第29話 紅一点!
何気に室内が色めきだっているのは、気のせいではないと思う。
阿部さんが店内に入った瞬間、自分スタイルで飲んでいたおじさん達は、急に身なりを整えたり、姿勢を正したりしだした。
『美人効果って、スゴイ』
昨日とは雲泥の差に、本当にそう思った。
「姫、ビールをどうぞ」
頼んでもないのに、生ビールが出てきた。
私の分は、ついでだろうけど。
にしても、姫って。
「ここの、おでんは日本一、旨いから。特に大根は一押しだ」
豊三おじさんは、目尻タレまくりな笑顔で、阿部さんに色々と説明しだした。
周りのおじさん達は、手拭きを差し出したり、取り皿を置いたりと、至れり尽くせりの歓迎ぶりだ。
「ここは木村さんの行きつけなの?」
阿部さんが私の肘をクイクイと引っ張って、聞いてきた。
そういう気は全くナイんだけど、何とも言えない可愛らしい仕草に、迂闊にもキュンとなっていると、
「お嬢は、今日で2回目だ、」
豊三おじさんが私の代わりに答えた。
でも、
「そうそう、友達とね、来たのよ。おでんが美味しいからって、連れて来てもらったの」
と、話の途中だったけれど、かぶせて言った。
『昨日、風くんと一緒に来たのがバレたら、ややこしくなっちゃう』
豊三おじさんに、何も言わないで、と気持ちを目に込めてガン見した。
「友達って、彼氏さん?」
阿部さんの言葉に一瞬つまった。
「うふふ、少し言いにくそうだったから、そうかなって。最近、付き合ったばっかりって聞いたよ」
誰、情報?!って、思ったけど、想像はつく。
自分の知らないところで、情報が流れるって、いい気がしない。
ふと、こんな思いを風くんもしてるのか、と少し彼に同情してしまった。
「そうそう、いきなりケンカしだしたんだよ。驚いたなー。ま、ケンカするほど、仲がイイともいうけどな」
ハハハ、と大きく豊三おじさんが笑った。
『だから、余計なことは言わなくていいんだってばっ』
全くこっちの意図が伝わっていないもどかしさから、つい勢い余って、豊三おじさんの腕を掴んでしまった。
「お、なんだぁ。おぉ、カンパイか?オイ、みんな、カンパイだ、カンパーイ」
みんな口々に「カンパーイ」と言いながら、ジョッキを上げたかと思うと、カウンターに置かれた私のジョッキに、横からガチャガチャと当ててくるから、慌てて救い上げた。
『あぁー、勿体ない。零れちゃったじゃない』
救済を込めて、グビグビと生ビールを飲むと、意外に喉が渇いていて、ビールの苦みも心地よく、半分ほど飲んでしまった。
「おー、いい飲みっぷりじゃないかー」
私のことかと、少し恥ずかしく思っていたら、周りの視線は私ではなく、その隣に注がれていた。
見ると、阿部さんのジョッキが半分以上、なくなっていた。
「姫、ビールをどうぞ」
また、頼んでないのに生ビールが、手渡しリレーでやってきた。
しかも、1つって。
「姫に、大根1つ」
「玉子もイケるぞ」
「おぉ、玉子1つに、他はないか?」
「ロールキャベツも旨い」
誰かが言うと、誰かが付け加えるように声をあげた。
私の存在がいないかのように、話が進んで行く。
『そりゃまぁ、こんだけ可愛い人を目の前にして、分からなくもないけどさ。おじさん達、あからさま過ぎない?』
どの人も頬を赤くして、楽しそうに阿部さんに話しかけている。
そんなおじさん達を見ていると、どうにも無下に出来なくて、
『仕方ない、飲みますか』
自問自答で、ジョッキに残ったビールをクイッと飲みほして、カウンター奥のビールサーバーへ移動しようとしたら、クイッと腕が引っ張られた。
「どこ、行くの?」
「どこって、ビールを入れに行こうと思って」
阿部さんが真顔で聞くから、ビックリして答えた。
「おぉ、すまん、すまん。気がつかんで。おーい、生ビール1杯だ」
隣で聞いていた豊三おじさんが声をかけると、生ビールがまたまた手渡しリレーでやってきた。
「すみません、ありがとうございます」
カウンター奥の人に頭を下げると、阿部さんも一緒になって頭を下げた。
ついでに、おでんの注文も付け加えて、大根とコンニャクがねり辛子と一緒に出てきた。
店に入った時から、店内に漂うカツオやコンブの少し甘めなダシの香りに、完全にヤラれていたんだけど、やっぱり、目の前で立ち上る湯気と共に実物を目にしてしまうと、一度食べて味を知っているだけに、食欲は刺激され、私の唾液は決壊寸前だ。
「では、いただきます」
両手を合わせ、ダシを十分にすった薄茶な大根に、箸を入れるとスッと切れた。
切れた断面から、じんわりとダシが滲み出てきて、
『もう駄目だ』
パクッと一口に頬張った。
「あぁー、おひしいっ」
ちゃんと言葉になっていたか分からないけど、感動が口から出た。
ダシだけじゃなく、大根の味もしっかりとしていて、素晴らしいマリアージュだ。
空腹の胃が、余すことなく吸収しようとしてるみたいで、更に食欲が増したように感じた。
「ホントだ、すっごい、美味しい」
「ね、最高!」
阿部さんと顔を見合わせて、お互いにモグモグしながら頷き合った。
『やっぱり美味しいモノって偉大だわ。あーんなに会いたくないって思ってた相手なのに、共感してるんだもん』
風くんに警告されたけど、それほど悪い人ではないのかも、と思えてくるから不思議だ。
コンニャクもかぶりつくと、ダシの味が口の中に広がり、サクッと噛み切れた。
ちゃんとコンニャクの弾力も残っているのに簡単に噛み切れるのは、長い時間コトコトと煮ているからだと思うと、その手間暇に感謝したい気持ちになった。
「すごい、トロトロ、柔らかーい」
フウフウと冷ましながら、阿部さんがロールキャベツを頬張っていた。
少しお腹が満たされて、そんな彼女を見ていると、気になっていたことが蘇ってくる。
正直、関わりたくないのが本音だけど、避けてばかりいても仕方がない。
「今日は、どうしたの?なんか、私に用事?」
「それは・・・」
「やっぱり、風くんのこと?」
直球で聞くと、少し言い淀みながらも、コクンと頷いた。
「悪いけど、私に聞かれても何もないよ。知ってるかもだけど、彼氏の友達が、たまたま、風くんだったってのはあるけど、それ以上の付き合いはないから」
よし、言い切った。
たまたま、ってとこも強めに言っといた。
これでもう、きっと煩わされることもなくなる。
そう思うと、今このタイミングで伝えられたのは良かったのかもしれないと感じた。
「木村さんは、そうかもしれない。でも、大智くんの方は、どうなのかな」
「どういうこと?」
「木村さんは、何も感じないんですか?」
「何もって、ナニを?」
「大智くんは、私が話しかけても、他の誰でも、嫌な顔をしない。やんわり、接してくれるの。でも、いつも距離があって、踏み込みたくても、踏み込ませてくれない。なのに、木村さんにだけは違う」
「その、考え方自体が違うと思うよ、私」
「どう違うっていうんですか?昨日見た彼は、すごく自然だった。普通に、木村さんに笑いかけてた」
阿部さんが残っていたビールを、クイッと飲み干した。
『結構、イケる口なのね』
と思っていると、横から手が出てきて、カラのジョッキがサッとひかれた。
あまりの早業に周りを気にすると、ほろ酔いのおじさん達の、どうにかして阿部さんと関わりあいになりたいという高揚した気持ちが見えて、私と阿部さんの2人の間にある温度との差があり過ぎて、笑いが込み上げてきた。
「馬鹿にしてるんですか? 私、真剣に話しているのに」
「違うよ、違う。そうじゃなくって」
「姫も、お嬢も、真剣な話は置いといて。ほら、もっと楽しく飲もう」
訂正しようとしたら、豊三おじさんが、ジョッキ片手に赤い顔を出してきた。
見るとジョッキの中身が違う。
早々にハイボールに切り替えたみたいだ。
「そう、そう。もうすぐ年末だ。ぱぁーっと飲もう」
「チーズ棒、美味しいぞ」
「いやいや、タコもイケる」
「パァッと飲むなら、熱燗はどうだ」
「それなら、ハイボールもいいぞ」
次々と話しかけてくる。
もちろん、みんな阿部さん狙いだ。
周りからの圧に、引き気味の阿部さんも可笑しくって、つい笑ってしまった。
「おう、そうやって笑ってる方がいいぞ、お嬢。ケンカはよくねー」
「ケンカじゃないですよ」
「でもよー、昨日はケンカだったろ。イケメン旦那と」
いい感じに酔って、説教臭くなってきた豊三おじさん。
また昨日の話を持ち出そうとするから、慌てて
「と、豊三おじさん。その話はもう、」
終わり、と言おうとしたら、携帯が鳴りだした。
『 陽 』
一気に、気持ちのボルテージが上がった。
以前、バイブにしていて陽からの電話を出れなかったことを教訓に、バイブ&着信音で必ず気づけるようにしてある。
急いでバッグから取り出して、出ようと画面を見ると、『風 大智』と表示されていた。
「ッ!」
言葉にならない叫びが出た。
いままで一度だってかけてきたことなかったのに、よりにもよって、何故、今。
隣に顔を向けると、こちらを見る阿部さんと目が合った。
『人って、究極に気まずい時、苦笑いするっていうけど、なんか、分かった気がする』
顔を引きつらせながら、全く関係ない事を思った。
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