第4話 来訪者再び
永野海軍大臣からマル三計画において二隻の戦艦がキャンセルされ、その代わりに同じく二隻だったはずの空母が四隻に増勢されることになったと聞かされたその翌日。
山本中将は副官から平沼龍角と名乗る男が面会を求めてきていると伝えられる。
まるで図ったかのような絶妙なタイミング、もちろん一も二もなかった。
山本中将は他の用事を後回しにしたうえで平沼に会うことを即断、人払いをしたうえで彼と向き合う。
「ようやく帳面を使っていただけたようで。ただ、マル一計画はともかくマル二計画であれを使っていただければあるいは今頃は『蒼龍』型空母が四隻になっていたかもしれませんので、そこは残念ではありますが。
それで本題ですが、山本中将が私に対して何か聞きたいことがあるのではないかと思いまして、そのことで突然ではありますが本日参上した次第です」
あいさつもそこそこに、平沼は直球を投げてきた。
時間を無駄にしたくない山本中将にとってもそれはありがたい配慮だ。
「個人的に一番聞きたいのは帳面の本当の正体。そして貴殿がなぜ私が帳面を使ったということが分かったかということ。それになにより貴殿がいったい何者であるのか。だが、そのことは置いておく。どうせ聞いたところではぐらかされるだけだろうからな。
で、今は山本五十六個人としてではなく帝国海軍中将としてお尋ねする。帳面の最適の使い方、あるいは帝国海軍として出来うる限りの最高の戦備を整える知恵を貴殿はお持ちなのか」
山本中将の問いは、それはつまりは丸投げの質問だ。
用兵や戦備について、部外者から口を差し挟まれることをなによりも嫌う兵科士官の親玉らしからぬ振る舞いともいえる。
そのことが意外だったのか、平沼は少しばかり驚いたような顔になる。
(この男にも感情があるということか)
鉄面皮だと思っていた平沼、その彼の表情の変化に山本中将は安堵する。
あるいは神や悪魔といった人外ではないかと疑いつつあった目の前の人物は、しかし人間と同じ感情を持つ存在でもあるのだろう。
「山本さんはマル三計画の俎上に上がっていた『大和』と『武蔵』の建造を取り止め、その予算を航空戦備の充実にあてられた。それについては特に申し上げることはありません。飛行機こそが次代の主戦力となることは間違いの無いところですから。
しかし、出来ればその一部を各種兵器の開発予算に流用されることをお勧めします。これからの海軍それに陸軍を含む軍隊は電探をはじめとした新しい技術の導入無しでは立ちいかなくなりますので。
それと、帳面とともにお渡しした『猛想戦記』のほうは読んでいただけましたか?」
「ああ、昨夜読ませてもらった。そのおかげで今は少しばかり寝不足だ」
山本中将はぼやき口調のまま、さらに言葉を続ける。
「貴殿が書いた『猛想戦記』、我々で言うところの架空戦記といったものだが、非常に興味深い内容だった。特に制空権を握った側が常に優位に立っていたことは大いに同意するところだ。そして、その制空権の肝となるのは戦闘機であり、その戦闘機の能力を十全に生かすためには適切な情報支援が必要であること。そして、それこそが航空管制の要諦であり、それを実現するためには電探や高性能の通信機といったものが必要となってくる。さらに驚いたのが電探の表示画面であるPPIスコープやあるいは敵味方を識別するIFFの概念だ。
それから海上護衛戦における対潜艦艇と潜水艦の戦いの話もまたおもしろかった。敵潜水艦を捕捉するための聴音機の探知能力を上げるには船体や機関から発生する自家騒音を低減させることが何より重要なこと、それと多弾散布型迫撃砲による前投式対潜兵器のアイデアは是非とも実現すべき戦備だと強く思ったよ。いずれにせよ資源の多くを海外からの輸入に依存する我が国にとって、潜水艦対策もまた喫緊の課題だということが身に染みて分かった。
ああ、それと航空管制にせよ潜水艦戦術にせよ、きれいな挿絵をあしらってくれたおかげで容易にイメージすることが出来た。なんにせよ、この二つについては帝国海軍でもすぐに研究を進めるべきだろうな」
他にも「猛想戦記」で触れられていた兵棋駒やあるいは透明のアクリルボードを使ったリアルタイムの戦況表示システム、それに空母のアングルドデッキやカタパルトといったものにも言及、それらの話もまた興味深いものだと言って山本中将は感心の表情を平沼に向ける。
「お褒めいただき恐縮の極みですがしかし山本さん、航空管制にせよ新機軸の対潜兵器にせよ開発にはそれなりのお金がかかります。山本さんは廃止する二隻の大型戦艦とその代わりに建造する二隻の空母の差額をまるまる航空関連予算に上積みしましたが、しかしこれらのうちの半分を電探やカタパルト、それに対潜前投兵器といったものの開発予算に回せば実用化は一気に進むと思いますよ。
ああ、それと航空機の発動機や通信機、それに新型機銃や防弾装備も外せません。もちろん、その分だけ配備出来る航空機の数は減少しますが、しかし電探や優秀な通信機、それに対潜兵器の開発を進めたほうが帝国海軍にとってはよほど有益ですよ。この件については、私としては帳面の修正を強くお勧めします」
強くの部分にわずかに語調を強くした平沼に対し、山本中将は同意の首肯を返す。
兵器は数も大事だが質も大事だ。
飛行機や空母、それに潜水艦もまたその例外ではない。
そんなことは平沼に言われるまでも無く、当たり前のこととして理解している。
山本中将の肯定的な態度を確認した平沼はすぐに辞去する旨を彼に伝える。
突然の面会だから、あまり長話も出来ないと考えたのだろう。
初めて会ったときからその忖度上手なところは何ひとつ変わっていない。
平沼が部屋を出る。
その彼は山本中将に向けて爆弾を残していった。
「あっ、そうだ山本さん。一つ言い忘れていましたが、帝国海軍艦艇の塗料は燃えますよ。それと、電線の被膜もまた燃えるうえにそれらが電路を伝って火を各所に伝播させますからやっかいなことこの上ない。可及的速やかにその対策を実施することをお勧めします」
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