第56話 油断後破滅

 瑞雲隊の活躍によって厄介極まりないミッドウェー島基地航空隊が全滅した。

 そのことで、日本の水上打撃部隊から同島を守るために布陣していた第三五任務部隊それに第三六任務部隊が文字通り遊兵と化す。


 戦いの序盤を制した連合艦隊だが、しかしまだ最大の敵が残っていた。

 米機動部隊だ。

 その米機動部隊の姿を求め、第一艦隊と第二艦隊それに第三艦隊ならびに第四艦隊の空母から夜明け前に一八機が、さらにその三〇分後にも同じく一八機の一式艦偵が発進し、一八の索敵線を形成する二段索敵を実施していた。

 そして、その大盤振る舞いとも言うべき索敵機の大量投入は、拍子抜けするほどにあっさりと米艦隊の所在を割り出す。


 「四隻の空母ならびに十数隻の巡洋艦、駆逐艦からなる機動部隊発見」

 「大小それぞれ二隻の空母、他に護衛艦艇からなる機動部隊発見」

 「四隻の空母を主力とする機動部隊発見」

 「大型空母一隻、小型空母三隻を基幹とした機動部隊発見」

 「四隻の戦艦を主力とする水上打撃部隊発見。戦艦のうち二隻は超大型」

 「戦艦四隻を含む水上打撃部隊発見。その針路から機動部隊と合流を図るものと見られる」


 一式艦偵から敵艦隊に関する情報がもたらされるごとに、第一艦隊旗艦「赤城」艦橋の動きもまた慌ただしくなっていく。


 「機動部隊については発見された順に甲一、甲二、甲三、甲四と呼称する。また水上打撃部隊についてはこれを乙一ならびに乙二とする」


 全体指揮ならびに第一艦隊の指揮を執る小沢長官の凛とした声が「赤城」艦橋に響く。

 事態が動くごとに参謀長や航空参謀に意見を求めていた南雲長官と違い、小沢長官はよく言えば即断即決、悪く言えば聞く耳を持たない態度に終始している。


 「発見された六個艦隊に対して接触維持のための機体を発進させろ。それと我が艦隊と米機動部隊の中間空域にも哨戒機を出せ。それが終わればただちに第一次攻撃隊を出撃させる」


 一呼吸置いて、小沢長官はさらに命令を重ねる。


 「第一次攻撃隊の発進が終わり次第、第二次攻撃隊も速やかに出撃させろ。それと、第二次攻撃隊の目標について指示する。第一艦隊は甲一、第二艦隊は甲二、第三艦隊は甲三、第四艦隊は甲四を攻撃せよ。乙一ならびに乙二は当面の間は無視で構わん」


 小沢長官の言う第一次攻撃隊は敵の迎撃戦闘機の掃討をその任務としている。

 第一艦隊から四八機に第二艦隊から九六機、第三艦隊ならびに第四艦隊からそれぞれ七二機の合わせて二八八機の零戦を主力としている。

 これに加え、四機の一式艦偵が指揮管制や航法支援、それに前路警戒として支援にあたる。

 第二次攻撃隊のほうは第一艦隊と第二艦隊からそれぞれ零戦二四機に一式艦攻五四機、第三艦隊と第四艦隊からそれぞれ零戦三六機に一式艦攻五四機の合わせて三三六機からなり、こちらは対艦攻撃をその任務としている。

 また、各空母ともに二個中隊、合わせて五〇四機の零戦が直掩任務にあたる。


 一方、米第三艦隊を指揮するハルゼー提督もまた、小沢長官と同じかあるいはそれ以上に情報を重視していた。

 七隻の「エセックス」級空母から合わせて二八機のSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機を索敵に投入し、それらはミッドウェー近傍海域にある第一から第四までの四個機動部隊とそれに水上打撃部隊である第七艦隊の位置を完全につかみ取っていた。


 勇猛果敢で鳴るハルゼー提督は一切の迷いも無く積極策を採用する。

 七隻の「エセックス」級空母からそれぞれF6Fヘルキャット戦闘機が二四機にSB2Cが三〇機それにTBFアベンジャー雷撃機が一八機、「インデペンデンス」級空母からF6Fが一二機にTBFが九機の合わせて六九三機が日本艦隊に向けて放たれる。

 それら機体を操る搭乗員らは大編隊の維持を可能としている者ばかりだ。

 昨年のブリスベン沖海戦の際、当時の搭乗員たちは残念なことに大編隊による進撃が出来るまでのレベルには達していなかった。

 その結果、波状攻撃あるいは戦力の逐次投入のような形となってしまい、零戦によってそのことごとくが撃墜されるか撃退されてしまった。

 その反省を生かし、編隊維持の訓練を積んだことで今では日本の搭乗員と同様に機種ごとにまとまって進撃することが可能となっていた。


 日米両軍合わせて一三〇〇機を超える攻撃隊の中で、真っ先に戦端を開いたのは日本の第一次攻撃隊とそれを迎撃するF6Fだった。

 当時、米機動部隊は艦隊防空として「エセックス」級空母に二個中隊、「インデペンデンス」級空母に一個中隊の合わせて二七六機のF6Fを用意していた。


 日米合わせて五六四機の戦闘機がほぼ同高度で激突する。

 数はわずかに零戦が多いが、しかしそれは誤差の範囲と言ってもいい。


 先に仕掛けたのはF6Fのほうだった。

 低伸するブローニング機銃に絶対の信頼を寄せ、遠めから零戦に撃ちかける。

 その火箭に絡めとられる零戦は無い。

 機体をスライドさせ、重厚な一二・七ミリ弾の火網を軽々と躱していく。


 日米の編隊が交錯すると同時に零戦それにF6Fが機体を捻り、互いに相手の背後につけようと旋回する。

 後ろをとったのは格闘戦を得意とする零戦のほうだった。

 一方のF6Fは二〇〇〇馬力の大出力をもって零戦を引き離しにかかる。

 水平時における加速も最高速度も、零戦がF6Fに及ばないのはマーカス島での戦いで実証済みだ。


 しかし、零戦は引き離されるどころか、逆にどんどん距離を詰めてきた。

 あり得ない状況に精神的ショックを受ける搭乗員が続出するが、その隙を零戦は見逃さない。

 二〇ミリ弾のシャワーをF6Fに散々に浴びせ、次々に討ち取っていく。


 米搭乗員は知らなかったが、MI作戦に参加している零戦はそのすべてが最新型の五三型で統一されていた。

 五三型は金星発動機を搭載していた二一型や三二型とは違い、その機首に誉発動機を戴いている。

 出力も三二型の一三〇〇馬力に対して五割増しの一九五〇馬力となり、最高速度も五〇キロあまり優速の六二〇キロに達している。

 さらに零戦はF6Fに比べて遥かに軽量だから、加速性能も上昇性能も明らかに優越していた。


 マーカス島上空の空中戦で散々に痛めつけた零戦と同じタイプのものだとばかり思い込んでいた米搭乗員は、それこそ精神的奇襲を受けたようなものだった。

 そのことで、F6Fは初撃で一気に九〇機あまりを撃墜される。

 一方で零戦の損害は一〇機に満たない。

 ほぼ一対一だった日米の戦力比は、しかし一瞬のうちに三対二にまで開く。


 機体性能で負け、さらに搭乗員の技量で劣り、そのうえ相手の方が五割も多ければ勝機など見出せようはずもない。

 三対二の戦力比はごく短時間のうちに四対二となりやがて五対二となる。

 そうなってしまえばあとは残敵掃討も同然だ。


 そして、戦闘機掃討をその任務としている第一次攻撃隊の零戦はかなりの程度深追いが許可されている。

 米機動部隊の西側上空で複数の零戦が単機のF6Fを追い回す光景がそこここに現出する。

 F6Fは零戦に対して唯一のアドバンテージである降下速度を生かして離脱を図るが、しかし高度を失ってしまえばその手は使えなくなる。

 頭を零戦に抑え込まれ、苦し紛れの反撃に出るF6Fに対して零戦は覆いかぶさるようにして二〇ミリ弾を浴びせていく。


 この戦いでF6Fはごく短時間のうちに全滅に近い損害を被る。

 その中で奇跡的に生き残った搭乗員のうちの一人は、後に自嘲を込めて「ミッドウェーのターキーシュート」と言って、その悲惨極まりない戦いを振り返ったという。

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