第8話 新型機

 軍人の多くは軍事施設に民間人がみだりに入り込むことを好まない。

 まして、帝国海軍航空隊の総本山であり将兵の教育や練成、それに新型機の実用実験や戦技研究に携わる横須賀海軍航空隊であればなおのことだ。

 しかし、その男は明らかに民間人でありながら誰からも咎められることはない。

 同じ民間人でも連合艦隊司令長官の知己であるかそうでないかによって軍人たちの対応もぜんぜん違ってくるからだ。


 「ほう、あれが零戦ですか。九六艦戦に比べてずいぶんと大きくなりましたね。ただ、機体から受ける印象を率直に言わせてもらえれば、速度性能のほうはすでに六〇〇キロオーバーの世界に突入している欧州の戦闘機に比べて優れているようにはとても見えませんね」


 「確かに、零戦は武装や搭乗員保護のための防弾装備を充実させたことで九六艦戦に比べてかなり重くなりました。しかし、それでも前の型に比べて一〇〇キロは速くなっています。それに夏以降は新型の金星発動機を装備した二二型が配備されることになっていますので速度性能はさらに向上します。

 まあ、燃料タンクが小さくて脚の短い欧州の陸上戦闘機と比べれば、確かに零戦は速い機体とは言い難いかもしれませんが、しかし艦上戦闘機としてみれば世界最高水準の速度性能を維持していることは間違いの無いところです」


 制式採用されてまだ一年と経っていない最新鋭戦闘機なのにもかかわらず、しかしさほど感動した様子を見せない平沼龍角。

 その彼に、山本長官は諸元をぼかしつつ零戦の弁護に回る。

 九六艦戦に代わる帝国海軍の主力艦上戦闘機として昨年から配備が始まった零戦一一型それに二一型は一一〇〇馬力を発揮する四〇系統の金星発動機によって五五〇キロの最高速度を誇る。

 さらに、夏以降に登場が予定されている二二型は五〇系統の金星発動機が搭載され、こちらは一三〇〇馬力の高出力も相まってその最高速度は五七〇キロに迫る。

 また、出力の強化とともに加速性能や上昇力も相応に向上している。


 武装は一一型それに二一型ともに長銃身の九九式二号機銃が四丁だったのに対し、二二型も同じく九九式二号機銃が四丁と変更は無い。

 しかし、一一型それに二一型の機銃が一〇〇発入りの大型ドラム弾倉だったのに対し、二二型はそれがベルト給弾式となり、装弾数も二〇〇発と倍増している。

 それら九九式二号機銃の原型となったエリコン機銃は給弾力が弱いためにベルト給弾は不可能と考えられていた。

 しかし、早い段階で戦闘機が搭載する機銃の大口径化を指向していた帝国海軍ならびに富岡兵器製作所はマル三計画で流用された潤沢な資金もあってその困難を克服、二号機銃のベルト給弾化を実現していた。

 従来の一一型それに二一型が装弾数の少なさから機銃が四丁もあるのにもかかわらず実際は二丁ずつしか発射できない仕様だったのに対し、二二型は二丁ずつ発射する節約モードの他に四丁同時発射が出来る全力射撃モードも備えている。


 「零戦の向こうに見えるのが一式艦攻ですね。九六艦攻や九七艦攻に比べて明らかに機首が太くて長い。やはり三座の大型艦上機はこれくらいの大きなエンジンを積まなければ十分な働きは出来ないでしょうね」


 胴体が太く、零戦よりも一回り大きな機体を見る平沼の目には、零戦とは打って変わって期待の色が滲んでいる。


 「その通りです。メーカーによれば、この機体は九七艦攻をベースにしていますが、しかし発動機の出力は五割増しで機体の強度も大きく向上しています。さらに防弾装備の充実によって極めて打たれ強い機体に仕上がっています」


 山本長官が語る一式艦攻は九七艦攻の設計を元としているが、しかしまったくの新型と言ってもいいほどにその中身は大きく変わっている。

 エンジンは一〇〇〇馬力の栄発動機に代えて一五〇〇馬力を発揮する火星発動機へと更新されている。

 栄発動機に比べてそれぞれ五割増しの排気量と出力を誇る火星発動機がもたらす余裕によって、一式艦攻は搭乗員保護のための鋼板や自動消火装置といった防弾装備を充実、さらに爆弾搭載量も九六艦攻や九七艦攻の八〇〇キロから一〇〇〇キロへとアップしている。


 投下装置も新型のものが装備され、二五番であれば四発、六番であれば胴体と翼下に合わせて一六発を搭載することが出来る。

 また、現在開発最終段階にある無線誘導噴進爆弾の運用も可能だ。


 さらに、自衛火器も強化され、両翼には零戦と同じ二〇ミリ機銃が搭載され、正面から襲いくる敵機に対しての反撃能力が付与されている。

 それと、七・七ミリ機銃や一二・七ミリ機銃とは一線を画す破壊力を持つ二〇ミリ弾であれば、小艦艇や地上目標に対してもそれなりに打撃を与えることが可能だ。

 後部旋回機銃に関しては従来からの九二式七・七ミリ機銃のままだが、しかしこちらは現在鋭意開発中の一三ミリ機銃が完成すれば、それに更新されることになっている。


 「爆弾搭載量が小さいわりに機体が大きく、そのくせ機体構造の問題から翼を大きく折り畳むことのできない邪魔者の艦爆がいなくなったことで空母の搭載機数も若干ですが増やすことが出来るでしょう。そうなってくると後は偵察機ですね」


 艦爆乗りだった者が聞いたら激怒しそうなことを平気でのたまう平沼。

 その彼の問いかけに山本長官は苦い笑みを浮かべたまま大きくうなずく。


 「あなたの『猛想戦記』でも索敵の重要性についてはくどいくらい繰り返されていましたが、我々もそれについては深く同意するところです。これは最高機密なのでお見せすることは出来ませんが、一式艦攻を改造した電探搭載型索敵機の試作機がすでに完成しております。おそらく年末までにはそれなりの数を揃えることがかなうでしょう」


 山本長官の言に、平沼が今日一番の笑みを見せる。


 「それは素晴らしい! 空母同士の戦いにおいては、いかに敵を早く発見するかで大きくその戦況が変わってきます。山本さんがおっしゃる電探搭載型索敵機があれば、敵は我を知り我は敵を知らずといった悪夢が生じることはまずあり得ないでしょう」


 満足の言葉を口にするとともに、平沼は用は終わったとばかりに山本長官に辞去する旨を伝える。

 同時に妙な言葉もまた残していった。


 「一四試局戦はものになることはありませんから、すぐにでも開発を中止したほうがいいですよ。金とマンパワーの無駄遣いで終わってしまいます。で、その代替ですが、川崎が現在開発を進めている液冷戦闘機をお勧めします。その機体に搭載するエンジンを液冷発動機から金星に換装すれば素晴らしい戦闘機が完成すること間違いありません。

 それと、零戦の後継となる主力艦上戦闘機ですが、こちらは三菱よりも川西に発注したほうがよほど良いものを造ってくれるでしょう。なので、一五試水上戦闘機の要求は取り下げて、代わりに艦上戦闘機の開発にあたらせることをお勧めします」

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