九年六月一九日それに二〇日の二日間にわたって繰り広げられたオアフ島沖海戦において第一機動艦隊は太平洋艦隊を殲滅、大勝利を挙げた。

 一機艦と干戈を交えた太平洋艦隊は護衛空母四〇隻に戦艦六隻、巡洋艦四隻に駆逐艦四四隻それに護衛駆逐艦二八隻を擁する一大戦力だった。

 しかし、それらを一機艦はわずか二日間ですべて沈めてしまったのだ。

 内容はともかく、単純な数で言えばミッドウェー海戦で沈めた一二〇隻を上回る空前絶後の大戦果だった。

 日本国中が戦捷に沸く中、山本大将は例のごとくアポ無しで来訪した平沼龍角と一対一で面談していた。


 「まずは、先日のオアフ島沖海戦の勝利につきまして、お慶び申し上げます。それと、軍令部総長へのご就任も重ねてお祝い申し上げます」


 言祝ぎ恭しく首を垂れる平沼に、連合艦隊司令長官の職を解かれるとともに軍令部総長に就任した山本大将は苦笑する一方で来訪の意図を尋ねる。

 平沼は用が有る時にしか自分の前にその姿を現すことはないし、その用が済めばさっさと退散する。

 直截に話を進めるのは山本総長なりの平沼に対する配慮であり敬意でもあった。


 「大統領選挙の現状についてはご存じでしょうか」


 世界に大統領は複数いるが、平沼が話に持ち出したのは当然のことながら米国のルーズベルト大統領だ。


 「ルーズベルトはずいぶんと苦戦しているようですな。特に昨年暮れのミッドウェー海戦それに先日のオアフ島沖海戦での敗北は、大統領選挙を間近に控える彼にとって致命的ともいえる失態だった。

 そのことでルーズベルト大統領の支持率は大暴落、四選の確率は極めて低くなったと情報部門は判断しています」


 その表情に露悪な笑みをたたえる山本総長がいかにも嬉しそうに話す。

 敵の親玉の苦境に、それこそざまあみろといった心境なのだろう。


 「そのルーズベルト大統領ですが、彼は選挙戦で戦争はあと一年以内に合衆国の勝利で終わることを国民に喧伝しています。具体的な言及は避けていますが、しかし一撃のもとに戦局を打開しうる究極兵器を我々は手に入れつつあると話しているのだとか」


 平沼が投げてきた世間話の体を装った疑問のボールを、しかし一方の山本総長は余裕で受け止める。


 「本来であれば最高機密であるべき究極兵器の情報を、しかも国民の耳目が集まる選挙戦で持ち出さなければならないほどにルーズベルトは追い詰められているということでしょう。しかし、その彼が言っているのはおそらくはB29のことではないかと思われます。たぶん、彼はこれが大量配備されればドイツそれに日本ごときは大量の爆弾によってごく短期間のうちに灰燼に帰すことができる。そう思っているのではないでしょうか。

 しかし、B29といえどもしょせんはB17やB24の拡大改良版にしか過ぎませんからことさら恐れる必要も無い。それに、こちらにはドイツが開発したジェット戦闘機があります。軍機なので詳細は話せませんが、帝国海軍でもすでにこの機体の導入が決定しています。旧態依然のプロペラ機でジェット戦闘機の防衛網を突破することは、まず不可能と言っていいでしょう」


 その件に関しては心配ご無用といった態度の山本総長に、だがしかし平沼は否定の言葉を投げかける。


 「ルーズベルト大統領が指し示す究極兵器というのはB29のことではありませんよ。いくらB29が優秀な爆撃機だったとしても、さすがに米本土からドイツや日本を直接攻撃することは不可能でしょう。ドイツを爆撃したいのであればアゾレス諸島、日本を叩くのであれば最遠でもマリアナ諸島あたりを確保する必要があります。そして、今の米海軍にその力は無い」


 B29が長距離侵攻が可能な四発重爆であるという情報は帝国海軍もつかんでいる。

 そして、同じ四発重爆のB17やB24からその性能を類推すれば、平沼が言うアゾレス諸島やマリアナ諸島の確保は必要だという推論は妥当なものだろう。


 「ルーズベルトが言うところの究極兵器がB29ではないとすれば、それは一体何を指し示すのか平沼さんはご存じなのか」


 平沼が持つ情報収集能力や分析能力に関しては、山本総長は一目も二目も置いている。

 民間人でありながら、しかし平沼という男は情報部門の士官でさえ未知の情報を持っていたりするからだ。

 特に欧米に関する知識と知見は際立っている。

 あるいは、平沼はドイツの情報部と裏でつながっているのかもしれない。

 連合艦隊のインド洋進攻それに欧州派遣といったドイツに利の有ることにはもろ手を挙げて賛成している。

 状況証拠ばかりだが、しかしそう考えれば一応の辻褄は合うし、そのことで山本総長は部下に命じて平沼の後をつけさせようと考えたことさえある。

 しかし、機密費の資金源でもある平沼の機嫌を損ねるような行為は避けた方が賢明だと考え直し、実行には移していない。


 「山本さんは原子爆弾というものをご存じでしょうか」


 「確か、核分裂反応を応用した爆弾で、一般的な火薬を用いたものとは桁違いの破壊力を持つとか。我が帝国海軍でも研究はしているはずだが、しかし実用化の目途は立っていなかったはずです」


 軍機であるのにもかかわらず、しかし山本総長はあっさりと平沼に原子爆弾に関する帝国海軍の開発状況を開陳する。

 日本の科学力と産業規模では五年どころか一〇年後でさえも実用化出来るかどうか怪しいと聞かされていたからだ。

 それに、五年後も日本と米国が戦争していることはあり得ない。

 その前に日本の戦費が尽きてしまうことは間違いないからだ。


 「米国はあと一年ほどで原子爆弾を完成させます。この分野の技術に関しては米国は日本の五年、いや一〇年はその先を行っています」


 平沼の言葉に山本総長は顔色を失う。

 にわかには信じられないが、しかし平沼はこれまで嘘を言ったことが無い。

 彼が話すことは、いくら荒唐無稽なように思えても、そのいずれもが真実だった。

 その代表例が帝国海軍の建艦計画を根底から変えた「意知字句艦帳」だ。

 あれが無ければ帝国海軍の空母は今よりも遥かに少なく、逆に六万トン級戦艦や水雷特化型軽巡といった使えない艦艇を多数抱え込んでいたはずだ。

 そして、誤った戦備のために苦戦を余儀なくされていたことは間違いない。

 下手をすれば、連合艦隊はとっくに戦力を摺り潰していた可能性だってあるのだ。

 米海軍が繰り出してきた「エセックス」級空母や「インデペンデンス」級空母の数を考えれば、その可能性は極めて高かったはずだ。


 「これまでいくつもの戦策を教示してくれた平沼さんにお尋ねしたい。帝国海軍はどうすればいい」


 平沼の言う通りであれば、一年以内に戦争を終わらせるかあるいは原子爆弾に対抗する手段を獲得しない限り、日本そしてドイツの破滅は決定的だ。

 もちろん、降伏するという選択肢もあるが、しかしそれは国内の強硬派はもとより国民の大多数が納得しないだろう。

 現状、日本は勝ちまくっているのだから。

 それゆえ、山本総長は平沼に問いかける。

 それこそ、藁にも縋る思いで。

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