第3話 空母建造

 「マル三計画は結局のところ、四隻の空母を建造することで決着したよ。新型戦艦のほうはこれを建造しない。それと、これは大きな声では言えんが戦艦から空母に変更することで浮いた差額分については内密に他の予算に流用する。このことで、議会に対しては虚偽の報告となってしまうが、まあそこらあたりは後でどうとでもなる。

 しかし、それにしても分からんもんだな。宮様はもちろんのこと、あれほどまでに新型戦艦に情熱を傾けていた中村さんまでもがあっさりと空母で構わないとおっしゃられたのだから。いったい全体どうなっているのか私にはまったく理解出来ん」


 海軍内においては一般的な大艦巨砲主義者である伏見宮元帥と、それ以上に熱烈な信奉者である中村大将の心変わりに永野海軍大臣はどうにも釈然としない様子だ。

 先日までの、あの胃が痛くなるような山本中将と中村大将の一触即発のような激論はいったいなんだったのかという思いなのだろう。


 だが、その一方で永野大臣が山本中将それに中村大将という二人の海軍重鎮の決定的な決裂を回避できたことで安堵しているのもその表情から分かった。

 人事を司る海軍省の長として、海軍内の人間関係ほど気を遣うものはないだろうから、永野大臣の心労はかなりのものだったはずだ。

 そのことで、山本中将は少しばかり反省する。

 軍令部総長の伏見宮元帥それに海軍大臣の永野大将のトップ2がわざわざ仲裁に出張ってきたのだから、自分と中村大将との対立ははたから見れば相当に険悪な雰囲気だったのだろう。

 余計な心配をかけてしまったのは間違いない。


 「君、まさかあの二人に呪術や催眠術といった類のものを施したりなんかはしていないだろうね」


 山本中将の胸中を知ってか知らずか、永野大臣にしては珍しく軽口が飛び出してくる。

 一方の山本中将は苦笑を返事にしつつも内心は汗びっしょりといったところだ。

 永野大臣が言う呪術や催眠術といったものとは少しばかり違うが、それでも身に覚えはあった。

 「意知字句艦帳」にあった戦艦「大和」と「武蔵」の名前を消す一方で「神鶴」それに「天鶴」という二隻の空母の名前を書き足したのはつい昨日のことだ。

 それが効果を発揮したのか、あるいは単なる偶然なのかは山本中将には分からない。

 だから、確かめる。


 「大臣は二隻の戦艦が同じく二隻の空母に置き換わったとおっしゃいましたが、他にマル三計画で変わったところはあるのでしょうか」


 「細かいことまでは私もよく覚えておらんが、新型戦艦の建造中止に伴ってそれ専用の給兵艦もとりやめになったはずだ。その一方で、航空予算は大幅に増えた。それも倍近い増額らしいから、航空本部長の君の仕事も責任も増えること間違いなしだ」


 「どうだ、嬉しいだろう」といった表情を永野大臣は向けてくるが、山本中将はそれどころではない。

 ストレス発散を目的に、おもしろ半分で「意知字句艦帳」に記した通りのことが実際に起きてしまっている。

 それと同時に、山本中将はあることを思い出す。

 数年前の話、しかも一度会ったきりの関係だからすでに記憶はあいまいだが、それでも平沼龍角といういかにも胡散臭い男が語っていたその言葉だけは妙に耳に残っている。


 「いつ戦争になるかは分かっていますよ。昭和一六年一二月八日、日本は米国に対して宣戦布告します」

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