第64話 第一機動艦隊

 ただの一隻も落伍することなくオアフ島北西沖まで到達できたのは、航海科や機関科の将兵、それに造修施設の技術者や工員らの献身によるところが大きいことは言うまでもない。

 それでも、一〇〇隻を超える大艦隊が一隻も欠くことなく作戦発起点に到達できたことは、やはり僥倖以外の何物でもないだろう。

 そのようなことを思いながら、第一機動艦隊の全体指揮を執る小沢中将は次々に飛び込んでくる情報を処理しつつ、部下たちに指示を与えていく。


 現時点において、太平洋艦隊はオアフ島を挟んでこちらと正反対の側、つまりは同島の南東海域に存在していることが複数の情報源によって確認されていた。

 もちろん、オアフ島を盾にする形で太平洋艦隊が布陣することは想定の範囲内だ。

 戦艦や正規空母に比べて遥かに打たれ弱い護衛空母を、敵の攻勢正面にもってくる方がどうかしている。


 しかし、太平洋艦隊がオアフ島の後背にいることで、こちらは相手の正確な数や戦力構成を把握するには至っていない。

 一式艦偵による偵察が出来なかったからだ。

 もし仮に、オアフ島近傍あるいは同島上空を突っ切る索敵線を設定したうえでここに一式艦偵を投入すれば、それこそオアフ島に配備されている戦闘機のいい的にしかならない。

 大排気量発動機を機首に戴く一式艦偵は、艦上攻撃機がベースの機体としてはかなり速いほうだ。

 一世代前の九六式戦闘機と比べても遜色は無い。

 しかし、現代の戦闘機とは比べ物にならない。

 見つかれば十中八九撃墜されてしまう。

 それゆえに、オアフ島上空を通過するかあるいは近接する索敵線を仮に設定したとしても、実際に一式艦偵を出すわけにはいかなかった。


 その代わりとして連合艦隊司令部は、オアフ島南東海域周辺に複数の伊号潜水艦を事前に配置していた。

 そして、それら伊号潜水艦からは空母を含む多数の艦艇が活動中という情報が昨日のうちに寄せられていた。


 「索敵に出した一式艦偵ですが、現在のところそのいずれの機体からも敵艦隊発見の報は入っておりません」


 航空参謀からの報告に小沢長官が小さくうなずく。

 念のために全周に向けて放った一式艦偵は、そのいずれもが敵影を見なかった。

 つまりは、太平洋艦隊はオアフ島の南東海域にその戦力を集結させていることがこれではっきりしたということだ。

 思わぬ方向からの奇襲については、当面の間はこれを気にしなくていい。


 「ただちに攻撃隊を出撃させろ。目標については現場指揮官に一任する」


 小沢長官の命令が発せられてしばし、旗艦「翔鶴」をはじめとした空母が風上にその艦首を向ける。

 それら空母の数はミッドウェー海戦の時と比べて四隻増となっていた。

 欧州遠征の後に空母に改造することが決まった「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」がその工事を終え、さらに慣熟訓練を済ませたうえでこの戦いに参陣したからだ。

 これに伴って連合艦隊の編成も大幅に変わり、新たに第一機動艦隊が編組された。



 第一機動艦隊

 第一艦隊

 「翔鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「瑞鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「蒼龍」(零戦四八、一式艦攻九、一式艦偵三)

 「飛龍」(零戦四八、一式艦攻九、一式艦偵三)

 「龍驤」(零戦二四、一式艦偵九)

 重巡「利根」「筑摩」

 駆逐艦「秋月」「照月」「涼月」「初月」「山月」「浦月」「黒潮」「親潮」「陽炎」「不知火」


 第二艦隊

 「神鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「天鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「雲鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「瑞鳳」(零戦二四、一式艦偵三)

 「祥鳳」(零戦二四、一式艦偵三)

 重巡「熊野」「鈴谷」

 駆逐艦「新月」「若月」「霜月」「冬月」「青雲」「紅雲」「朝潮」「満潮」「荒潮」「霞」


 第三艦隊

 「大鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「龍鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「鳳鶴」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「千歳」(零戦二四、一式艦偵三)

 「千代田」(零戦二四、一式艦偵三)

 重巡「最上」「三隈」

 駆逐艦「春月」「宵月」「夏月」「花月」「春雲」「天雲」「朝雲」「山雲」「峯雲」「霰」


 第四艦隊

 「赤城」(零戦四八、一式艦攻一八、一式艦偵三)

 「伊勢」(零戦三六、一式艦偵六)

 「日向」(零戦三六、一式艦偵六)

 「隼鷹」(零戦三六、一式艦攻九、一式艦偵六)

 「瑞穂」(零戦二四、一式艦偵三)

 重巡「妙高」「羽黒」

 駆逐艦「満月」「清月」「大月」「葉月」「八重雲」「冬雲」「海風」「江風」「涼風」「五月雨」


 第五艦隊

 「加賀」(零戦六〇、一式艦攻一八)

 「山城」(零戦三六、一式艦偵六)

 「扶桑」(零戦三六、一式艦偵六)

 「飛鷹」(零戦三六、一式艦攻九、一式艦偵六)

 「龍鳳」(零戦二四、一式艦偵三)

 重巡「那智」「足柄」

 駆逐艦「雪雲」「沖津風」「霜風」「朝東風」「大風」「東風」「白露」「時雨」「村雨」「春雨」


 第七艦隊(臨時編成)

 戦艦「大和」「武蔵」「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」

 重巡「愛宕」「高雄」「摩耶」「鳥海」

 駆逐艦「雪風」「天津風」「初風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」



 第一機動艦隊は空母二五隻に戦艦六隻、重巡一四隻に駆逐艦五八隻からなり、艦上機は常用機だけで一三五六機にものぼる。

 また、第一艦隊から第五艦隊までの五個機動部隊に配備している五〇隻の駆逐艦のうち、その六割は対空能力に優れた「秋月」型とその改良型で固めている。


 新しく戦列に加わった「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」は三万トンを超える戦艦を空母へと改造したものだ。

 これら四隻はそのいずれもが時間と資材を節約するために「赤城」や「加賀」のような多段式格納庫ではなく一段式格納庫としている。

 このため、排水量の割に格納庫面積が小さく、いずれの艦も飛行甲板露繋止の機体を含めてわずかに四二機と「エセックス」級の半分以下でしかなかった。

 もちろん、二段格納庫にすれば搭載機数はその分だけ増えるが、しかし此度の戦いに参陣することはかなわなかっただろう。


 小型空母を除く一八隻の空母から零戦が次々に発艦していく。

 第一艦隊から一二〇機に第二艦隊と第三艦隊からそれぞれ一〇八機、第四艦隊から六〇機に第五艦隊から七二機の合わせて四六八機。

 それらはすべて最新型の五三型で固めてある。

 零戦五三型は従来の三二型に比べて五〇キロあまり優速で、爆弾搭載量も二倍の五〇〇キロまで対応している。

 そして、その高性能は昨年末に生起したミッドウェー海戦において、新型艦上戦闘機のF6Fヘルキャットと互角以上の戦いを演じたことで証明されている。


 軽量な機体に二〇〇〇馬力に迫る誉発動機を併せ持つ零戦が上昇しつつ、その機首を南東へと向ける。

 その両翼にはこれまでに見たことも無い異形が取り付けられていた。

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