第21話 攻撃隊発進

 索敵に三六機もの一式艦偵を投入した。

 そのことで得られた恩恵は非常に大きなものだった。

 それら一式艦偵は敵艦隊の正確な位置のみならず的針や的速、それに大まかな戦力構成の把握にも成功していたからだ。


 発見された機動部隊は二群あった。

 周囲を固める護衛艦艇との大きさの比較から、四隻の空母はそのいずれもが正規空母であることが分かっている。

 二つの機動部隊はそのいずれもが二隻の空母を中心にして、一〇隻程の巡洋艦あるいは駆逐艦がその外郭を形成する典型的な輪形陣を組んでいた。

 それら機動部隊に対してはそれぞれ甲一ならびに甲二の名称が与えられている。



 「空母二隻を基幹とする機動部隊が二群、しかしそれ以外に敵影は見ず、か。敵艦隊の存在を察知できたことは喜ばしいが、しかし発見された艦艇の数が一群あたり一〇隻余というのは少なすぎるような気がする。それと、これだけの規模の艦隊でありながら、しかし戦艦がただの一隻も無いというのも少しばかり違和感がある」


 草鹿参謀長にその視線を向けつつ、南雲長官は独り言のような口調で自身の考えを開陳する。


 「真珠湾攻撃で我々が石油タンクを破壊したことが利いているのでしょう。米国は現在、欧州に大量の物資を送り込んでいますが、中でも油槽船はその需要が非常に大きいはずです。十分な油槽船が用意できない以上、みだりに戦闘艦艇を増やすわけにはいきません。おそらく現時点における最大限可能な投入戦力が二〇隻余ということなのでしょう。

 それは、大飯食らいの戦艦が見当たらないことからも容易に想像がつきます。

 それと、空母が四隻というのは少ないように感じますが、しかし米軍の七隻ある正規空母のうち『ワスプ』と『レンジャー』についてはいまだ大西洋にあることが分かっています。なので、多くても最大で五隻ですから、四隻というのは妥当な数字ではあります」


 南雲長官も草鹿参謀長の見立てに意を同じくしたのだろう。

 大きく首肯する。


 「そうなってくると、気になるのは敵機動部隊が発見された位置だな。ずいぶんと陸地に寄っている。おそらく陸上基地の戦闘機の傘の下で戦おうという魂胆なのだろう」


 米機動部隊の指揮官は一航艦が八隻の正規空母を擁していることを承知しているはずだ。

 にもかかわらず、半数の四隻の空母で立ち向かってきた。

 近代海戦においては航空機こそが肝だということはオアフ島の戦いやマレー沖海戦などを通じて米軍もすでに理解しているはずだ。

 そして、その航空機を運用できる貴重な空母を数的劣勢のまま、しかも無造作に相手の面前に差し出すことなどあり得ない。


 「長官の見立て通りだと思います。実際、ブリスベンに向かった二航艦の零戦隊に対し、迎撃してきた敵の戦闘機はこちらが予想していたよりもかなり少なかったことが報告されています。おそらく、数が少なかったのは米機動部隊の上空にもまた、しかるべき数の戦闘機を配しているからでしょう」


 草鹿参謀長の見解を耳に入れつつ、南雲長官は源田航空甲参謀と吉岡航空乙参謀を当分に見回す。

 その視線の意味を忖度した源田航空甲参謀それに吉岡航空乙参謀が具申する。


 「状況はこちらが事前に想定した通りの展開となっています。敵は機動部隊の劣勢を補うために陸上基地にある航空戦力との連携を図っている。そうであれば、我が方も予定通り速やかに第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊を出すべきだと考えます」


 「私も甲参謀の意見に賛成です。なにより、すでに我々は敵に発見されていると考えるのが至当です。それと現在、各空母の飛行甲板や格納庫には燃料や弾薬を目一杯ため込んだ艦上機がひしめいている状態です。一刻も早く攻撃隊を出撃させねばなりません」


 一航艦は積極的に索敵機狩りを実施したことによって、敵の空の監視網に引っかかった様子は見られない。

 しかし、ここにきて水中から発せられたと思しき不審電波を複数傍受していた。

 おそらく、その発信源は敵の潜水艦だろう。

 というか、ブリスベンにはかなり有力な潜水艦基地が存在すると見られているのだから、敵潜水艦の接触が無いほうがむしろおかしかった。


 源田航空甲参謀それに吉岡航空乙参謀の具申を受け、南雲長官は草鹿参謀長に向き直る。

 源田航空甲参謀それに吉岡航空乙参謀の上司である草鹿参謀長をすっとばして命令を下しても一向に構わないのだが、しかし組織の和を考えればあまり好ましい行為だとは言えない。


 「私も甲参謀それに乙参謀の意見と同じです。ただちに攻撃隊を出撃させるべきだと考えます」


 即答する草鹿参謀長に小さくうなずき南雲長官が命令を発する。


 「第一次攻撃隊をただちに出撃させろ。それが終わり次第、第二次攻撃隊も速やかに出せ。目標の選定ならびに攻撃法については攻撃隊指揮官に一任する」


 南雲長官は細かい指示は出さない。

 ちょっとしたことで状況がガラリと変わる洋上航空戦においては、現場指揮官に権限つまりはフリーハンドを与えたほうが好ましい結果が出ると考えているからだ。

 それになにより、攻撃隊総指揮官の淵田中佐は信頼できる男だ。


 南雲長官の命を受け、各空母から一個中隊合わせて九六機の零戦が航法支援や前路警戒それに指揮管制の任にあたる四機の一式艦偵とともに慌ただしく飛行甲板を蹴って舞い上がっていく。

 第一次攻撃隊の零戦は欧米で言うところのファイタースイープ、つまりは迎撃に現れるであろう敵戦闘機の掃討にあたる。


 第一次攻撃隊の零戦がすべて発艦したことで各空母の飛行甲板が空く。

 そこに今度は第二次攻撃隊に参加する零戦と一式艦攻が敷き並べられていく。

 第二次攻撃隊は一航戦の「赤城」から一式艦攻二七機、「加賀」から零戦一二機それに一式艦攻二七機。

 二航戦の「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ一式艦攻が一八機。

 五航戦それに六航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」それに「神鶴」と「天鶴」からそれぞれ零戦一二機に一式艦攻二七機の合わせて二五八機。

 各空母の一式艦攻のうち、第一中隊については爆弾でも魚雷でもない、これまでに見たことも無い有翼の異形がその腹の下に取り付けられていた。

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