第54話 復讐の提督

 日本国内で活動する間諜あるいは通信傍受や暗号解読それに潜水艦の報告から、日本艦隊のおおよその戦力構成は分かっていた。

 空母が二〇隻前後、それに戦艦や巡洋艦といった大型水上打撃艦艇が同じく二〇隻程度。

 さらに、駆逐艦が五〇隻ほど。


 一方、こちらは空母が大小合わせて一六隻に戦艦と巡洋艦が合わせて二四隻、それに駆逐艦が八〇隻。

 空母は劣勢だが、逆に水上打撃艦艇はこちらが明らかに優勢だ。


 ただし、日本の正規空母の搭載機数がせいぜい七〇機から多くても八〇機までと考えられているのに対し、こちらの「エセックス」級空母のそれは一〇〇機を超える。

 また、「インデペンデンス」級空母も日本の小型空母に比べてその搭載機数は間違いなく優越しているはずだ。

 空母の数こそ劣勢だが、しかし肝心の艦上機の数は少なく見積もっても同等か、場合によってはこちらが上回るだろう。


 さらに、こちらには浮沈空母とも言うべきミッドウェー飛行場がある。

 航空戦力それに水上打撃戦力ともに決定的な差とは言い難いものの、しかしそれでも優勢なのは明らかに我が方だ。

 そして、なによりここミッドウェーは自分たちのホームグラウンドと言ってもいい。


 (日本海軍の連中は、ここミッドウェーにこれほどまでの戦力が投入されているとは夢にも思っていないはずだ。つまり、ジャップは合衆国海軍の回復力を甘く見過ぎた)


 二年前の真珠湾が燃えた日に合わせて日本の艦隊は侵攻してきた。

 嫌味なこと極まりない敵を前に、第三艦隊を指揮するハルゼー提督は胸中で闘志を燃やす。

 戦争が始まって以降、合衆国海軍は連合艦隊相手に敗北続きで、中でも戦前に整備された七隻の正規空母をすべて失ったことは大きな痛手となった。

 ハルゼー提督自身、ブリスベン沖海戦で乗艦の「エンタープライズ」を、さらに北大西洋海戦では「ホーネット」もろとも海に叩き込まれた。

 しかし、持ち前の強運によっていずれの戦いも味方に救助され、今は旗艦「エセックス」に座乗、復讐の機会を得ている。


 一敗地に塗れた合衆国海軍だが、しかし持ち前の工業力をフルに発揮、開戦から二年と経たずして一〇〇〇機を超える機動部隊をつくりあげた。

 しかも、それら空母に搭載されるのはすべてが昨年以降に配備が始まった新鋭機ばかりだ。


 戦闘機はF4FワイルドキャットからF6Fヘルキャットに置き換わっている。

 F6Fは二〇〇〇馬力を発揮するR-2800発動機によって六〇〇キロを超える速力を持つに至った。

 そのうえ、重防御大重量の割には運動性能も良好で、その実力はマーカス島の零戦隊を打ち破ったことで証明されている。


 急降下爆撃機も戦闘機と同様にSBDドーントレスからSB2Cヘルダイバーへと変更されている。

 前倒しで配備が始まったSB2Cは操縦性、特に離着艦時における安定性に難があることでパイロットたちからの評価は芳しくなかった。

 多くの者は旧式のSBDのほうがよっぽどマシだと訴えている。

 しかし、二〇ミリクラスの大口径機銃を装備する零戦のことを思えば、SBDの防御力はあまりにも脆弱過ぎた。

 もちろん、SB2Cもまた二〇ミリ弾をしたたかに食らえばさすがにもたないが、それでもSBDに比べればその抗堪性は明らかに上だ。

 それゆえ、現場の悪評にもかかわらずSB2Cの配備は粛々と進められ、逆にSBDのほうは急速にその姿を消していった。


 雷撃機のほうはTBDデバステーターが昨年のうちに退役、現在ではTBFアベンジャーのみとなっている

 そのTBFは昨年半ばから実戦投入されているが、そのことで熟成が進み、細かいトラブルを出し尽くしたことから三機種の中では最も信頼性の高い機体となっている。


 開戦時のそれから大きく進化した艦上機によって今度こそ日本の連中にきつい一発をお見舞いしてやれるだろう。

 そう考えるハルゼー提督だったが、しかし彼に油断は無い。


 「日本の連中が素直に正面から航空攻撃を仕掛けてくると思うか」


 作戦参謀にその視線を向けると同時にハルゼー提督は端的な問いを発する。


 「現時点においては確たることは申し上げられませんが、しかし日本海軍は我々に対する航空戦力のアドバンテージが従来よりも遥かに小さくなっているという自覚はあるはずです。ですので、彼らはミッドウェー島の基地航空隊と我々機動部隊との挟撃を避けるべく各個撃破を狙ってくる。おそらく、前衛水上打撃部隊を夜間にミッドウェー島に突入させ、そして艦砲射撃を実施しようと企図しているはずです」


 日本の艦隊は現在、北西方面からミッドウェー島に迫りつつあった。

 明日の朝にはミッドウェー島は彼らの空襲圏内に飲み込まれる。

 だが、作戦参謀は航空攻撃の前に水上打撃部隊が襲来すると予想している。

 そして、その考えはハルゼー提督との見解とも一致していた。


 (一番槍を戦艦部隊にくれてやるのは少しばかり悔しいが、しかし現状においてはやむなしと言ったところか)


 ハルゼー提督は不満を飲み込みつつ、今度は情報参謀に向き直る。


 「日本の戦艦について分かっていることはあるか」


 「日本の戦艦のうちで『長門』と『陸奥』はそれぞれ同国本土にあることが確認されています。それと『伊勢』と『日向』それに『山城』と『扶桑』がそれぞれ造修施設にあることが分かっていますが、しかし修理や改装にしては期間があまりにも長すぎます。あるいは、これら四隻は空母に改造しているのかもしれません。残る四隻の『金剛』型戦艦それに二隻の『キングジョージV』級戦艦についてはその所在がつかめておりません。こちらはかなりの確率でミッドウェーに迫っている日本の艦隊に含まれているものと思われます」


 情報参謀の言う通りであれば、この戦いに参加している日本の戦艦は最大でも六隻で、そのすべてが三六センチ砲搭載戦艦だ。

 一方、こちらは八隻だが、それらすべてが新型戦艦でいずれの艦も四〇センチ砲を装備している。

 主砲の門数も日本の五二門に対してこちらは七二門と四割近くも優勢だ。


 「こと戦艦に関する限り、その戦力差は圧倒的だな。そうであれば、よほどバカな指揮官でもない限り、友軍水上打撃部隊がつくりあげる阻止線を突破される恐れは無いと考えていいだろう」


 そう言ってハルゼー提督はこの話を打ち切る。

 水上打撃部隊である第三五任務部隊を指揮するキンケイド提督も、また同じく第三六任務部隊を指揮するリー提督もともに信頼できる指揮官だ。

 バカな指揮官像からは限りなく遠い存在なのは間違いない。

 だから、ハルゼー提督は今度はその思考リソースを水上砲雷撃戦から洋上航空戦へと振り向けるべく航空参謀に声をかける。


 だがしかし、ハルゼー提督は知らなかった。

 帝国海軍がとっくの昔に夜間艦砲射撃によるミッドウェー島攻撃を断念し、そしてそれに代わる手段を講じていたことを。



 第三艦隊

 第三一任務部隊

 「エセックス」(F6F四八、SB2C三六、TBF一八)

 「レキシントン2」(F6F四八、SB2C三六、TBF一八)

 「インデペンデンス」(F6F二四、TBF九)

 「プリンストン」(F6F二四、TBF九)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三二任務部隊

 「バンカー・ヒル」(F6F四八、SB2C三六、TBF一八)

 「ヨークタウン2」(F6F四八、SB2C三六、TBF一八)

 「ベロー・ウッド」(F6F二四、TBF九)

 「カウペンス」(F6F二四、TBF九)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三三任務部隊

 「イントレピッド」(F6F四八、SB2C三六、TBF一八)

 「ワスプ2」(F6F四八、SB2C三六、TBF一八)

 「モンテレー」(F6F二四、TBF九)

 「ラングレー」(F6F二四、TBF九)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三四任務部隊

 「ホーネット2」(F6F四八、SB2C三六、TBF一八)

 「カボット」(F6F二四、TBF九)

 「バターン」(F6F二四、TBF九)

 「サン・ジャシント」(F6F二四、TBF九)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三五任務部隊

 戦艦「ニュージャージー」「アイオワ」「ワシントン」「ノースカロライナ」

 軽巡四、駆逐艦一六


 第三六任務部隊

 戦艦「サウスダコタ」「インディアナ」「マサチューセッツ」「アラバマ」

 軽巡四、駆逐艦一六


 ミッドウェー基地

 F4U九六機

 PV-1(夜戦仕様)一二機

 B24四八機

 PBY三六機

 数字は常用機のみで補用機を含まず。他に輸送機、連絡機等。

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