第26話 敵機動部隊殲滅

 第一次攻撃隊に参加した一九八機の一式艦攻のうちで、死線をくぐり抜けて母艦に戻ってきたものは一八五機だった。

 相手に与えた損害を考慮すれば、その損害は十分に許容できる数字ではあった。


 しかし、それら一式艦攻は攻撃手段の差でその被害状況に著しい差が生じていた。

 「奮龍一型」を使用した七二機の一式艦攻に被撃墜機は生じず、一〇機あまりが被弾損傷したにすぎなかった。

 逆に、魚雷で米空母を攻撃した一二六機の一式艦偵のほうは一三機が未帰還となり、その損耗率は一割を超える。

 さらに、損傷した機体も六割を超え、再出撃が可能と判定された機体は全体の半数にすら満たない。


 「奮龍一型」で米機動部隊を攻撃した一式艦攻の被害が軽微なもので済んだのは、その多くが他艦からの援護を受けにくい輪形陣の外郭にあった巡洋艦や駆逐艦を攻撃したことがその大きな理由であることは間違いない。

 しかし、なによりも「奮龍一型」をもって攻撃したことこそが最大の要因だろう。

 米巡洋艦や米駆逐艦は発射母機である一式艦攻よりも、真っ先に自分たちに突っ込んでくる「奮龍一型」の撃墜に躍起となった。

 つまりは、その分だけ一式艦攻に向けられる対空砲火が減ったのだ。

 本来であれば、母機である一式艦攻を墜とせば「奮龍一型」もまた無力化されるのだが、しかし同兵器が初見参だったこともあり、そこまで気が回らなかったのだろう。


 一方の雷撃隊のほうは事前に「奮龍一型」によってすべての艦がダメージを負っていたのにもかかわらず、しかし少なくない損害を被ってしまった。

 射撃指揮装置やあるいは銃砲の性能向上が著しい昨今において、雷撃やあるいは急降下爆撃といった肉薄攻撃は差し違えの戦術と言っても言い過ぎでは無い。

 もしこれが防弾装備の貧弱な九七艦攻や九六艦攻であったとしたら、もしくは「奮龍一型」によって事前に対空砲火を減殺していなかったとしたら、あるいは雷撃隊は壊滅的ダメージを被っていたかもしれない。

 それほどまでに米艦の対空射撃は優秀であり、またその弾幕は濃密だったのだ。






 「一航戦ならびに二航戦は甲一、五航戦ならびに六航戦は甲二の残存艦艇を目標とせよ。五航戦ならびに六航戦の攻撃法は嶋崎少佐の指示に従え」


 淵田中佐の命令一下、一式艦攻が二群に分かれ五七機が甲一、六五機が甲二にその機首を向ける。

 甲二のことは嶋崎少佐に丸投げし、淵田中佐は甲一の攻撃手順を指示する。


 「一式艦攻隊の攻撃については『蒼龍』隊『飛龍』隊、次に『加賀』隊の順とする。『赤城』隊については追って指示する。目標については各隊長に一任するが、攻撃が特定の艦に集中しないよう注意せよ」


 甲一と呼称される艦隊は、戦前には二隻の空母を中心とし、それを二隻の巡洋艦と八隻の駆逐艦で取り囲む堂々たる機動部隊だった。

 しかし、現在では二隻の空母の姿は無く、護衛艦艇も駆逐艦が八隻から七隻へと減っていた。

 また、洋上に浮かんでいる艦艇もそのいずれもがすでに「奮龍一型」を食らっており、無傷なものは一隻もない。


 その甲一に対し、一二機の「蒼龍」隊が六機ずつに分かれ、左右に展開する。

 彼らの狙いは一目瞭然だった。

 生き残った艦の中で最大の獲物である二隻の巡洋艦にその的を絞ったのだ。


 一方、生き残った米艦は前回とは違い、その対空火器を「奮龍一型」ではなく一式艦攻へと向けてきた。

 たった一度の会戦で米軍は「奮龍一型」の正体を看破し、そしてすぐにその対応策を打ち立てたのだ。


 だが、すでに「奮龍一型」によって対空火器の多くが損壊している米艦から放たれる火弾や火箭は最初の頃とは打って変わって弱々しいものとなっている。

 そのことで、被弾損傷する機体は少なからずあったものの、しかし一方で撃墜される機体は一機も無い。

 一二本放たれた「奮龍一型」のうち、途中で三本が機械トラブルで脱落したものの、残る九本のうちの八本までが二隻の巡洋艦に突き込まれていく。


 重巡の一二〇キロ弾あるいは軽巡の六〇キロ弾に対してはそれなりの抗堪性を持つ米巡洋艦も、しかし一〇〇〇キロに迫る「奮龍一型」を弾き返すことは出来ない。

 三発被弾した巡洋艦は猛煙を吐きだして洋上停止、五発食らったほうの巡洋艦は文字通り洋上の松明と化した。


 「蒼龍」隊の攻撃が終わると同時に突撃を開始していた一三機の「飛龍」隊は二手に分かれ、二隻の駆逐艦に的を絞って攻撃した。

 「飛龍」隊の練度もまた「蒼龍」隊に劣らず、一三本発射したうちの九発が二隻の駆逐艦を捉える。

 巡洋艦と違って装甲が無きに等しい駆逐艦にこの打撃に耐えられる道理は無い。

 二隻の駆逐艦はあっという間に猛煙に包まれ、そのうちの一隻は魚雷かあるいは爆雷に火が入ったのか、大爆発を起こして轟沈する。


 一六機の「加賀」隊は三隊に分かれ、狙いをつけた三隻の駆逐艦に対してそれぞれ三本乃至四本の「奮龍一型」を突き入れた。

 致命の一撃を食らった三隻の駆逐艦はそのいずれもが猛煙や猛炎に巻かれ、洋上にその骸をさらしていた。


 「『赤城』第二中隊それに第三中隊はいまだ反撃中の二隻の駆逐艦にとどめをさせ。第一中隊については追って指示する」


 第二次攻撃を終えた時点で「赤城」所属の一式艦攻の稼働機は、本来であれば第一中隊が八機で第二中隊と第三中隊がそれぞれ四機だった。

 第二次攻撃の際、「奮龍一型」で攻撃した第一中隊はほとんどの機体が無事だったのに対し、雷撃を敢行した第二中隊と第三中隊は被弾損傷機が相次いだからだ。

 そこで、戦力の均衡を図るために淵田中佐は二機の一式艦攻を第一中隊から抽出して、それぞれ第二中隊と第三中隊に臨時編入させた。

 そして、その第二中隊それに第三中隊の合わせて一〇機の一式艦攻は残る二隻の米駆逐艦に合わせて一〇本の「奮龍一型」を発射、そのうちの六本を叩き込んだ。


 「『赤城』第一中隊、目標左の巡洋艦。絶対に沈めろ!」


 「蒼龍」隊によって三本の「奮龍一型」を被弾した巡洋艦は、洋上停止したままではあったが、しかしわずかながらも吐き出す煙の量が減り、復旧の兆しを見せていた。

 それ以外の艦については、明らかに致命傷を被っており沈没が避けられそうな艦は一隻も見当たらない。


 「赤城」第一中隊が反撃能力を失った巡洋艦に迫る。

 それら機体からそれぞれ「奮龍一型」が解き放たれる。

 これらのうち、トラブルが生じた一本を除く五本が巡洋艦に迫り、そしてそのうちの四本が命中する。

 数瞬後、巡洋艦が大爆発を起こす。

 あるいは、「奮龍一型」のうちの一本が弾火薬庫にその爆発エネルギーを注ぎ込んだのかもしれない。

 一航戦それに二航戦の攻撃が終了してほどなく、甲二を目標としていた嶋崎少佐から報告があがってきた。


 「当隊攻撃終了、巡洋艦二、駆逐艦六を撃沈。洋上に浮かぶ敵艦無し」

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