第27話 ブリスベン砲撃
「奮龍一型」それに九一式航空魚雷を装備する一式艦攻の猛攻によって四隻の正規空母を主力とする米機動部隊を殲滅した第一航空艦隊は、その後も攻撃の手を緩めることなくブリスベン近郊にある飛行場に対して空爆を繰り返した。
第二航空艦隊の艦上機隊によってすでに戦闘機のほとんどを喪失していた米豪連合基地航空隊に反撃の余力は乏しく、ほどなくブリスベン一帯の制空権は日本側がこれを完全掌握するに至った。
また、これと並行して一航艦ならびに二航艦の一式艦偵は潜水艦狩りを実施、撃沈こそ二隻にとどまったものの、しかし米潜水艦の行動を完封する。
空中それに海中の脅威を排除したことで一航艦と二航艦の駆逐艦とそれに補給船団を護衛していた海上護衛総隊の一部の護衛艦が掃海を実施、ブリスベン沖合に敷設されていた機雷を一掃する。
そこへ六隻の戦艦を基幹とする第一艦隊が真打ち登場とばかりにその姿を現す。
その第一艦隊の将兵らはブリスベンの潜水艦基地の撃滅こそがその目標だと教えられているが、しかし実際は違う。
第一艦隊の真の目的はブリスベンの潜水艦基地を含む街そのものの掃滅だ。
豪州第三位の街を焼き払い、豪政府とその国民に日本への恐怖を植え付ける。
そして、そのことを奇貨として豪州を戦争から脱落させる。
さらに、それとは別に、開戦以降これといった出番の無かった鉄砲屋の不満のガス抜きという意味合いもあった。
六隻の戦艦によるブリスベンへの砲撃は三時間ほどで終わった。
戦艦部隊が砲撃している間、市街地上空では二航艦から発進した一式艦偵と零戦がそれぞれ着弾観測とその護衛に、海上でも地上と同じく一式艦偵と零戦がそれぞれ対潜哨戒ならびに上空直掩にあたり戦艦部隊に鉄壁の守りを提供していた。
また、反撃を試みた陸上砲台に対しては、その頭上から一航艦の一式艦攻が容赦なく爆弾の雨を降らせている。
そのなかで四一センチ砲を装備する「長門」と「陸奥」はそれぞれ二〇〇発、三六センチ砲搭載戦艦の「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」もまたそれぞれ二〇〇発の主砲弾をブリスベンの街へ叩き込んだ。
砲撃は各艦の砲弾が同じ場所に落ちないよう、あらかじめ街を碁盤の目のように区切り、艦ごとに担当区画を決めたうえで、それらに対してひとつひとつ撃ち込んでいった。
高速で動き回る敵艦を目標に訓練を続けてきた将兵にとって、動くこともなく反撃すらしてこない陸上の目標に対する砲撃は正確を極めた。
さらに戦艦部隊を護衛していた「古鷹」型ならびに「青葉」型の四隻の重巡も、敵の反撃が無いことが確認されてからは砲撃に加わり、こちらは各艦いずれも二〇〇発前後を撃ち込んでいる。
そのことで、ブリスベンの街には一〇〇〇トンをゆうに超える鉄と火薬が叩き込まれた。
これは一式艦攻一〇〇〇機が爆撃したに等しい。
砲撃は容赦が無く、軍事施設や港湾施設はもとより工場や商店、住宅さえ例外なく爆砕された。
街にあった可燃物は例外無く燃え上がり、炎と煙が跳梁を開始する。
その火災は凄まじく、熱と煙で担当空域に近づけない一式艦偵まで出てくる始末だった。
このため、観測機の支援無しで砲撃せざるを得なくなった艦もあった。
敵の爆撃機による反撃はなかった。
爆撃機はあったのかもしれないが、仮にあったとしてもその稼働機は極めて少数だったのだろう。
出撃したとしても零戦が多数警戒する中では近づくことさえ出来なかったはずだ。
砲撃が終わった後もブリスベンの街は煙に包まれていた。
時折、赤い光が見えるが、何かが炎上あるいは爆発しているようだ。
「猛煙で正確な観測が出来ず、戦果判定については完璧を期すことが出来ませんが、しかしブリスベンの街に対してはこれに壊滅的打撃を与えたことは間違いありません」
平静を装うものの、しかしその声音に興奮の色を隠しきれていない砲術参謀の報告にうなずきつつ、第一艦隊司令長官の高須中将は出撃前に山本連合艦隊司令長官から与えられた指示を思い出している。
「ブリスベンならびに迎撃に現れた敵艦隊を撃滅してなお余力があるようなら、そのまま南下してシドニーも叩いてほしい」
シドニーは豪州最大の都市で、ブリスベンとは一〇〇〇キロ近く離れている。
往復だと二〇〇〇キロだ。
「もし仮にシドニーにまで足を延ばすとなれば、本土まで帰りつけるかどうか微妙です。油槽船を追加していただくなりの手当が必要と考えますが」
帝国海軍軍人にしては珍しく兵站を軽視しない高須長官の疑問に、山本長官は満足気な表情とともに種明かしをする。
「燃料が危なければ直接本土には戻らずトラック島に立ち寄ってくれ。貴艦隊がブリスベンで暴れまわっている間に油の都合をつけておく。同島のタンクも決して十分な容量とは言えないが、しかし不足分を補充する程度の量は備蓄が可能だ」
油の心配が無くなれば、残る問題は武器弾薬だが、しかし各戦艦ともにいまだ七割以上の主砲弾を残している。
また、一航艦や二航艦の艦上機隊も補用機の組み立てや損傷機の修理で戦力をかなりの程度回復している。
それに、豪州南部に展開する敵の基地航空隊はブリスベンにおける一連の戦闘でかなりの程度損耗したはずだから、さほど脅威にはならないはずだ。
人間のほうも問題は無い。
一航艦と二航艦は最大のライバルとも言うべき米機動部隊に快勝し、気炎を上げている。
また、第一艦隊のほうも相手が米戦艦ではなくブリスベンの街だったとはいえ、それでも瀬戸内海でくすぶり続け柱島艦隊と揶揄されていた頃に比べればその誰もがすっきりとした表情をしている。
(シドニー行きを避ける理由は一切無しか)
胸中であっさりと結論を出した高須中将は新たな命令を発する。
「ブリスベン攻撃に関しては、完全にその目標を達成したものと判断する。第一艦隊それに一航艦と二航艦は陣形を整え次第南下、次にシドニーを攻撃するものとする」
一呼吸置き、高須長官はさらに命令を重ねる。
「全艦、対潜警戒を厳にせよ。勝ったと思った時が一番危険だ。ここはまだ、米潜水艦の支配海域だということを忘れるな!」
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