第4話 謝って、地固まる?

『あぁ、あっちに座りたい』

 いつもの特等席から、奥へ続く長いカウンターに目をやる。

お客も徐々に減り、空いた席が増えてきた。

なのに、なんでこんな狭い場所に座ってなくちゃいけないんだ。

『ここは1人で満員御礼だってのっ』

 そう思って、隣の彼を見た。


「本当に気分悪くさせて、申し訳なかったです」


 座った状態で体ごと私の方を向いて、両手を太ももに置き、深々と頭を下げている。

ここに座ってからずっとこんな感じで、正直もう勘弁して欲しい。


「ホントにもう、いいんで、頭を上げて下さい」

「でも、」


 私が声をかけると、上目遣いに申し訳ない思いいっぱいの顔を覗かせた。

なーんか、大きな犬みたい。


「だいたい、暴言吐いたのは、アナタじゃないでしょう」

「連れてきたのは僕なんで、僕の責任です。アイツにも強く言って聞かせたんで、ホントにすみませんでした」


 頭を下げる彼が少し気の毒に思えた。

『アイツ、マジ、嫌いになったわ。イケメンだからって、なめんなよ』

心の中で毒ついた。


「もう、気にしてませんから」

「ぜんぜん、お店に来てなかったじゃないですか」


 それはそうでしょう、って思ったけど、


「それは・・・、仕事が立て込んでいたので、来れなかったんです」

「すみません」


 建前で答えると、また謝られた。

 ハハ、そうなるよね。


「はい、若鶏の唐揚げ」


 アキさんが揚げたての唐揚げをカウンターに置いた。

香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「謝るのもいいけど、とりあえず食べな」


 アキさんが言うのも当然だ。ここは居酒屋なんだから、飲まなきゃ。

目の前の大きな犬みたいな人をじっと見た。

『謝るべきはアイツなのに、なんで、この人律儀に謝ってんだろ』

そう考えていると、クゥ、と音がした。

彼が、パッとお腹を押さえ、顔を赤くして下を向いた。

『なーんか、おもろっ』


「あのっ、サクラさん、どうぞ食べて下さい。今日は、僕のおごりなんで、気が済むまで何でも好きな物、どんどん食べて下さい」


 何事もなかったように言い切って、取り皿を私の前に置いてくれた。

いやいや食べるなら、アナタでしょ、と思ったけど、口について出たのは、


「名前、呼び?」


だった。

いきなり名前を呼ばれて驚いた。


「あ、すみません。レイカさんから聞いて、その、つい」


 また顔が赤くなった。

『この人、なんか、可愛いなぁ』

 すっきりとした目鼻立ちの醤油顔に、背はそう高くないけど、ガタイがガッチリしているから威圧感が半端なかったけど、中身はすごくいい人っぽい。


「やだぁー、打ち解けてるじゃなーい、2人とも」


 ニコニコと生易しく笑うアキさんの後ろから、レイカさんが顔を出した。

2人の態度に、そんいうんじゃないから、っと声を上げようと思ったら、


「レイカさん、本当にありがとうございました。やっと謝ることが出来ました」


 彼はレイカさんに向き直り、きっちり背筋を伸ばして頭を下げた。


「いいのよ、そんなのー。サクラちゃんも、機嫌直ったみたいで良かったわ」


 何故か、ウインク。


「大智は、こないだの連れは、昔から少し偏った考え方をするところがあって、僕がサクラさんにちょっかい出したもんだから、逆にヘンに反応してあんなこと言ったんだと思います」

「ちょっかい?」


 意外な内容に驚いた。

ちょっかいなんて、少しもかけられてないんだけど。


「え、いや、声かけたし」

「声かけたって。迷惑かけたからって、謝ってくれただけでしょ」

「そうなん、ですけど」


 ナニ、その歯切れの悪さは。


「とにかく、常連さん同士、仲良くなってくれるのは大歓迎よ。やだ、ビールないじゃない。今、入れるわね。ハルちゃんは?」


 仕切り直しとばかりにレイカさんが声をあげた。


「僕もビールでお願いします」

「オッケー」


 足取り軽く、サーバーの前に立つレイカさん。


「ホイ、出し巻き。それと、もう最後だったから、ちょっとしたサービス盛」


 そう言ってアキさんが出し巻きとアカヤガラとマグロがいっぱいに盛られた皿を置いた。


「 「 ワッ、豪勢! 」 」


 声がハモった。


「あとは、鱧天のネギ醤油とセル牡蠣2つ」


 あっという間に狭いカウンターがいっぱいになった。

 彼の空腹に、このビジュアルは刺激が強いだろうな、そう思いながらも、私のお腹もかなりキタ。

生ビールも到着し、もうここは乾杯しかない。


「お疲れ様です」


 ジョッキを片手に私が言うと、


「お疲れ様です」


と、少しはにかみながらハルちゃんもジョッキを掴んで答えてくれた。


「 「 乾杯! 」 」


 コンッとジョッキを合わせ、グイッと飲んだ。

『あー、美味し、沁みるわ~、生き返る~』

 生ビールを堪能していると、


「すごく美味しそうに飲みますね」


 ハルちゃんに言われた。


「そ、そうかな、そんなことないと思うけど。そういうハルちゃんも、いい飲みっぷり」


 半分くらいになってるジョッキを指さして笑った瞬間、固まった。


「名前、知ってくれてたんですね」

「あー、ハハハ、レイカさんが呼んでたの聞いて、それで」


 苦笑いいっぱいで答えたけど、何故かハルちゃんが嬉しそうに笑うので、恥ずかしくなった。


「あの、私、木村 桜子って言います。なので、苗字で呼んでもらえれば。私も、苗字で呼びますので」


 流石に馴れ馴れしかったと思って、自己紹介も兼ねて、苗字呼びを提案した。

 でも、


「僕は、篝 陽です。でもカガリは呼びにくので、ハルと呼んで下さい。僕も、サクラコさんと呼びます」

 

と、返された。


「えーっ、サクラコの方が呼びにくいと思うよ」

「そんなことないです。サクラコさん、いい名前です」

「えー、いや、でも・・・」


 直球で褒められて、ドギマギ感が半端ない。


「サクラコさん」

「ハイッ」


 優しく名前を呼ばれて、勢い良く返事をしてしまった。

恥ずかし~。


「食べましょうか」

「はい」


 ニッコリと笑うハルちゃんにつられて、こちらも微妙な笑みで返した。

『なんだろ、上手く丸め込まれたような感じがする』

 カウンターの上に目線を落とすと、美味しそうな料理達の中でアカヤガラの刺身が目についた。

今度はじっくり味合わせて頂きます、と思いながら合唱して、箸を伸ばしてつまんだけれど、先走り過ぎて小皿に醤油をいれてなかった。

と、スイッと横から醤油の入った小皿が置かれた。


「あ、すみません」

「いえいえ」


 ハルちゃんを見ると、どうぞ、とばかりに手の平を出されたので、そのままワサビをのせて、醤油をつけてパクリと食べた。


「美味しー」

「じゃ、僕も、いただきます」


 ハルちゃんも合唱ののち、パクリと一口。

 お互いの利害の一致に、アイコンタクト。


「アカヤガラ、初めて食べました」

「一緒です、私も初めて。身の弾力もイイ感じ、甘みが濃くて美味しい」


 心の中で、さっき食べたけど、って思ったけど、黙っておいた。

『ついさっきまで会いたくないって、あーんなに思ってたのに、美味しいモノって偉大だわー。一緒に食べて、共感してるんだもん。これって、雨降って地固まる、的な奴よね』


「ポンズ、入れときますね」


 小皿にポンズを注ぎ入れて、牡蠣を目の前に置いてくれた。

『なんて気がきくんだろ』

そう思って、セルに乗っかったプリッとした乳白色の美味しいそうな牡蠣を見た。


「あの、ハル・・・ちゃんも、食べて下さい」

「はい、もちろん」


 ニコッと笑い返してくれるので、こそばゆくなってくる。

渇いた心が潤っていくような、そんな感覚に心が温かくなる。

ずっと1人でばかり飲んでいたから、すっかり忘れていた感覚だ。

『誰かと一緒に楽しい時間を共有するって、こんなに楽しいものだったんだ』

 ふと、先日悩んでいた彼氏探しのことが頭に浮かんだ。

 ついさっきまでの自分を思うと、今、彼に対して芽生えた感情に驚いて、呆れてしまう。

『私って単純。でもさ、こういう人には、きっと素敵な彼女がいるのよ、絶対』

 そう、現実は甘くない。

流石に30年、まだ辛うじて29年だけど、生きてると、それくらいは分かってくる。

 わざわざ友達の失態の為に連日かけて誤りに来るくらいのイイ人だもの、見た目も悪くない、気遣いも出来るときたら、女性の方がほっとかない。

 こんな枯れかけの私、って自分で言っといて悲しすぎるけど、ヘンな気持ちはキレイサッパリ吹っ飛ばして、今日は有難く、ハルちゃんの気遣いを頂戴しよう。

 そう心の中で、大きく頷いた。

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