第31話 偽りの艦隊

 (帝国海軍にしては珍しく舞台設定に手間暇をかけたが、しかしその努力も無駄にはならなかったようだな)


 東洋艦隊が自分たちの迎撃に出動しているらしいという兆候が通信傍受等によって確認されたことで、第二航空艦隊司令長官の小沢中将は激戦が控えているのにもかかわらず、一方で安堵のような気持ちを覚えていた。


 本来、小沢長官が指揮する第二航空艦隊は七隻の小型空母を基幹とし、その艦上機の数は補用機を含めてもわずかに二〇〇機を超える程度でしかなった。

 それでも、開戦劈頭に台湾の基地航空隊とともに在比米航空軍を撃滅した。

 さらに、豪州遠征ではブリスベン近郊に展開する米豪連合航空隊に大打撃を与え、一航艦が米機動部隊を殲滅する際の大きな助けとなった。


 そして今回、小沢長官はこれまでと同様に七隻の空母をその指揮下に置き、東洋艦隊との決戦に臨もうとしている。

 しかし、それらは従来からの小型空母ではなく、そのすべてが戦力の大きい正規空母ばかりであった。



 第二航空艦隊

 「加賀」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)

 「蒼龍」(零戦二四、一式艦攻二七、一式艦偵九)

 「飛龍」(零戦二四、一式艦攻二七、一式艦偵九)

 「翔鶴」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)

 「瑞鶴」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)

 「神鶴」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)

 「天鶴」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)

 戦艦「霧島」「金剛」「榛名」

 重巡「筑摩」

 駆逐艦「涼月」「初月」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」



 軍令部それに連合艦隊司令部は当初、主力の第一航空艦隊をインド洋に派遣するつもりでいた。

 一〇隻近い戦艦や空母を擁していると思われる東洋艦隊に差し向けることが出来る艦隊は、今の帝国海軍には一航艦をおいて他には無かったからだ。


 しかし、それに対して連合艦隊司令長官の山本大将が待ったをかけた。

 正規空母を八隻もそろえ、オアフ島や米機動部隊を一撃で葬った実績を持つ一航艦が出張れば、東洋艦隊は戦いを避ける恐れがあるというのがその理由だった。

 そこで、山本長官は一計を案じ、そしてそれを自らの権限において実行した。

 端的に言えば、秘密裏に一航艦と二航艦の空母を入れ替えたのだ。


 もちろん、英米に悟られないよう偽装は入念に施した。

 一航艦の旗艦である「赤城」は東京湾に係留あるいは目立つ位置で活動させた。

 さらに、二航艦の七隻の空母は一航艦から一時転属してきた電信員らとともに瀬戸内海で訓練に従事させた。

 英米の通信傍受の担当者に対し、「赤城」を除く七隻の正規空母が瀬戸内海で訓練を実施していると思わせるための措置だった。


 それが奏功したのかどうかは分からないが、いずれにせよ東洋艦隊は自分たちの挑戦を受けて立つ方針を固めたようだった。

 決戦に際し、小沢長官に不安は無かった。

 空母の数こそこれまでと同じ七隻だが、しかし艦上機の数は常用機だけで五〇〇機を超え、つまりは従来の二倍半もの戦力を持つに至ったのだ。


 艦上機隊の編成も文句は無かった。

 真珠湾攻撃時のように攻撃機に偏重しているわけでもなく、またブリスベン攻撃のときのように極端に戦闘機の比率が高いわけでもない。

 戦闘機と攻撃機の数はほぼ半々、これまでの中で一番バランスが良いように小沢長官には思えた。

 しかし、なにより彼を喜ばせたのは艦隊の耳目となる一式艦偵の数だった。

 七隻の空母に合わせて四八機も搭載されており、これは全体の一割近くに達する。

 情報を重視し、索敵を入念に実施したいと考えている小沢長官にとって、多数の一式艦偵の配備はなによりもありがたかった。

 それと、南方作戦の進捗に伴い手の空いた「金剛」それに「榛名」の二隻の高速戦艦が、敵の水上打撃艦艇との不意遭遇戦に備えて臨時編入されている。


 「索敵機の発進準備が整いました」


 航空参謀の報告に、小沢長官は思索を打ち切り意識を現実へと戻す。


 「よし、出せ」


 短く命令してほどなく、「加賀」艦橋に爆音が飛び込んでくる。

 索敵第一陣の一式艦偵が発艦を開始したのだ。

 「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ三機、それ以外の空母からそれぞれ二機の合わせて一六機が北西から南西の空に向けて一六本の索敵線を形成する。

 さらに、三〇分後には同じく一六機が第二陣として、それらは第一陣の後を追った。

 典型的な二段索敵だ。


 合わせて三二機にも及ぶ大盤振る舞い。

 参謀の中には一式艦偵は人間のそれよりも遥かに優秀な電波の目を持っているのだから、索敵機の数を半分にしても大丈夫ではないかと考える者も多い。

 しかし、小沢長官はその意見には与しない。

 電探は確かに優秀だが、しかし機械には不具合がつきものだ。

 特に電探は採用して間が無い技術の一つであり、それゆえに故障あるいはトラブルの頻度も決して少なくはない。

 もし、それがもとで敵艦隊を見逃すようなことがあれば、それこそ目も当てられない。

 だから、一部幕僚の反対を押し切って、従来と同等かあるいはそれ以上の密度で索敵線を設定するようきつく申し渡していた。


 索敵機が発進してすぐに格納庫から零戦や一式艦攻がエレベーターを使って飛行甲板に上げられてくる。

 第一次攻撃隊は各空母ともに戦闘一個中隊と攻撃二個中隊の合わせて二一〇機。

 第二次攻撃隊のほうは少し数が減って一六八機が予定されている。


 小沢長官は東洋艦隊を率いるサマヴィル提督に思いをはせる。

 メルセルケビール海戦やグロッグ作戦で指揮を執り、さらにはドイツ戦艦「ビスマルク」追撃戦にも参加した歴戦の指揮官だ。

 中でもメルセルケビール海戦はかつての同盟国であったフランスとその海軍に刃を向けるという、現場指揮官にとっては悪夢ともいえる戦いだった。

 それでも、彼は冷静に指揮を執り、相手にそれなりの手心を加えたうえでなお戦艦「ブルターニュ」を撃沈し、さらに「ダンケルク」ならびに「プロヴァンス」の二隻の戦艦を撃破するという手腕を見せている。


 (確かに我々はマレー沖海戦で英海軍に対して勝利を挙げた。『プリンス・オブ・ウェールズ』それに『レパルス』を撃沈したことは誇っていい。しかし、あれは圧倒的多数の陸上攻撃機が寡兵の英戦艦を袋叩きにしたのに過ぎない。しかし、今回は互いの主力艦隊同士がぶつかり合う、文字通りの日英決戦だ。サマヴィル提督、相手にとって不足は無い)


 胸中で闘志を高めつつ、小沢長官は遥か西の空をにらみつける。

 その下に必ず東洋艦隊は存在するのだと、激戦で培った彼の勘が声高に叫んでいた。

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