第23話 奮龍

 敵機動部隊を視認するまでに第二次攻撃隊は三〇機ほどのP38ライトニングそれに一〇機足らずのF4Fワイルドキャット戦闘機の迎撃を受けた。

 P38のほうは機動部隊の上空を守るために陸上基地から飛び立った交代の機体で、F4Fのほうは第一次攻撃隊との戦いで生き残ったものと推測された。

 それら四〇機近い米戦闘機は、しかし第二次攻撃隊に随伴していた六〇機からなる零戦の防衛網を突破するには至らず、一式艦攻の中で撃墜されたものは一機もなかった。


 進撃を続けた第二次攻撃隊はほどなくその視界に二群からなる機動部隊を収める。

 それら機動部隊はいずれも二隻の空母を中心とし、それぞれ二隻の巡洋艦と八隻の駆逐艦を外周に配す典型的な輪形陣を形成していた。


 「一航戦ならびに二航戦は甲一、五航戦ならびに六航戦は甲二を攻撃せよ。

 甲二の攻撃手順については嶋崎少佐にこれを一任する」


 第二次攻撃隊指揮官兼「赤城」飛行隊長の淵田中佐は、甲二への攻撃についてはこれを嶋崎少佐に丸投げし、さらに命令を続ける。


 「『加賀』第一中隊ならびに二航戦の第一中隊それに『赤城』第一中隊第三小隊は輪形陣外郭を固める巡洋艦ならびに駆逐艦を目標とせよ。攻撃順は『蒼龍』『飛龍』『加賀』、最後に『赤城』第三小隊とする。それと、攻撃は各隊ともに小隊単位とせよ。

 そして、輪形陣の崩壊と同時に『赤城』第一小隊は前方の空母、第二小隊は後方の空母を叩くものとする。その後、『赤城』ならびに『飛龍』雷撃隊は前方の空母、『加賀』ならびに『蒼龍』雷撃隊は後方の空母を攻撃、これを撃沈しろ」


 「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」ならびに「飛龍」第一中隊の一式艦攻の腹には爆弾や魚雷とは似て非なる異形が搭載されていた。

 開戦前にはすでに量産が開始されていたものの、しかし真珠湾攻撃には間に合わなかった「奮龍一型」だ。

 その「奮龍一型」は「猛想戦記」に登場した誘導兵器を参考につくられた、帝国海軍の切り札とも言える最新兵器だった。

 それは無線を用いた誘導弾で、搭乗員がジョイスティックを使用して目標まで誘導する。

 機体ならびに搭乗員保護の観点から射程を可能な限り伸ばし、またある程度の貫徹力を付与した。

 それと、重量を九五〇キロとしたことで単発の艦上攻撃機にもその搭載が可能となっている。

 ただし、軽量化の代償として破壊力を妥協、炸薬量を当初予定の四〇〇キロから三〇〇キロに減じている。


 先鋒を受け持つ「蒼龍」第一中隊が降下しつつ、輪形陣の前方を固める三隻の駆逐艦に狙いをつける。

 前を行く駆逐艦から両用砲弾が撃ち出されるが、しかし駆逐艦の正面火力などたいしたことはない。

 被弾機こそ生じたものの、しかし途中で撃墜される機体もなく「蒼龍」第一中隊は射点に到達する。

 同時に九発の「奮龍一型」を発射する。

 ぼやぼやしていたら機関砲や機銃の射程圏内に飛び込んでしまう。


 後方に煙を吐き出しながら、世界中のどの戦闘機をもしのぐ速度で「奮龍一型」が駆逐艦に迫る。

 送受信装置かあるいは推進機構にトラブルが生じたのか、二本が脱落する。

 実戦における兵器の初期不良は織り込み済みだ。

 むしろ、この程度で済んだのはそれこそ技術者や兵器員が丹精込めて整備してくれたおかげだろう。

 さらに一発が機関砲かあるいは機銃の火箭に絡め取られて爆散する。

 飛行機よりも遥かに小さな的にしか過ぎない「奮龍一型」に命中弾を浴びせるのだから、敵の駆逐艦の対空能力は極めて優秀なのだろう。

 しかし、それが駆逐艦の限界でもあった。


 敵の火網をかいくぐった六本のうちの五本が命中する。

 通常の爆弾や魚雷では望み得ない極めて高い命中率だ。

 一トン近い弾体に三〇〇キロの炸薬を内包する鉄の塊を突き込まれては装甲など無きに等しい駆逐艦はたまったものではない。

 二発を食らった二隻の駆逐艦はそのいずれもが猛煙を上げて洋上停止し、一発で済んだ駆逐艦もまた這うように進むだけとなっている。


 後続する空母や巡洋艦それに駆逐艦は炎上する僚艦との衝突を回避するために思い思いに舵を切る。

 そのことで、輪形陣は完全に崩壊する。


 目ざとい「飛龍」第一中隊や「加賀」第一中隊、それに「赤城」第一中隊第三小隊は米機動部隊に生じた隙を見逃さない。

 まだ無傷を保っている巡洋艦や駆逐艦に向けて順次「奮龍一型」を撃ち込んでいく。

 本来、「奮龍一型」のような遠めから狙いをつける兵器は波状攻撃よりも一斉攻撃の方が望ましかった。

 数が多い分だけ対空砲火が分散されるし、相手に与えるリアクションタイムも短くて済む。

 しかし、無線誘導ゆえに「奮龍一型」は周波数チャンネルの制約があった。

 一度に発射できる数は最大で一八発までだった。

 帝国海軍では冗長性を持たせるために、同時攻撃は一個中隊までを基本としている。


 洋上に一〇個の煙が発生したのを視認した「赤城」第一中隊第一小隊とそれに第二小隊が空母に対して機首を向ける。

 六機の一式艦攻の周辺に高角砲弾炸裂の黒雲がわき立つが、しかしその密度は戦闘開始時に比べて明らかに薄い。

 前方の空母に狙いを定めた淵田中佐は二番機それに三番機とともに「奮龍一型」を発射する。

 途中、三番機が放った「奮龍一型」が脱落するが、しかし一番機と二番機のそれは狙い過たず前方に位置する空母の舷側に相次いで吸い込まれていく。

 盛大な爆発が二度続き、そこから大量の煙が吐き出されていく。


 深手を負わされた空母に、今度は魚雷を抱えた「赤城」第二中隊と第三中隊、それに「飛龍」第二中隊が挟撃を仕掛ける。

 後方の空母にも「加賀」第二中隊と第三中隊、それに「蒼龍」第二中隊が迫っているはずだ


 攻撃を終えた淵田中佐が上空から雷撃隊の奮闘を見守る。

 二隻の空母は大きな航跡を引きつつ、必死の回頭で魚雷から逃れようとするが、しかしそれぞれ二七機もの手練れが駆る一式艦攻に狙われては助かる術は無い。

 前方の空母に六本、後方の空母に八本の水柱が立ち上る。

 三割そこそこの命中率は少しばかり不満だが、しかし両空母に致命傷を与えたことは間違いない。

 その頃には甲二への攻撃を指揮した嶋崎少佐からも戦果報告が上がっている。


 「甲二への攻撃終了。空母二隻撃沈、巡洋艦二隻それに駆逐艦八隻を撃破」


 淵田中佐は五航戦それに六航戦が挙げた戦果を喜んだ。

 しかし、一方で友軍への心配が胸中に広がっていくことを自覚している。

 敵の機動部隊は四隻の空母を擁していた。

 普通に考えれば、二〇〇機程の艦上機を友軍艦隊に差し向けることが可能だ。

 それにブリスベン近郊の飛行場からもそれなりの航空戦力が出撃しているはずだ。

 自分たちは任務を達成した。

 しかし、勝負はまだ予断を許すような状況ではないことも事実だった。

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